うっすらと目をあける。と、同時に体中が痛みを訴えてきた。
自分はどこにいるのだろう、とクーは思った。座っている地面から伝わってくるのは金属の感触。そこにただ座らされているように感じる。そして両手。後ろになにか柱のようなものがあり、そこに手錠で縛り付けられているようだ。
拘束されたか。
「よぉ、目が覚めたか」
声がかかる。一つ間をおいてまた別の声がかかった。
「ここにきた部外者は君が初めてだ。歓迎するよ。クー・バーンスタイン」
顔をあげる。首が痛むのでその動作すら苦痛だった。視線だけで相手をみやる。
片方は椅子に、片方は床に座って煙草をふかしていた。
ミラー。と、もうひとりは誰だろうか。少なくても自分とそれほど年は変わらないように見える。
「殺さないから安心してくれ。殺してしまうと人質の価値がないからね」
それだけでも十分脅迫になる気がした。人質の価値がなくなれば殺すといわれているようなものだ。
眼前をみやるとそのもう一人の男がいつのまにやら近くに来てたっていた。
「どうしようか。拷問されてみる? エアプロに代々伝わる拷問法、これで自白しなかったヤツはいないんだけどさ。君に試してみるのも面白そうだ。ここに来る前にクエンフィールドとなにがあったとか......まあそれは冗談だけど死なない程度に延々といたぶられるのって辛いんだよ。どうだろう。試してみる価値はあるとおもうけど」
どこがだよ。とも思う。この状態でまともなレスポンスを返せるわけでもなく、ぼんやりと相手をみやる。
「しかとすんなって」
穏やかな声と同時に静かに相手の右手が動く。
次の瞬間衝撃が顔を襲っていた。
鈍い音が響く。中途半端に口を開いていたせいで口の中が切れた。
血が流れる。
「おい、やめとけって」
後ろからやんわりとミラーが言ってきた。だが動くわけでもなく煙草を口にくわえたまま、あきれ顔で男を見ている。
「俺は拷問させるためにつれてきたんじゃねえぞ」
「わかってるって。ちょっと苛立ってるからあたってみただけ」
コーヒーブレイク中だといわんばかりに平静な相手の声が逆に不気味さを感じさせた。感情はなにひとつ感じ取れない。場の空気が一気に凍り付くような雰囲気だった。
相手はこちらにきびすを返すと、煙草をふかしているミラーに一瞥もくれずに部屋を出て行った。その歩き方もほとんど足音をたててはいない。思わず幽霊なのかと感じさせる。
その後ろ姿を眺めながらミラーは煙を吐いて言ってきた。
「災難だったな。許してくれとはいわねーが」
「......大佐」
口の中の血を吐き出すと、クーはその言葉をようやく口にした。こちらを向いてくるとミラーは煙草を手元の空き缶に放り込み、手元においてあった救急箱を持ち上げてこちらにやってきた。
目の前に膝をつくと、こちらの顔に布を当ててきた。
「なんだ?」
「......なんで裏切ったんです」
消毒薬をしみ込ませた綿棒を口の中に突っ込まれたせいで台詞は途中で途切れた。
だがミラーはきちんと答えてきた。
「国が許せなくなっただけさ」
「......っ。こんな方法じゃなくても......よかったんじゃ」
そういうと、彼はあっさりうなずいてきた。
「そうだな。こんな方法じゃなくてもよかったかもな」
「なんで」
「単純にこの無限ループから抜け出すきっかけが欲しかっただけだ」
そういうとこちらの頬に絆創膏を貼ってきた。そして肩の湿布をはがすと、そこに新しい湿布を貼付けてきた。
「これでしばらく持つぜ。辛くなったら言えよ」
「......無限ループって、なんですか?」
相手の顔を間近にみながらクーは尋ねた。ミラーの顔は以前と変わらない。だがどこか哀し気ではあった。
「育てて、送って、死なせて、殺させて、育てて、の繰り返し」
立ち上がるとミラーは煙草を取り出して口にくわえた。ライターで火をつけると煙を斜めに吐き出す。
「もうどれだけのやつらを送り出したかわからない。そいつらがどれだけの人を殺したのかも」
「......意味がわかりません......」
「簡単な話だよ。お前、ガキのころいわれなかったか? 人を殺したら地獄行きって。俺はお前らが好きだ。自分が育てたやつが飛びたっていくのは気分がいい。だけどお前らの目的は人殺しだ」
「空軍にいたら、そういうもんだと思いますけど」
クーは息を吐きながら彼を見上げた。首の骨が痛みをうったえてくる。思わずうめくとミラーがこちらを見下ろしてきた。
「俺はそれに疲れた。お前も......無理はするな」
「大佐は?」
「俺は無理してる。もう早く終わりにしたい。本当に疲れたんだ」
煙を吐き出して、ミラーは遠くを見つめた。そこには部屋に取り付けられた小さな棚があった。
「人殺しを育ててる俺はいったいなんだ? エアプロつったって連中にも理屈はある。国が許せない理由があって、あいつらはああいうやり方をしているだけだ。俺はな、それを皆殺しにする方法しかとれない時代に生きている自分が許せないんだ。その方法しかとれない仕組みも、世界も、国も。もっと前に生まれていれば俺も別なことができたかもしれないのに」
煙草の灰を落とす。彼の言葉をじっと聞きながら、クーは唇を噛み締めた。
ミラーは続けた。
「その最終結果が、あの爆弾だ。一般人を守るための空軍が一般人を巻き込むようなもんをつくって......馬鹿の極みだろ」
「守るため?」
「ああ。守るんだよ。殺すためじゃない。そこをはき違えるな。空を飛ぶために空軍にはいったのなら、それは違うな。目的と手段を間違えるな」
ミラーは煙草を押し消すとこちらを見下ろしてきた。
「まあ、少なくともエアプロは守るためじゃないけどな。今回はアークに正当防衛を理由に力を貸すことにしてる。エバンテも。俺も」
「......ホールですか」
「エバンテな。空であいつにあったら気をつけろ。生きては帰れないぜ」
まるで他人事のようにそういってみせるとミラーはにっと笑ってみせてきた。そしてこちらにきびすを返すと、彼はこの部屋の出口に向かって歩いていった。
床に視線を落としながらクーは思わずつぶやいた。
「アザミ」
「......どっちが勝つだろうな。俺の予想じゃ五分五分だが」
顔を上げて彼を睨みつける。
「アザミが勝ちますよ」
「どうかな。そのときはお前の出番だ」
こちらを見ずに彼はそういうと、扉をあけて隣の部屋に歩いていった。
そのさりげない科白はクーの胸に突き刺さった。
なんということだ。
(アザミ)
勝ってくれ。
心の中で、そう願う。
++++
ストールターン。不意をついて相手を狙うがそれはすぐに回避。
操縦桿を握る手に力が入る。
「畜生!」
曲線を描くように飛ぶエバンテはシーナとアザミを相手にしながら二人を圧倒していた。ふらりふらりとかわしながら夜の闇に消えていき、いなくなったかと思うと次の瞬間には後ろに現れたりする。そしてこちらが撃たれる、と思った瞬間にはロールしながら離脱したりする。
馬鹿にしている様に見える。シーナからの通信がなくなったのもそのせいだろう。彼女は相当頭に来ているに違いない。もちろんアザミもプライドを傷つけられたが、今はそんなことを言っている場合ではない。相手の技術力の高さに驚くのもそうだが、早く離脱して戻らなければならないのだ。
目が闇に慣れているのか。それとも最新鋭のレーダーでも積んでいるのか。よくわからない。が、ステルスモードの二人の機体をこのハイスピードの中正確に捉えるは難しいはずだ。
エバンテが右から迫る。アザミはスポイラを展開、速度を落とすとエバンテの横に着いた。
機銃を放つ。が、そこでエバンテはピッチアップ。
(え?)
アザミが斜めに迫る。が、エバンテの機体はそのまま機種を迎角に変えた。そしてこちらの機をやり過ごすと元の体勢に戻ろうとする。
コブラ。
(嘘)
思わず目を見開く。後ろにロールしたエバンテの機体が着くかと思いきや、アザミの斜め後ろからシーナの機体が迫っていた。
『隙だらけだよ。エバンテ』
彼女が呟くのが聞こえてきた。無線がオンになっている。あえてエバンテに通じるようにしているのだろう。
だが、エバンテはそのままピッチアップの状態のまま垂直上昇。ストールターン。ブレーキをかけながら静止状態での空中移動。
シーナの機体が横につけた。次の瞬間には追い越している。
『......え』
彼女が惚けたような声が無線で聞こえてくる。急旋回しながらアザミは無線に向かって叫んだ。目を見開く。
「ラプター!」
遅かった。
エバンテの機体から放たれた機銃の弾丸がシーナの機体を貫いた。
オレンジ色の炎が暗闇に光る。
「嘘。ラプター!」
アザミの口から先ほどと同じ科白がこぼれる。
それはあっという間だった。
シーナ。
コックピットのガラスが赤く染まる。
暗闇の中で、機銃の弾丸に貫かれたシーナの血が飛び散る。
機体が炎をあげながら墜落していく。
螺旋を描きながら。
『次はお前だ』
エバンテの低い声が雑音まじりで響き渡る。アザミは息を吸った。
頭が熱くなる。胸が痛みを訴えてくる。
次は自分?
ふざけるな。
「ナメんじゃないわよ!」
大声で叫ぶ。エバンテの後ろをとる。ブラストを放つが、かく乱フレアによってあっさり躱された。
エバンテがフラップアップ。そのままバレルロールしながらこちらをかわそうとする彼の後ろをしっかりとつける。
機銃が夜空に吸い込まれるように消える。あたらない。
「畜生!」
操縦桿を握りしめる。スロットルフル。エンジンを吹かして速度を上げる。
そのままリヒート。もはやレーダー等気にしてはいられない。
「殺してやる」
レーダーを最大出力。敵機の位置を把握する。その場所にむけて速度をあげる。
エバンテがロール。そのままスプリットS。
アザミは右にブレイク。エバンテの後ろを追った。
ミサイルをロック。放つ。
だがエバンテはわずかにロールした後シャンデル。高度を稼いできた。
スピードがわずかに落ちる。近接させてこちらを機銃でしとめるつもりなのだろう。
鈍ったところを中距離ミサイル。連続で二発。
こちらを近接させるのが目的ならば、これならよけきれない。
だがエバンテはそこでリヒート。一気に速度を最高まであげると垂直上昇。
舌打ちするとアザミは操縦桿を切った。
ピッチアップして垂直上昇。
その時点でエバンテとの距離は大幅に開いていた。
遥か上空のエバンテ。
地上に近いアザミ。
エバンテは上で八の字回転。バーティカルキューバンエイト。
アザミと向かい合った。
敵が垂直降下してくる。それを睨みつける。
ブラストが二発残っていた。
ミサイルを放つ。
刹那。
エバンテの残り弾数はわからない。だが。
放った後は機銃をあげた。
ひたすら放った。
空中でミサイルが爆発する。
アザミの機体とエバンテの機体が弾丸の雨の中。
飛び交った。
どちらも。
機械がダメージを伝えてくる。だが。
爆発が空中で起きる。
破片が舞い散る中、エバンテがピッチアップ。
アザミも操縦桿を引いた。
お互いが腹をこすり合うように、交錯した。
エバンテから通信が入った。
『弾切れだ』
「あんたもね」
そのままエバンテは水平飛行に戻る。
アザミはターンさせてその後ろに着く。
「あんたムカつくわ。マジで」
『お互い様だ』
彼が返してくる。心なしか笑っているような物言いだった。
『勝負はお預けだな。クエンフィールド。お前の存在は癪に触る』
「必ず殺してやるから。待ってなさい」
『またがあればな』
それを最後に通信は途切れた。エバンテはロールすると、そのまま速度をあげた。
続けてエレベータアップ。
機影はそのまま遥か上空に消えていく。
アザミは追わなかった。
そのかわり、中央につなげる。
「プライム......ラプターが墜落したわ。救助部隊を......」
不思議と涙は出なかった。
まだ、やるべきことはある。
終わりではない。まだ。