episode 25: Stop The Clocks



 レーダーに視線を落としたまま険しい表情のアークが不思議そうに尋ねてきた。
「イーグルステルスって、普通のステルスと何が違うんだ?」
「難しい質問だな」
 未だに雨が振りつづける外を眺めながらミラーは耳元をかいた。
「レーダーにあたっても誘導電流を発生しないバリアを作りだせるらしい」
「何が違うかの説明になってないよ?」
「説明が難しいんだ。普通の機体はレーダーにあたると電流ができて反射波を作ってしまうものなんだが、実際のステルスってのは電波が来ている方向に電波を返さないか、電波を反射し辛いものに変えるかするんだよ。だが電波を返さないとなると戦闘機の形状が限られるし、反射し辛いものにすると外装の素材を見直さなきゃならないっていうんで、新しい機能としてレーダーを全て素通りさせる電子バリアを張らせるようにしたってわけ」
「あー。要するに普通のステルスが隠れ身の術だったら、イーグルステルスは目の中に入る光を調節して見えなくするようなものってことか」
「ん、なんか違う気もするけど大体そういうこと」
 微妙な納得の仕方をするアークに対して適当に頷きながらミラーはレーダーに視線を落とした。ダムに向かって飛行していった二機はすでにこちらからも捉えられない。
 死ぬなら本望でもあるのだけれど。
 上空に消えていったシュートの機体がレーダーに薄く映る。あの機体は高高度レコードを持つ戦闘爆撃機だからこちらの砲撃でも捉えるのは無理だろう。恐らく成層圏近くまであがっているに違いない。
「で、どうする?」
 尋ねると、アークは手元のスイッチをいくつかあげた。
「オートマティックを放つ。これでジャック・シュートの機体を撃墜させると同時に、目視確認される敵の機体を落とす」
「うまくいくかね」
「いくよ。それより人質使うからつれてきて」
「人質ね」
 適当にきびすを返すとミラーは後ろの部屋へつながる扉をあけた。
 人質。
 ミラーは息を吸い込み、ため息を吐くところで吐かなかった。
 自分はもう、十分すぎるほど悪党だ。

 ストローク5の機体同士でのみ通じる無線で、スコットから指示がくる。
 エレベータアップ。
 レーダーでこちらを追っていると、ダムに激突したように見えるはずだ。
 発動後ピッチアップした後、ダムの壁に沿うように垂直上昇。
 アザミとスコットは堤防を超えるとそのままインメルマンターン。
 こちらがそのまま回っていくのに対し、スコットの機体は右方に離れる。
 イーグルステルスの欠点は味方同士感知不可能になることだ。この暗闇で黒い外装の戦闘機が飛び交えば激突する可能性も全くのゼロではない。
 スコットからの指示をうけとった後距離を取った。この通信はある程度の距離を置くと届かなくなる。
 自由に飛行するエリアの領域を二人でわけること。
 まずは敵機の装甲を破壊していかねばならない。
 刹那。
 敵機の後方から複数の赤い影が飛び出した。
『フレアか?』
「ちがう」
 それはS字を描くようにふわふわした動きでしばらく空中を漂うと、不意に方向をかえ、こちらに向かって突進してきた。
「機体だよ!」
 アザミが叫ぶと同時にそれは急に速度を増してくる。
 エレベータ・ダウン。
 高度を僅かに下げながら左に僅かにロール。
 スポイラを展開。スロットル・ダウン。
 高度を下げながら速度を落とす。
 相手がアザミの機体の鼻先を飛んでいく。
 オレンジ色の光が眼前を線を引いていくのを見送り、アザミは今度はスロットルを押し上げた。
 エンジンを吹かす。
 インメルマンターン。
 ピッチアップした後相手を視界の端に捉える。
 ロール。右舷に敵機を捉える。
 敵機がS字を描くように飛行。
 機銃で捉えられない。
「畜生」
 口の中で呟く。
 スポイラを展開。速度を緩める。さらにエレベータダウン。
 スロットルダウン。
 高度と速度をさげて敵機との距離を開く。刹那。
 弾丸がその間をオレンジ色の線を横切っていった。
 弾丸だ。
「レックス、気をつけて。あれは囮だよ」
『囮?』
 返事がくる。彼は近くにいた。
「自動操縦のなんかだと思う。レーダーでうちらが捉えられないからあれを追わせてる」
『はあ、やるなあ』
「なにが。それより話している暇ないわよ。あの装甲引きはがさなきゃ」
『あいつは放っておくのか?』
「後ろを取られないかぎりはね」
 そう伝えるとロール。赤い発光体ではなく敵の巨大飛行艇目掛けて飛ぶ。
 赤い発光体は空気の流れをみているのか、こちらをゆらゆらと追ってくる。が、正確に捉えることができるわけでもないようで、遥か後方をふらつくように飛行する。直線的に飛行するアザミとスコットの機体とは対照的だ。
 スロットルアップ。
 速度をあげて敵の飛行艇に追いつく。
 武器は機銃のみ。
 赤い戦闘機との間にはいれば狙い撃ちされる。
 弾丸の合間を縫うようにして飛行し、その先にある対空砲を狙う。
 飛行艇の表面はのっぺりとしているが、月明かりを反射すらしないフラットブラック。
 狙うのは一点。
 顔を出している対空砲めがけて機銃を放つ。
 数発は固い装甲にはじかれるが、残りが間接部に命中した。
 爆発。内側からめくられたそれが炎とともにはじけた。
 操縦桿をきってロールしながら離脱。
『スピン! いけ!』
 スコットとアザミが同時に叫ぶ。
 二人がその場から緊急離脱。それと同時に上空に黒い点が浮かび上がった。
『よっしゃ、任せろ!』
 ジャックの乗る高高度爆撃機が急降下。
 成層圏付近から標的めがけて速度をあげる。
 アザミは操縦桿をひいてピッチアップ。敵機に沿うようにしながら高度をあげる。
 時間にして数秒だろうか。
 ジャックの機体がこちらの横を高速で通過する。
 周囲を巻き込むソニックブームでキャノピィがわずかに揺れた。
 市街地の一ブロックを消滅させるミサイルが翼に命中。そして敵機の装甲を貫き、
 
 貫通した。

『げ』
 スコットが蛙のようなうめき声を出すのが無線越しに伝わってくる。続けて敵機の翼の下で爆発が起きる。それはアザミからも確認できた。
 敵機が大きく揺れる。その前方をジャックの機体が低空で飛ぶ。
『ディーノ! あいつが狙われる!』
 スコットの声。
 それに我に返ったアザミは思わず前方をみた。
 速度を保ったままジャックの機体が飛行する。
 あまりの速度の機体が反応できないのだ。
 その隙を敵が放っておくともかぎらない。
 舌打ちして後ろから追う。ジャックは急降下で意識を失っていないか心配だったが、ここはひとまず彼が撃墜されるのを防ぐことを優先する。
 敵機が大きく揺れると、赤い発光体が数機放たれてきた。
 人間が乗っているのかどうか怪しいが、とりあえず撃墜しなければ。
『スピン!』
『生きてるぜ! さすがに頭がくらくらする!』
 これだけの急降下爆撃でそんなレベルでもなかろうに、ジャックは相変わらず能天気な声で答えてきた。半ば呆れながら、
「タフだねえ」
 とだけつぶやく。
 前方を見据えてスロットルアップ。
 爆発は翼を突き抜けて地面に突き抜けていた。
 あとで処理班にどやされるかな、と頭の隅で考える。集落がないのが幸いだけれども。
 ジャックの機体が再び上昇を始める。
 それを発光体数機が追っていった。
「レックス! あれを止めるよ!」
『了解』
 返事が返ってくる。ジャックの機体はこの高さでは完全なステルス性を発揮できない。
 追われるのは当然といえば当然だろう。
 手近な一機に標的を定め、操縦桿を握る。
 スロットルを押し上げようとしたその瞬間、割り込み通信が入った。
『よぉ、アザミ。聞こえる?』
 軽薄な声。
 思わずスロットルを握る手の動きが止まった。
『聞こえてたら速度を緩めて俺たちの後ろに着きな。狙い撃ちはしねぇから』
「......ミラー?」
『はは、付き合いながいとすぐわかるな。そうさ。俺だよ』
 速度を緩めながら眼下を飛行する敵機を睨む。一言一言を絞り出すように尋ねた。
「その中にいるの?」
『ああ』
「最低」
『なんとでも。まあこれを聞いたらもっと軽蔑するだろうね』
「なに?」
『クーの身柄を預かってんだ。エバンテに負けたところを保護してある』
 思わず沈黙する。その先の機体をじっとみつめる。
 クーは死んだのではなかったか?
『エバンテは死んだって言ってたか? どうやら息はあるみたいだぜ』
「で?」
『そうだな。まずは攻撃を中止してもらおうか。そこの二人、うちに帰ってもらえ。あとイーグルステルスを解除してもらおう』
「もし、要求に従わなかったらどうなるの?」
 上を見る。スコットがジャックの機体をつける発光体と交戦していた。
 さすがに彼にはかなわないらしく次々と敵の戦闘機は撃墜されていく。
 が、アザミは動けない。
『わかってんだろ。俺からスコットには通信ができないんだ』
「あんたクーの機体からあたしの機体の通信コード盗んだでしょ」
『ああ。この作戦にやってくる連中の名前で確実そうなのはお前ぐらいだったからな』
 完全に悪党の科白をはく別人のようなミラーを無線機越しに睨みつけ、アザミは小さく嘆息した。
「わかったわ」
 怒りとも悲しみともいえない不思議な気持ちが胸の中で暴れ回るが、それを静かに押さえつける。まだ暴れては駄目だ。
 残弾数をみる。
 ブラストが、一発だけのこっている。アザミは息をついた。
「あいつらに伝えればいいのね」
『話がわかるね。ついでにいっとくが、本部には連絡するな』
 やるしかないようだ。
 アザミはイーグルステルスを解除すると、二人へ通信を開いた。
 ヒステリックに叫びたいのはここ数日で二度目。
 もうなんだか、どうしようもなかった。

 



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