episode 8:Are you all right?



 自分の機体の影が近づくにつれて、警戒心が自分の中で増してくる。この緑の帳の中に誰かがいるとは限らないが、この辺りには基地を失ったエアプロたちが潜伏している可能性がある。
 森の中をしばらく歩くとやがて黒い大きな影が見えてきた。
 それは近づくに連れて周囲と異質な形、角張った外形を鮮明に浮きだたせる。
「あれだね」
 隣からクーが言ってくる。アザミは頷くと、
「先にみてくる。ちょっとここでまってて」
 それだけを伝え、辺りを見回しながら木陰から飛び出す。飛び出してから銃を受け取るのを忘れた事に気づいたが、戻るのもそれはそれで不自然なのでそのまま機体に近づいた。
 傍まで来ると翼に手を触れた。アザミは周囲の景色とその偵察爆撃機、両方を見てそれが自分の物であることを確認した。それをクーに伝えようと踵を返す。
「動くな」
 振り向いた先で向けられたのは銃口だった。かちり、と銃の撃鉄があげられる音と同時に低い恫喝の声がかかる。
「手をあげるんだ。ミス・クエンフィールド」
 顔も見た事が無いその男を上から下まで観察すると、アザミは眉を潜めた。
「誰?」
 相手は頬を歪ませながら言ってくる。
「そういって誰って答えるやつがいるか? いいから手をあげろ。服を脱げとはいわないでおいてやるから、とりあえず質問に答えな」
「なに?」
「ダイヤは?」
「あたしは知らないよ。バーンスタインが持ってる。崖からおちて死んだけど」
 アザミはそういうと笑ってみせる。嘘をつくには上々の無表情を作り出せたのではないかと思う。手をあげながら彼の後ろに視線をやると、そこにクーの姿はない。
 これで逃げたらあいつの恥ずかしい噂をばらまいてやると心に決めた。それが自分が生き残る前提であることにアザミは気づいていない。ゆっくりを目を閉じる。
「こっちがやることもそっちがやることも、どっちも目的がないね。どうするのかしら。馬鹿でかいダイヤのために命ささげるつもりはこれっぽっちもないよ。あたしはね」
 そう言ってから手をおろす。相手は顔をしかめながらさらに銃を突きつけてくる。
「手をあげろっつってんだろ」
「それよりまずは自分の手の心配をしたほうがいいわよ。ワンちゃん」
 嘲りの科白をいい終わると、それを待ち構えていたかのように銃声が五回鳴り響いた。五発の弾丸は眼前の男の銃を持つ腕に正確に命中し、周囲に血しぶきをまき散らす。それまで勝ち誇っていた相手の表情が驚愕に変わると同時に、銃を持ったクーが二人の頭上から飛び降りてきた。
 どうやら彼は木を上って枝を伝っていたらしい。地に足をつけると相手の身体に一発蹴りを入れる。相手がよろめくのを見てからそのまま地面に落ちた銃をこちらにむかって蹴りあげてきた。それを受け取るとアザミはその男に向かって引き金を引いた。
 弾丸のいくつかが相手の身体にのめり込み、後ろの木に血の模様をつけた。それを見届けてからアザミはそこではじめて相手の顔を正面から見たが記憶にはなく、彼が誰なのかはわからなかった。
 相手が意識を失ったのを確認すると、手に持っていた銃を懐にしまった。
「ありがと」
「これでおあいこだね」
 彼が言ってくる。アザミは肩をすくめながら素っ気ない態度で声のない返事をすると、クーに背中を向けた。
「さっさと乗りな。おいてくよ」
 そう言った次の瞬間、突然後ろから押し倒される。クーがアザミの身体を抱え込み、そのまま横の枯れ葉の上にもつれあいながら横に飛ぶ。
 アザミが状況を把握できないでいると、次の瞬間ちょうど二人が立っていた場所を銃弾が飛来していく。
 空気が抜けるような軽い音だった。
 さらに続けて放たれた銃弾が二人目掛けて飛来してくるのはスローで映る。が、実際はこちらにくるまで秒とかからなかったが。
 アザミを伏せさせたままクーは立ち上がると、こちらの眼前で銃を引き抜いた。そして片方の腕で自分の頭部を守り、片方の手で銃を握りしめながら淡い朝日の下でわずかに視える人影目掛けて引き金を絞った。
 緑と青に包まれたフィールドで弾丸が交錯し銃声が鳴り響いた。枯れ葉と泥の中からアザミが汚れた顔をあげると、遥か前方で人が幾人か倒れ込むのがわずかに目視できた。
 周囲は木と枝に囲まれている上空はまだ薄暗く、決して射撃に適した状況とは言えない。だがそれでも命中させるクーの銃を扱う能力に驚嘆する。
 だが、それは敵も同じだった。放たれた銃弾のいくつかがクーの身体と腕を貫通しており、防弾チョッキの利かない箇所を貫いていた。
「クー」
「......早く......いかなきゃ」
 こちらの呼びかけに対して弱々しい返事が返ってくる。彼がそのまま隣に倒れ込むと、その瞬間アザミの背中を冷たいものが走るような感覚が襲った。
「馬鹿」
 そういうと彼の身体を抱え込み、機体の後部座席に押し込んだ。怪我している部分に自分の上着を被せてごまかすと、アザミは操縦席に乗り込んだ。鍵を差し込んで離陸のための準備を始める。半ば急ぐようにいくつかのレバーを押上げ、操縦桿を前に押し倒した。
 頭上から放たれた弾丸が数発、操縦席の隣に命中する。アザミが上を見上げるとそこに長大なライフルをもった人間が一人、木の枝に寄りかかるようにして構えているのがわずかに見えた。
「ばーか」
 アザミはそう呟くと相手が立っている巨木にむけてわざと機体のエンジンを向け、点火させた。リヒート。そこから発せられた強烈な熱風がその木をへし折り、ライフルを持った男を巻き込んで吹き飛ばし炎上する。と、同時にアザミの機体は一気に速度を上げて前進し、森の中を一気に突抜けて平野に躍り出た。
 十分な滑走が取れることを予想して停めていた場所であることは先刻既に確認しているので、後は飛ぶだけ。
 そのまま離陸すると、機体の先をクロスフォードに向けた。後ろを何機かの戦闘機が追ってきているのをレーダーが示したがここは戦っている場合ではない。
 スロットルを押し上げるとリヒートをかける。後ろに引っ張られるような重圧とともに機体が一気に加速した。
「クー」
「ああ」
 こちらの呼びかけに対して彼が弱々しいながら返事ができるのを確認すると、操縦桿を押し倒し後ろの敵機を突き放した。こちらの最高速度に追いつける機体は存在しない。
 戦慄する。彼に死なれるのは困る。
 必死になっている自分を冷静に見つめる自分もまたいて、それが酷く不思議だった。
 不安が心の中を渦巻く。
 後ろを振り向けばクーの血が座席に赤い染みを作りはじめていた。なんとかしてやりたいが今の自分は車を運転している訳ではない。焦りが恐怖に変わり、思わず目を背ける。そこから導ける一つの可能性を全力で否定しながら、アザミはぐるぐると回る思考を窓から外に押しだした。
 どうか行き先の基地も買収されていませんように。
 その祈りが届くことを願うばかりだった。

 ++++

 ゆれがカップに伝わり紅茶がこぼれた。
 アークがテーブルの上に乗せた足を組んでつま先を揺らしていると、その揺れが伝わったテーブル上の食器たちがぶつかる固い音が伝わってくる。
「そう......」
 受話器に向かって話しつつ、頬を歪ませて前方を見やる。そこにかかっている絵画をみてから空いている方の手で前髪をかきあげ大きくのびをした。
「わかった。もどってきな。あとはみんなで考えよう。じゃあな」
 そういうと同時に、後方のドアが開いた。電話のスイッチを切ったアークはそちらを一瞬だけ見やると、やたらすすだらけの顔のジェイがいた。彼はあちこちやぶれた軍服に枯れた葉の欠片や乾いた土をこびりつかせたまま、ドアの前に立っている。
 そしてテーブルから足をおろすと、椅子をゆっくりと扉の方に向けて回転させた。
 相手の頭から足下まで一通り見回すと、おどけた表情を作ってみせる。
「どうした。火星人の侵略でもあったのか?」
 こちらの軽口に対してジェイは半眼を向けてくると腰に手を当て、
「宇宙人程とはいわねーが、喧嘩するには十分なやつらだったぜ」
 そういって彼は背中に支えていたライフルを取り出すと弾丸を抜き、隣の棚の上においた。そしてその隣にライフルを立てかけると、親指で頬についた煤をこすりながら尋ねてきた。
「救急箱は?」
「その棚の二段目」
 そう答えてからテーブルの上のティーカップを手に取った。それに口をつけながら尋ねる。
「で、結果は?」
「逃げられちまった。意外と足の早いヤツらだったぜ」
「ああ、知ってる。今聞いた」
 その科白を聞いてジェイがむっとする表情を浮かべるのが見えた。
「馬鹿にしてんのか?」
「お前の間抜け具合をね。ジェイ」
 そう答えて再び椅子を回転させ、テーブルの方を向けた。そこにおいてある皿の上にのっていたスコーンをひとつ手に取ると口の中に放り込む。苛立ちながら物を食べるのはよろしくないが、今は他にどう感情をだせるわけでもない。
 こちらの隣にやってくると、ジェイが見下ろしてくる。
「今はDがヤツらの行く先を調べてる。行き先は――」
「オールド・クロスフォードだろ。そのどこだ?」
「知るか。スウィープにでもアクセスして自分で調べな。俺は寝る」
 一語一語をはっきり伝えてくると、アーク以上に苛立ちを際立たせながらジェイは踵を返した。彼が後ろのドアに向かって歩いていく足音が部屋に響く。
 それは彼が、かなり"苛ついている"ことも、アークに伝えてきた。
「次はちゃんとやれよ」
 火に油を注ぐような科白をその背中に投げつける。ドアをくぐる時に彼が鼻で笑うのが聞こえ、その後大きく音を立ててドアがしめられる。
 アークは軽く笑うと紅茶を飲んだ。
 冷めてしまったそれはまずくも美味でもなかった。



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