episode 13:kill you.



 入り口まできたところで、二人が入った時には無人だった廊下に人が一人、立っているのに気づいた。入り口までの廊下はここだけだ。ここを通らなければ外には出られない。
 二人は足をとめた。手元のブリーフケースを後ろに隠してその男を見る。
 相手は黒いスーツの上に灰色のトレンチコートを着込んでいる。廊下と壁は全て白いため、こうして見ると白い箱の中に黒い置物が一本立っているようにみえる。
 相変わらずの人懐っこい笑みを浮かべると相手は声をかけてきた。
「やあミラー。待ってたよ」
 ミラーの上司であり空軍の参謀次長フレミングだ。そう言うと彼は両手を無造作にコートのポケットに突っ込んだままこちらを睥睨してきた。
 彼を見返しながら尋ね返す。
「なんでわかったんですか」
 その問いに頷くと入り口の方を親指で指し示しながら彼は答えてきた。 
「確信したのは認証かな。それまでは確率だった。そもそもダイヤの輸送ルートを全て知っている左官っていったら君ぐらいだからね」
 さらに続ける。
「はじめはストルウェルかなとも思ったけれど、彼はアザミの警護やアビーのルートまでは口出しをしていない。だから君を疑った」
 そこまで話すとこちらで抱えているブリーフケースに視線を向けてきた。軽く腕を組むと顎を指で撫でながら淡々と言ってきた。
「いきなり動きだしてくれるとは思わなかったよ。Dが着ている服は君の基地の人間
が元々着てたヤツだろ。君にしてはずいぶん過激な事するんだね。人望があった君だったから正直残念だな」
「......」
 しばしの沈黙。どうするべきか考える。だがなにも思い浮かばなかった。普通通りならばここで兵士を張らせておいて銃殺だろう。だが彼自身で来た意味がわからない。
「で、大佐。そいつを手に入れて、どうするつもりなんだい?」
「破棄します」
 無表情でミラーはそう言った。
「俺はこれの傍で暮らしたくはないですからね」
 その科白に対してフレミングは首を振ると、
「そいつは非活性だよ。特別なレーザーを当ててやらない限り爆発はしない」
「爆発したら、国が滅びます」
 こちらを説得させるその科白に口を挟むと、ミラーはケースを持ち上げた。
「こんな物は無くすべきなんです。俺の家族はオールドクロスフォードにいる。ここで誤爆が起これば巻き添えを食うは開発した連中じゃなくて一般の市民だ」
「そんなことは起こらないよ。軍はここに活性化させる機械を持ち込むことはない」
「もし非常事態になればすぐにやってきますよ」
 相手の言葉を頭から否定し、ミラーはすり足で壁際に寄った。その後ろをDが静かにつけてくる。
「次長、貴方は分かってない。爆発はしなくてもこいつが一般に知られればどれだけの人間がパニックになるか。そうなればどれだけの市民が巻き添えになるか。俺の妹は政治集会で警察の投げた催涙弾で死んだんですよ」
「......」
 彼は黙り込んだ。悲しげにこちらの顔を見つめながら、その手はポケットに突っ込まれたままだ。特になにかを取り出そうとするわけでもなくそのままだらりとおろされている。
 二人の間に張りつめた空気が、弓の弦のように引き絞られる。だが、フレミングは悲しげな表情を崩そうとはしなかった。その目の中にあるのは理念と哀愁。
「私は仲間の善意を信じるよ」
 その言葉に対して、ミラーは小さく呟いた。
「......もう俺は国が信じられません」
 後ろでそのケースをDが受け取った。相手の目を見つめながら、わき上がって来る不思議な感情を押さえつけるのに精一杯だった。
 だが、走り出すのにはそれほど力が必要というわけではない。

 ++++

 耳に残る金属質の音が後頭部で響いた。
「動くな」
 クーが反応しようとする前にその声は二人の動きを止めた。どうというわけでもない、彼女はおどけたような顔をすると肩をすくめた。
 その後方で拳銃を構えた男が続けてくる。
「両手を頭の上に乗せろ!」
 恫喝する様なその声を背中に受け、アザミは静かに両手を上げると後頭部に乗せるとこちらに向けてウインクしてきた。そして身体をゆっくりと回転させ、後ろを振り向く。
「しかしまあ、テロリストの対応って早いのね。警察じゃないのに」
 そういうと息をついて見せる。後ろを振り向いた彼女は顔はみえないが、その声音の中に余裕が感じられた。
「あたし達に銃を向けてどうするの?」
「ダイヤを追ってたのさ。場所を教えてもらおうか」
「あんなものはとっくに基地に送ったわよ」
「それなら基地の場所を言え」
「......やだ」
 あっさり断ると上にあげた両手の指を揺らしてみせる。その動作に男は眉をしかめると撃鉄をあげ、銃口をさらに近づけてきた。
「殺すぞ」
 そのエアプロとおぼしき男とアザミのやりとりをみながら、どこか置いてけぼりになったような気分にさせられた。ここから相手の懐に走り込んで銃を奪うにも、遠すぎる。
 思考を巡らせていると自分の後ろから人が近づく音が聞こえた。クーが身体を半分だけ振り向いてそちらに視線をやると、手錠をもった男が後ろから近づいてきていた。
 どうせ彼女は捕まるつもりはないのだろうし、銃の脅しも効いていないだろう。
 自分がここでおとなしく捕まれば拷問の末殺されることは目に見えている。だが戦うにしても今自分の胸に負っている傷がある。そこを手でかるく押さえるとクーは周囲を見回した。
 絶対説明とはこの事だろう。
 どうしたものか。
 その男がクーの腕に手錠をかけようとした瞬間、クーは身を翻してその男の両腕を掴んだ。そしてぐるりと身体を回転させるとその手錠を持った腕を反対側に曲げた。
 ごきり、と音がしてその男の関節が歪む。クーは彼の頭を鷲掴みにすると橋の柱にぶつけて気絶させた。
 続けてアザミに銃を向けていた男がこちらに銃口を向けて来る。引き金が絞られるがクーは気絶させた男の背中を盾にして弾丸を躱す。間髪入れずにアザミが動き、その銃を足で蹴り上げると男の顔に裏拳を見舞った。
 さらに足を払って地面に押し倒すと、額をブーツで思い切り蹴り飛ばして気絶させる。二人が気を失ったのを確認してからクーとアザミは走りだした。
 橋の脇に停車させた自分たちの車に乗り込むと、倒れた二人組を眺めながらクーはアザミに尋ねる。
「誰あれ」
「エアプロ」
 即答してくると彼女はエンジンをかけた。そしてアクセルを踏むと、自分の足下を呆然とみつめた。女性用のブーツで運転は非常に難しい。
「やばい。踏めない」
「どいて。僕が運転する。どうせ酔っぱらいだろ」
 ブーツの端を押さえているアザミの肩を掴んでひっぱりだすと、鍵をまわしてアクセルをかけた。
「ダイヤって? 俺たちが運んだあれかな」
「他になにがあるの?」
「あれってなんなんだよ。ダイヤじゃないの?」
「少なくても、普通のダイヤじゃないと思うけどね」
 そう答えると窓の外を覗いた。
「今は帰ってフレミングにきいてみるのが最優先。かな」
「また次回だね。橋の上」
 クーの最後の呟きはアザミの耳に入ったかどうかはわからないが、それでも彼女は無言のまま、車はオールドクロスフォードの街を突っ走っていく。

 二人が基地のメインデッキに戻り、建物の正面扉開くや目に入ったのは、銃を向けられたフレミングとブリーフケースを持ったミラー、拳銃を持ったDがの三人。
 子供にでも言い聞かせるように言葉をかけるフレミングは、淡々としていて何かを取り戻すようにすら聞こえた。
「考え直しな。今なら私の力で救ってあげれる」
「嫌です」
 そう言い切るとミラーはケースを後ろに隠した。フレミングの視線から外れるように背中にまわす。
「これの隣で家族を生活させたくないんですよ」
「テロリストになる気かい?」
「大切な人間の為なら悪魔と握手してもいい。俺は」
「まいったな......そこまで信用されていないのが悲しいよ。いいかい、私たちにできるのはそういった兵器を作り、運用していく事で結果的に世の中が良くなることを信じなきゃいけないんだよ。それが軍人ってものだろ?」
「どうでしょう、ね」
 その異様な光景を見て呆然としながらアザミは小さく呟いた。
「いったい何事......」
 その声にフレミングが振り返る。
 すると彼は困った顔をしながら息を震わせた。恐らく焦った時にでる息とはこんな物だろうかと思わせるくらいに鮮明に。
「戻ってきたのか。こんなときに......こんなときぐらい空気読んでほしかったな」
「......一体どうしろと」
 その言葉に返す言葉に困っていると、唐突にアザミが呟いた。
「D?」
 さらにその向こう側にいる見知った顔に、思わずクーも口を開いた。
「大佐?」
 その二人の声が聞こえたのか廊下の奥で壁に寄りかかるようにして立っていた二人がこちらに視線をやってくる。
 やれやれと言うように頭を振るとDが一歩踏み出し、さらに間髪入れず持っていた銃をこちらに向けてきた。
 不快そうに目を細めて歯ぎしりをすると、唸るように彼は吐き捨てた。
「しぶといヤツら」
 撃鉄が上げられる音が廊下に響く。
「いけない」
 そう呟くや否やフレミングが腕を伸ばしてアザミとクーを掴んで引き倒した。彼が二人の前に立ちはだかるのと、Dが引き金を絞るのは殆ど同時。放たれた弾丸がフレミングの身体に命中し、彼が倒れる。
 それを尻目にミラーが銃を持ったDの腕を掴んで走りだし、そのまま倒れた入り口の扉を抜けていった。
「大佐!」
 振り向いたクーがその背中に向かって大声で呼びかけるが、彼は振り向かずにそのまま去っていく。
「どうして......」
「......我慢ならなかったんだろうさ」
 下から挟まれた声の方を見やると、フレミングが息を荒くつきながら身体を起こしていた。呻きながら上半身を上げると彼は顔をゆがめる。
「痛......やっぱりきくなあ」
「怪我は?」
「防弾きてたから大丈夫......痛いけどね......」
 かがみ込むと彼の背中に手をあて、クーは訊ねた。
「次長、あのダイヤは何なんです?」
 苦しげに大きく息をつくと、腹部を抑えながらフレミングは答えてきた。
「あれは......持ち運び可能な非活性の水爆だよ。使いようでは核の数倍の威力を出す事ができる」
「盗まれたの?」
 その衝撃的な内容に驚くわけでもなくアザミが尋ねる。フレミングは頷いた。
「ああ。取り返さないと......騙されてたら、大変な事になる」
 エアプロの手に渡り、さらに武器商人にわたれば国が滅亡の危機だ。
 クーは頭を振った。
「なんてこった」
「Dはエアプロと関係が?」
「D? ああ......幼なじみだって。調べさせたらすぐに出てきたよ」
「......仲間ってことか。ちくしょう」
 憎々しげにそう呟くとアザミは思い切り壁を蹴りつけた。白塗りされた壁がブーツの底の形にわずかにへこむ。
 深呼吸して気持ちを落ち着かせると、アザミは何事もなかったかのようにフレミングの方を振り向いて訊ねた。
「あいつらの行き先はわかる?」
「......どうする気?」
「追って一発ぶん殴る」
 そう言い捨てて踵を返して歩き始めたアザミの腕をクーが掴んだ。そのままように言い聞かせる。
「おい、ちょっと待ちなよ」
「あいつはあたしを二回殺そうとしたんだよ? あんたのことも。許せない」
「だからなんだってんだ。まだ僕らがやるべきことはいくらでもあるよ。まずは証言するなりなんなりして、それからじゃないと。はめられるのは僕らの方になるよ!」
 だがその必死の説得にもアザミは眉を少し動かしただけで、納得した様子ではなかった。言葉はそれ以上出ず、二人は視線をぶつけた。
 彼女の腕を掴んだままのクーの背中に、フレミングが手を置いてきた。まだ痛むように自分の腹部をさすり、息を途切れさせながら言ってくる。
「それはないとして......急ぎすぎだ。相手の場所もわからないのにどうやって追うの?」
 その問いをぶつけられると同時にアザミは俯いた。しばらくそうした後唐突に顔を上げると、
「場所は分かるよ」
 と何かを振り切ったように言った。その言葉に面食らったようにフレミングは眉を潜めると、訝しげに訊ねた。
「なんで分かる?」
「直感よ」
 あまりにもなその科白に、フレミングとクーは一時顔を見合わせた。そしてため息をつくと、フレミングは苦笑するような表情で、
「歳を取ると直感は信じなくなるんだ」
 その科白に対してなにも言い返すことなく、アザミは踵を返すと扉を飛び出してゆく。靴が廊下を打つ音が廊下に響き、やがてドアが閉じられる音と共に消えた。
 彼女の背中とフレミングを交互に見つめ、クーは唇を結んだ。
「どうしろと......」
「どうするもなにもないよ。追いなよ」
「でも場所が......」
「若いうちは直感があるんでしょ。行きなよ。助けが必要さ。ぎりぎりでサポートしてくれる人間がね。手遅れにならないうちに。はやく」
 その科白を聞いてクーが走り去った後、フレミングは廊下の壁に背中を預けた。そのまま寄りかかりながら廊下に腰をおろす。
 下腹部を抑えていた手を右肩にやると赤い染みができていた。
「きついな......」
 そう呟くとモバイルを取り出した。この状況で誰かに暗殺されそうになればそこで終わってしまうだろう。
 取り出したモバイルが銃弾によって壊れていることが分かると、フレミングは舌打ちするとそれを壁に目掛けて投げつけた。先程アザミがつくったブーツの跡にあたってはね返り、床にころがる。
 床に転がった部品を眺め、それから天井を仰いだ。
 どうすることができるわけでもなく、現実が迫っていることを再認識する。

 どうしようもなく。嘘偽りのない現実が。



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