南方に向かうと山脈があり、それぞれの街を航空便と大陸横断鉄道が結んでいる。
山脈地帯に入る手前の基地で燃料を補給すると、そこで夜を待ってから離陸した。暗闇を切って月光に機体が浮かび上がり、雲が大きくきれていく。
やや左にロールして方向を変更、しばらくしてから高度を少しずつ下げていくとそこには大地と海が半部ずつ広がっていた。真下をみやると崖、山々が大きく広がっている。
その青い壮大な景色に視線を落としながらアザミは操縦桿をきった。右に大きく迂回しながら陸地に向かう。
ただし目的とする基地の方向ではなく山脈の方だった。
「アザミ」
操縦席の後ろに備え付けられたもう一つの席から声が聞こえてくる。
「このルートは聞いていない」
後ろからの指摘にもかかわらずアザミはそれを無視してにやりと笑みを浮かべた。
「こっちでいいんだよ」
「なんで?」
「クーの通った道を通りながら行く方が早いの」
アザミはそう言うと、さらに左手に連立している山に向けて方角を変えた。操縦桿を握りながら方角をまげてゆく。
レーダーを確認し、アザミは速度をあげた。
その中にうっすらと、クーの機体から放たれる電波が映りはじめた。
作戦完了することができなかった理由がわからない。電波が映るということは機体は粉々になってはいないということだ。彼の機体は山と山の間に着地している。墜落したのではない。つまり手荷物は無事で、彼も生きている可能性がある。
「レーダーに映る、つまり機体の損傷は大きくない。ならまだ生きてる可能性が高い」
「この任務って誰も完遂できてないときいたけど」
彼の科白に向かって馬鹿にするように鼻を鳴らしてやった。
「根性無しの臆病者ばかり」
と答えた。しばらく沈黙を挟むと小さな声でDは訊ねてきた。
「君は不安じゃないの?」
「撃たれるのを怖がってたら」
極音速モードに翼を変更する。後ろのエンジンの熱と音があがっていくのが身体で感じられた。操縦桿を押し倒しながらアザミは呟くような声でぽつりと言った。
「軍のパイロットはやってらんないわよ」
二人が乗った偵察機は速度をあげ、山地の中に飛び込んでいく。
++++
空になったフィッシュアンドチップスの皿を見つめ、ジェイはそれからビールを口に運んだ。一日の仕事が終わった後のアルコールは頭を茫洋とさせ、どこか遠いところに飛ばしてくれる。その瞬間が好きなのは今の仕事に移ってからも変わらない。
世の中には変わらない物もあるといったのは誰だっただろう。そんなことを頭の片隅で考えながらほどよくまわった酔いに身を任せていると、突然横から声がかかった。
「ジェイ」
そちらに視線をやると仲間のアークが歩いてくるのが見えた。めざとく自分がいるバーを見つけた彼に怪訝な視線を向けた後、それから再び前を向いてビールを口に運んだ。
「もう定時すぎてるぜ」
小さく伝える。だがこちらの都合など全くおかまいなしという様子で続けてきた。
「連中、プロジェクトに新しい人間を投入してきた」
そういうとアークは軽く手を振ってバーテンダーを呼び寄せる。相手が切り出してきたのはこちらがまんざら興味が無い話題でも無く、また仲間を無碍にする訳にもいかない。ジェイは渋々と言った様子を見せながら訊ね返した。
「誰?」
「最近の戦闘で手柄を立てたパイロットらしい。名前は忘れた」
「ああ、急降下のパイロットね。クエンフィールド? だっけ」
同盟を組んでいる海賊たちが犠牲になった海戦だった。そこでうけた報告を思い出しながら、記憶の隅っこにあるその名前をひねりだした。
「そいつが今度の担当になった。俺たちを尾けている」
「バーンスタインは?」
「山地の中で行方不明。しばらくみつかることもないだろ」
アークはそう言うと手元の小銭を音を立てた。その音を聞きつけてか二人のところにバーテンダーがやってくる。と、アークは彼に軽く笑みを浮かべながら声をかけた。
「一杯くれ」
「ビールで?」
バーテンダーの問いに頷くと、彼はこちらを見て、
「ああ。ジェイ、たまにはおごるよ」
「まだあるからいいよ」
手を振ってその申し出をやんわりと断ると、ジェイは自分のグラスを掴んでまだ中身がある事を示した。それを少し口に運んだ後、再び尋ねた。
「で、その相手がどうしたって?」
「ん」
先程自分が言ったことを忘れているのか、何か言ったかとばかりに彼は聞き返してきた。やや苛立った様子を見せながらジェイはアークに向かって顎をしゃくった。
「そのパイロットだよ」
「単純で短気な大馬鹿野郎さ」
「馬鹿なら放っておけばいいじゃねえか。自滅するぜ。きっと」
軽く嘆息しながら、ピーナッツを口に放り込む。こちらの手元に視線をやりながらアークが言ってくる。
「そうだけど。俺はあまり軽く見すぎるのもどうかと思うんだ」
「考え過ぎだろ」
相手の考えを否定するとジェイは懐から地図を取り出す。
「捜索はやらなくていいのか?」
「あのダイヤを受け取れないのは損失でかいけど......どうしたものか」
地図を受け取ると、アークは微妙な表情を浮かべてきた。自分のビールを口に運んだ後、あからさまに憂鬱そうなため息をついた。
「上はなんていうかな」
「奪取しろとはいうだろうね」
彼の科白の後、滅多に姿を見る事のない上役を思い浮かべ、胃に痛みを覚える。そこに酒を流し込みながら、痛みも一緒に流れてくれれば良いのに、と思った。