episode 23: I Loved



  黒い雲がゆっくりと後ろに流れていく。
 こちらの出しているスピードとは逆に、空の流れはゆったりとしている。
 そこから視線をおろすと黒い機体。八機。
 うっそりとジェイは味方機とともに、空軍の機体が飛んでいくのを眺めていた。
 遥か上空から見える彼らがこちらに警戒していないようにすら感じる。
(畜生が)
 二十機のうちほとんどがやられた。
 予定外だった。五機程度で十分かと考えていたが、そんなことはなかった。
 しかも偵察機一機に、二十機が。
 ありえるはずがない。
 唇をかみながら視線を落とす。飛んでいる八機を狙ってミサイルをロック。
 ならばここで連中を皆殺しにしてやる。
 ゲームから降りる前に、連中に一泡吹かせてやるのだ。
 ピッチダウン。無線に向けてつぶやくように言う。
「殺してやれ」
 と。
『お前がケツに気をつけな。ローザン』
 後ろから飛んできたミサイル三発が、同時に部下の機体を吹き飛ばした。一機は翼、残り二機はエンジンをやられて空中分解する。思わず目を見張るとジェイは後ろを振り返った。
 一機のレッドウェアウォルフが迫っていた。最新型だ。
「誰だ! 畜生!」
『俺さ。<プレデター>だよ』
 それはジェイの機体を追い越していくとこちらより先に地上に降りていく。
 背後をとることを前提のドッグファイトでこちらに先に後ろを見せるのは異常だ。
「てめえ、なんのつもりだ」
「かかってきな」
 それだけを伝えてくると一気に下降。こちらより先に空軍の機体の中に向かって飛んでいく。
『"コール"だ』
 プレデターがそのままバレルロール。奥歯を食いしばるとジェイは叫んだ。
「ぶっ殺してやる!」

 上空で爆発。炎があがったのをレーダーが捉える。
 ジャックの元に通信がはいる。隣を飛んでいるスコットからだった。
『スピン、上で爆発があった』
「なんだって」
『俺がみてくる。編隊は引き続きくんでくれ。プライム、離れる許可を』
『上空か?』
『ええ。かなり上です』
『もう一機つれていけ』
 彼らのやりとりをききながらジャックは上を見上げる。と、そこにオレンジ色の光が瞬く。
 と。
『破片が飛んでくる! 全機解散!』
 スコットからの指令が飛ぶ。リーダーが誰というわけではなかったが、ここでは状況をつかんでいる彼からの通信を全員が受け取った。
 ジャックの機体が編隊の中心にいたのでそのままスロットルアップ。他の機体は自分の機体がある方向に舵を切った。それと同時に上空から炎に包まれた破片が飛んでくる。
『畜生!』
「レックス、無事かい?」
『敵が二機! だが......連中が交戦しているようだ』
「え?」
『レッドウェアが二機、上空で戦っている。そのまま高度を下げている』
 と、その言葉が届いた直後だった。
 はるか右で味方機の一つが爆発する。あまりに唐突だったので目を見開いてそちらをみる。
「......ッ!」
 唖然とする。なにがあった?
 続けて左で爆発。さらに残っていた味方機が立て続けに炎をあげる。
『スピン! ストールだ!』
 スコットの声が響く。操縦桿を引いてフラップアップ。そのままインメルマンで高度を稼ぐとターン。
 眼前を影が横切っていく。黒い外装に一瞬だけ白い鬼のようなマークが見える。
(鬼......?)
 味方ではない。それははるか前方で爆発を起こす。巻き込まれないようにバレルロールしながら叫ぶ。
「なんだいまのは!」
『二匹逃したか』
 こちらの通信を傍受した敵の呟きが入ってくる。かなり強い電波だ。
 嘘。
「その声は......」
『シュート、久しぶりだな』
 嘘。
 ジャックは目を見張った。
「......嘘だって思いたかったのに」
 返事はない。後ろに迫る気配。
『スピン! 速度をあげろ! 追いつかれるぞ!』
 スコットの声が飛ぶ。スロットルをハイにして一気に速度をあげた。後ろから弾丸がオレンジ色の炎となって横をかすめていく。
 操縦桿を握る。
「レックス! 俺は......」
『敵に同情すんな! さっさと逃げろ!』
 まだ思考がまとまらない。
『覚悟できてたんじゃねえのかよっ!』
「簡単にできるか! 兄貴みたいなもんだったんだぞ!」
『そんなの関係ねえよ! 敵は敵なんだ。さっさとやらねえと死んじまうぞ!』
 戸惑い。一秒の戸惑いが命取りになる。
 こちらの声に対してスコットが叫んでくる。いけない。
 操縦桿を握りしめる。ここで負けたら駄目だ。
 ピッチアップ。そのまま垂直状態に持ち込むとストール。
 速度を落として後ろに下がる。前方に敵機が抜け出した。
「すまない。レックス」
 大きく息を吐き出しながら前方を見つめる。
「敵は何機だ?」
『一機だ』
 回る視界。機種が向いた先に黒い影がある。
 ジャックの機体から放たれたオレンジ色の光がその影を追っていく。捕まらない。
 垂直的な動きでぐんぐんと距離を離されていく。
 ホールとは真逆の動きだな、とどこかで思う。あれが......
 プレデター。
 と。唐突に前方で爆発が起きた。
「レックス!」
『なんだ』
「今の爆発は?」
『わからない。熱源があることしか確認できてない』
「敵機は?」
『もう消えた』
 レーダーをみた。確かに消えている。
 半径数キロ以内を指し示す円の中に、それはすでに無かった。
「畜生」
 口の中だけでつぶやく。前方で赤い光が煙とともに広がっていくのが見えた。
「発煙筒とは違う?」
『違うな。予定のルート上だから確認の必要はあるはずだ』
 スコットがそういうと同時にこちらの斜め上にやってきた。
『いくぞ、スピン』
「了解」
 ジャックはスロットルを押し上げた。行かなければ。
 まだ、終わっていない。

 ++++
 
 夜空に浮かぶ楕円形の機体に近づきながらアザミは息をついた。
「プライム、ディーノよ。今給油機に近づいている。ロックの解除を」
『ストルウェルだ。よく生き残ったな』
 小さく息をつきながら目元をひくつかせた。そして淡々と彼に告げた。
「でもシーナが死んだわ」
『直前で位置を伝える通信があったから生存の可能性が高い。今救助部隊を向かわせている』
「そう......よかった」
 落ちていく直前に彼女の血しぶきをみた気もするが、通信があったのならとりあえず息だけはあるのだろう。それに安堵しながら高度をあげていく。
 いくつかスイッチを下げて機体のエンジンを下げる。穴から給油のパイプをのばして楕円形の機体の下からのびるパイプに接続した。
『今お前の暗証でロック解除した。弾丸は間に合ってるか?』
「弾切れ中。兵器はブラスト三発しか残ってないわ」
『じゃあそれも補充させる」
 メーターがあがっていく。それをみながらアザミは肩の力を抜いた。バレルが降りてきて弾丸が装填される音を聞きながら目を閉じる。
 疲労がだいぶたまりつつあった。それほど長時間フライトしたわけではないが、緊張の連続。
 そしてホール。なにを考えているのか、ドッグファイトでチキンレースのようなものを挑んできた。頭がおかしいとしか言いようが無い。真っ正面からなんて。
 クー。
 彼は無事だろうか。
 撃墜されたとするなら、もう生きてはいないだろう。

 と。
 腹に響くような振動とともに、遥か下方で爆発が起きた。
 かなり上空にいるにもかかわらずキャノピーが揺れ、中にいるアザミにも響いてくる。
 思わず息をひそめる。
「何?」
『敵基地の場所で大きな爆発があった』
 ストルウェルの声が伝えてくる。手元のレーダーをみながら眼下の景色を見下ろす。
「マジで? 味方の爆撃じゃなくて?」
『違うね。レックスとスピンがそちらに向かっている。二人と合流してから現場へ急げ』
「二人だけ?」
『ああ』
 目を閉じた。そういうことか。
 嘆息する。どうしようもない。本当に。
「わかった」
 やれやれ。



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