その若い警備員に案内されて通された部屋は、壁という壁を本棚で囲まれた不思議な部屋だった。
飛行場の端にあるその司令棟は鉄筋で作られてはいたが、ひび割れた壁に囲まれた周囲は今にも崩れそうな外観だったが、中に入ると綺麗に掃除されている。機密化されている空軍基地によくあるカモフラージュだった。
連れられるまま部屋に案内されると、見知った顔がデスクの向こう側に座っていた。
空軍大佐のミラーだった。ヘビースモーカーで知られる彼だが、今日は煙草を掴んでいない。軽く手をあげると笑ってきた。
「よお。お疲れ」
「疲れてないですけど」
憮然としながら言い返す。彼の前には座ってくださいとばかりに椅子がおいてあるが、あえて机の前に立った。
「なんか用ですか?」
「言い方教えただろ。もっと言い方考えるんだな。それはともかく急な任務だ」
彼はそう言うと、デスクの前に置いてある椅子に顎をしゃくった。
「長い説明になる。かけてくれ」
アザミがこのオフィスに呼ばれた時、国防省の空軍に関わる政治家が四人殺害された事は空軍内で一種の噂になっていた。当然あちこちの部隊でも知れ渡っていた。さらに極秘プロジェクトが進行中であること、それが失敗していることも。
それをアザミが薄々勘づいていることを彼は気づいているのかいないのか、口元に軽い笑みを浮かべ世間話でもするように切り出してきた。
「ラグーン海峡見事だったな」
本題に入らないの、と指摘したかったが何も言わずに頷く。
「実力ですから」
「もっとやりかた考えろ......っていいたいところだがまあ今はいい。お前が来るだろうことは思ってたしな」
「わかってたんですか」
「まあな。実力あるヤツ呼んでこいっていったらお前じゃないかな」
"問題児なのは"と言いかけている気がする。だがそうは言わずにミラーは一枚の書類を机の中から取り出すと机の上においてきた。
「三日前、一人のパイロットが消息を経った」
「何かの任務? 失敗したんですか?」
「そ。クー・バーンスタイン大尉。彼はエリア5の非公開基地で開発された兵器を輸送中だった。高高度を移動していたんだがエアプロにやられたらしい」
淡々と説明しながらミラーは右手のペンをまわした。エアプロというのは近年勢力を伸ばしている空を中心に活動するテロリスト集団だ。国防省や空軍にコネクションを持っている人間がいるらしいが、その詳しい目的や実態は不明だ。
「これを引き継ぎ、彼を探し出した後荷物を無事に運んでくれ」
アザミは喉を鳴らすととその指令書を見つめた。そこに書かれているのは一人のパイロットの名と、彼が受けていた特殊任務の詳細だった。噂と差異はない。
先日同僚からかけられた言葉が頭をよぎったが、すぐに心の底に押し込んだ。
「今のところ誰も成功してないんですよね。これ」
「ああ。今のところはな。二人のパイロットがやられてる」
こちらの問いかけにたいしてミラーは平然と頷いてきた。何とも言えない微妙な表情を浮かべながらその書類を見ると、彼は質問を促すようにこちらに視線を移してきた。
向こうがなにも言い出さないので、アザミは続けて疑問に思っていた事を口に出した。
「なんであたしなんですか?」
「優秀だからだ。つったろ?」
「本音ですか?」
「本音だよ。疑うのは大事だけどな。そんなだから問題児呼ばわりされるんだお前は」
怒る訳でもなくそういうとミラーは口元に笑みを浮かべてきた。
「お前は個人で動いてもらった方が仕事ができるからさ。偵察爆撃だったり単独で戦闘させたほうが動きが良い。普通は生き残れないような場合でも生き残ってくる。そこを評価している」
「......」
彼の説明に対して沈黙で返事すると指令書を机の上に戻した。彼が教師でここが学校なら、アザミの成績表には「成績は優秀ですが協調性に欠けます」と書かれる所だろう。
苛立っても仕方ないので別の質問を口にする。
「場所はどこですか?」
「クーが消息を立った地点はローゼベリーの外れだ。詳しい座標は地図に書いてある。一度山地前の基地で燃料補給してからいくといい」
「はい」
小さくうなずくとアザミは下を向いて考えた。妥当なルートだろう。
さらに畳み掛けるようにミラーが唐突に口を開いてきた。
「パイロット以外に護衛をつけることになった」
「護衛?」
その言葉を理解できず、アザミは眉根にしわを寄せながら聞き返した。
「そ、護衛。傭兵かな」
「一緒に行動しろということですか?」
「そう」
その飄々とし返事に苛立ちながらアザミはやや大きな声音で言い返した。
「一人で十分ですよ」
だがミラーはこちらの声に動じる事無く軽く笑みを浮かべてくると、
「わかってるさ。だがお前が無敵なのは機体に乗っている時だけだ。機体を降りている時に襲われたらどうするつもりなんだ?」
「それは」
「外部の人間だ。リスキーだが、数回にわたってこちらの動きを読まれているとなると内部の裏切りも考慮する必要がある」
机の端をなぞりながらその言葉を最後まで聞いた後、アザミは大きく息をついた。自分が何か護身術をやっていれば話は別なのだろうが、と思う。
「君の邪魔はさせないように伝えてある。すくなくてもヤツは金を支払われている限りは絶対に裏切らないからな」
「了解です」
こちら理解したことを確認すると彼は頷き、
「それでは、只今より極秘任務レイニング・ダイアモンドを命ずる」
「拝命します」
アザミは立ち上がって背を伸ばし、踵をあわせて敬礼した。
地図と指令書、そしていくつかの荷物を受け取った後自分の機体がある場所に戻ると、一人の男が主翼の上で転がっているのを発見した。銀髪に碧眼のその男はこちらに気づかない様子で空に向かって煙を吐き出している。アザミは翼の横まで歩いてくると、荷物を地面に置いて声を出した。
「ねえ、なにやってるの?」
返事は無い。軽く息を吸う。
「ねえ、機体から降りてくれる? エンジンふかしてミンチにするよ」
先程より大きな声を張り上げると上で音がし、彼がこちらを見下ろしてきた。
「や」
「それ、あたしの機。早くおりてよ」
アザミは戦闘機の下部にあるトランクを開き、自分の荷物を詰め込み始める。それほど広さはないトランクに全て入りきるか不安だったが、見渡す限りそこまで不安になる必要はなさそうだった。
「君は?」
「D」
「ディー? 変わった名前だね」
「まあ君らのタックネームみたいなもん。D・クロス。よろしくね」
そう言うと彼は機体から降りてきた。笑みを浮かべながら手を差し伸ばしてきた。
「君がアザミだね」
「......だったらなに?」
「いやきいたとおりだなって」
その科白を聞いた後しばらく黙り込む。
「あんたが傭兵さん?」
「そう」
「戦闘のプロは握手しないものだと聞いてるけど」
「じゃあやめとこう。よろしくクエンフィールド。君を守るようにって言われてる」
「アザミでいいよ」
無碍にするわけにもいかず、彼の方を見る。トランクを叩き付けるようにしめるとそのまま上に視線をやった。黒い機体に覆いかぶさるように青い空が広がっていた。
「どこまでいけっていわれてるの?」
「どこ?」
Dはそう聞き返してくると一枚の写真を取り出してきた。そこにいるのは例の人物。
「『彼』のところまでだよ。よろしくね」