episode 12:Cigarettes & Alcohol




 その場所をみて呆然とする。
 眼下を流れる川は三十メートル程の幅があり、それほど大きいわけでもない。流れも穏やかで深さはない。
 その橋の真ん中にクーは立っていた。
 パイロットの服は着替えて鞄の中につめてある。今着ているのはジーンズに黒Tシャツ、首もとまで囲むような緑色のジャケットという格好だ。アザミの家に置いてあったものでかなり以前に着ていたものだが、数年たったいまでもなんとか着ることができた。
 その後クーはここに連れてこられた。アザミに引っ張られながら。
 川に沿って流れ来る風を顔に受けながらぼんやりと水面をみつめる。そして流れから空に視線を移し、橋を支えている鉄骨までをなぞる。そこに掲げられている『工事中』の文字を見ながらふと呟く。
「......ここかあ......」
 クーとアザミにとっては懐かしい場所でもある。
 ハイスクール時代に先立ってクーがここでアザミを待っていたものだった。彼女があまりに寝坊するので結局はクーがアザミの家まで迎えに行く様になったのだが。
 クロスフォードの郊外にある小さな街、ピートフォードシャーは二人が生まれ育った場所であり、そんな思い出があちこちに散りばめられた街だった。
 突然声がかかる。
「キャビア・ブリッジだよ。あんたがここで待ち合わせたいっていったんだよ」
 両手に紙コップを持ったアザミがそこにいた。クーはそれに対してなにか言おうと口を開きかけて、固まった。そのまま続ければよかったのだが、彼女の両手には車で来たにもかかわらず2杯のビールが握られていたのだ。
 こともなげに彼女は言ってくる。
「飲みなよ。ビール」
「......ビール」
 恐らく近くのパブで調達してきたのだろうが、それにしても無理がある。いきなり石ころを投げつけられた子供のような顔をしていたと思った。
 そんなこちらの心境をよそに彼女は続けて尋ねてくる。
「ワインがよかった?」
「そうじゃなくて。なんで昼間からアルコールなの? 車でしょ?」
「それがあたし流。飲みなよ。飲めないの?」
「......もらうよ」
 どうせ断っても断らなくてもろくな事にならないのは目に見えている。クーは手を伸ばすとそれをうけとって口をつけた。
 嚥下した瞬間喉に強い刺激が走り、思わず顔を歪ませた。酒には強くないのだ。
 隣をちらりとみると、既にアザミはそのコップを空にし地面に落としたところだった。彼女はなにを話すわけでもなくぼんやりと前方を見つめている。
 二人の間に川の音だけが流れていく。水の流れは静かだった。気心しれた仲でもある二人が話すことは特にあるわけでもない。
 だが、この空気がクーは苦手だった。今まで何か話していただけに突然の沈黙が耐えられなくなる。やがて我慢できなくなったクーは切り出した。
「なんでここに連れてきたのさ?」
「言いたいことを聞くためよ。ほら」
 そういうとアザミは懐から手紙を取り出すとこちらに差し出してきた。それを受け取り目を通した瞬間、橋から飛び降りたい衝動が胃の中から突き上げてくる。
「自分の手紙を自分で読むと結構恥ずかしいものだよね」
 こちらの気持ちを知って知らずか、凶悪な笑みを顔にはりつけながら彼女はこちらに向き直ってきた。
「どう?」
「いや、君のいう通りだと思う......」
 そう言ってクーは手紙を彼女に返した。困惑した表情で後頭部を掻きながらそっぽを向く。
「こういうことさせる?」
 アザミは頷くと、一歩進んでクーに正面から向き直った。
「あんたの気持ちは分かったわ。任務は終わった。それであんたも無事に帰ってきた。そしてこの橋で再会できた。手紙も読んだけれど、この最後の言葉が気になるのさ。これ」
 そう言ってから手元のビールが入っていた紙コップを足下に転がした。そしてそれをブーツの底で踏みつけて潰すと、ポケットから煙草を取り出して銜え、空いた手でライターを取り出して火をつけた。
「とりあえずそれ聞いてから返事しようかなって。戻って来れたらあたしとなにをしたかったの?」
 煙を吐き出しながら半ば見下すように彼女は向かい合ってくる。
 橋の上、非常に言い辛い状況と空気にクーは思わず嘆息した。
 
 ++++

 ブーツの底が塵一つない白い床を叩く音だけが二人の耳朶をうつ。
 上を見れば廊下の天井には監視カメラがついている。当然といえば当然ではあるが、すでに逃げ道などない。
 と、歩きながらDが口を開いてきた。
「ねえ、ミラー。どうしてクエンフィールドはあんな優秀なんだろう?」
「クエンフィールド?」
「ああ。俺が後ろに乗っているところで、エアプロ二機を一気に撃ち落としてみせたんだ」
「あいつは空軍が誇る"優秀な"パイロットだよ」
 その答えに彼は訝しげに顔をゆがめた。
「敵じゃなくてよかったね。なんであんなに優秀なんだろう」
「適性があったからだろう。俺はあいつを面接したわけじゃねえからな」
 ミラーはそういうとポケットの中にあるシガレットケースを掴んで、引っ張りだしかけてからやめた。壁に貼られた『禁煙』の文字にわずかに小さく舌打ちする。
「戦闘機軍団にあいつがきてから俺は面倒みるようになったが、その時軍団の訓練をクリアした女パイロットはあいつともう一人だけだった。それから四回も表彰されている」
 大きく嘆息し、ミラーは床を叩く自分の足音に耳を傾けた。
「元々センスがよかったとしかいえないね。腕前は本物だが、問題もおおかった。だがヤツは問題行動やっても裏切りはしなかった。六年間、仕事に人生を捧げてたから、フレミングが信じられないっていうのも無理はないさ」
「でも証拠はあるからね」
「そうだな」
 Dの言葉に頷く。
 目的の扉が廊下の果てに見える。それを見ながら歩を進める。しばらくしてからDが口を開いてきた。こちらを覗き込むようにして言ってくる。
「ねえ、そういえばさ」
「なんだ?」
「ここって宇宙人の研究に使われているってホント?」
 ミラーは思わず吹き出しそうになった。
「どこで聞いた?」
「ネットをうろついてたらみつけたんだ。軍はここで宇宙人とやりとりしてるだの。確保した宇宙人がいるとか」
「へえ」
「実際のところどうなのさ?」
「こんな街の近くに変なのが飛んできたら大騒ぎだろ。つーかUFOとやりとりするくらいだったらもっと見難いところでやるもんじゃねえのか?」
 身振りしながらそう言って否定してみせる。
 懐にしまっておいた紙切れを取り出し、それに書かれている場所と今自分が歩いている廊下の場所が正しいことを確かめると、その紙を再びポケットの中にしまった。
「少なくても俺はこの基地で宇宙人みたことはないけどな」
「もっと深い層とかにいるんじゃない?」
「どうだかな。いったことねえ」
 遠くを眺めるような目で廊下の白い壁を見つめながら、ミラーは目的の扉の前で足をとめた。そして懐からカードキーを取り出して扉の隣にある認証の為の機械に通す。収納部屋の扉がふわりと開き、二人の行き先に薄暗い暗闇が広がる。
「なにここ」
「機密兵器をたくさんあつめた倉庫さ。そこらへん無闇に触るなよ。ヤバいもんが腐る程あるからさ」
 あちこちを見回しながらミラーはとある場所を見つけるとそこに近寄る。そしてその棚の下から二段目にあった場所を引き抜き、そこに入っていた黒い箱を取り出した。
 後ろでDが不安げに周囲を見回しているのはわかったが、その箱の中に入っているそれをよく見て確認する。中にある原子の核。周りを取り囲むダイアモンド型の水晶。
 だが実際は水晶とも違うのだろう。透明な宝石のような非活性水素爆弾。
「こいつだ」
 その水晶の塊を取り上げるとミラーは無表情で呟いた。こちらの肩を叩きながら後ろからDが急かしてくる。
「早くいこう。人がくる」
「ああ」
 後ろを見ずに答えると、ミラーは持ってきたブリーフケースを開いてダイヤをその中にしまった。それを閉じると棚を元に戻し、ケースを抱えて走りだす。Dが隣を着いてくるのを確認すると扉を抜け、一気に元来た廊下を走り続けた。


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