episode 26: New Generation



 目の前に座り込んで無線でやり取りをしているミラーをぼんやりと見つめながら、クーは小さく呼吸した。なんの意味があるのかわからないが論理的に考える事もできそうにない。ただ茫洋とした思考だけが頭の中をぐるぐると回っている。
 目の前ではミラーが手元の無線を切って、こちらを見ると笑みをうかべてきた。
「安心しろよ。安全にお前は返してやる」
「安全......?」
 同じ科白を口にして聞き返すと、ミラーは無線を懐に収めて
「ああ」
 と頷き、ナイフを取り出して腰に引っ掛けた。
「その前に、まずやることやってからだ」
「わけわかりません」
「それ、アザミにも言われた」
 何かを懐かしむようにそういうと軽く笑って立ち上がり、ミラーは先ほど彼が出てきた扉に向かって歩いていった。
 その挙動には全く隙がない軍人然としたものだが、背中はどこか寂し気だ。
 何をするのだろうか。

 なにをすることもなくクーは大きく嘆息した。
 これからどうなるんだろうか。




『まだ終わってねえよ! ふざけんじゃねえ!』
『バーンスタインが人質に取られている以上こちらから無駄な動きはできないよ』
 声を荒らげるスコットと対照的に冷静な口調でジャックが口を挟んでくる。そして彼を制したあとこちらに確認するように尋ねてきた。
『中央に連絡をするな、だったっけ?』
「そうね」
『つまり俺らだけで物事を解決しろってことだね。もしくは、要求をのめ』
 相手から突きつけられた言葉をそのまままとめてくる。それに対して苛立ちが収まらないのか荒れた口調でスコットが言ってきた。
『飲めるわけねえだろ』
 それは理解できる。二人がなにも言わないでいると彼は続けてきた。
『無視して撃墜してやろうぜ。俺たち三機だったらこちらに分があるんだ』
『殺してしまわないとも限らないね』
 ジャックの指摘にスコットが黙り込む。アザミは息をついた後手元のストローク5専用プログラムを開いた。
 それにメッセージをうちスコットに送り込むと、無線に向かってつぶやいた。
「どちらにしても、ふたりには撤退してもらうわ。撃墜するにしてもなんにしても、まずはあたしひとりで相手との通話を続けたい。要求をのむかどうかはそれからだと思う」
『スピン、指定領域まであとどのくらいだ?』
『今の速度だと、三分後に山地を抜けることになる』
 ジャックの出した数値に三機とも黙り込む。
 アザミはスロットルを引き下げ、速度を飛行艇とあわせた。それと同時に先ほどまで二機を追っていた敵の飛行隊が飛行艇の中に引き上げていく。
 スコットとジャックが高度をあげる。そのまま彼らはターンするとアザミの進行方向とは逆の向きに速度をあげた。
『無事を祈るぜ』
「ありがと」
 スコットからの最後の通信をうけると一瞬だけ後ろを振り返る。
 二人の機体がリヒートを開始し、まっすぐ、遥か彼方に消えていく。
 暗闇の中にその炎が消えていき、一瞬にして小さな赤い点になる。
 その姿が見えなくなってから前を向くと、アザミは手元のスイッチを押した。
「ミラー、聞こえてる?」
 その瞬間心が酷く静かだった。
 何も失うもののない、何も後ろめたいことなどないと信じた。
 そもそも、誰がこの問題をややこしくしたかを考えればすぐにわかることだ。
 スコットの指摘は正しい。無視してやれば、それでいい。
 今、交渉の座にお互いが着いた瞬間が最大の隙。
 アザミは小さくつぶやいた。
「そいつに、人質の価値は無いわ」
 最後の発光体がその飛行艇の中に消えていこうとしたその瞬間。
 アザミは残っていた最後のブラストミサイルをその敵めがけて放った。
 
 ++++

 アーク・コールドは焦っていた。
(畜生、なんてこった!)
 どんな種類の弾丸も跳ね返せる外装だったが、内側をえぐる攻撃で弱点を露呈してしまった。予想はしていたがここまであっさり破られるとは思っていなかった。
 緊急修復プログラムを発動。消化液で故障箇所を鎮火した後、予備回線に切り替える。
「どうだ?」
 後ろから声をかけられ、振り向くとミラーが立っている。どこかぼんやりとした表情には後ろ暗いものが宿っているように見えた。
「飛行には問題ない。順調に経路を進んでいる。連中には伝えたのか?」
「いまどうするかでもめているようだよ」
「バーンスタインのことは?」
「伝えた」
 ミラーは素っ気なく答えてくる。とりあえず予定通りのようだった。
 手元のレーダーを見ながら進行方向を確認する。ここからしばらく山地が続き、平地をこれば海岸に出る。そこから先にいけば自分たちの勝利は確定したようなものだ。
 と。
 二機が離れていくのが見える。予想通りの動きに思わず口の端をつり上げた。
「よし。予定通りかな」
「......どうだろう」
 横目でみるが、それでも隣のミラーの顔は冴えない。レーダーの中でこちらに着いてくるクエンフィールドの機体をじっと見つめると彼は続けた。
「この後......」
 そういいかけたときだった。
 不意に傍受している通信が開く。
『ミラー、聞こえてる?』
 クエンフィールド。
 このような事態でさえやたらと冷静な彼女の声が二人の耳朶を打った。
 その瞬間ミラーの顔に浮かんだのは諦めとなぜか......羨望だった。
『そいつに、人質の価値はないわ』
 その科白を聞いたとたんアークは目を見開いた。
「馬鹿かこいつは......!」
「そういう女さ」
 にべもなくミラーはそういってくる。そしてこちらの腕を叩いてくると、
「ヤツ、イーグルステルスを展開するだろう。オートマティックを動かさなくていいのか?」
「言われなくてもやる!」
 半ば裏切られたような心持ちでアークは手元のレバーを押し上げる。
 すると、次の瞬間轟音とともに大きな揺れが飛行艇を襲った。
「くっ!」
 機内の様子を伝える画像が一気に赤く光る。最後部が大きくえぐられた用に破損していた。
 カメラをまわすと炎が機内に広がる映像が映し出された。大損害だ。
「なんてこった」
 急いでレーダーに視線を落とす。が、そこにはもうクエンフィールドの姿はない。
 対空砲を急いで全面広げるが、どこを飛んでいるのかを把握するには空気の流れを察知するしかない。
 畜生!
 アークが次の手を打ち出そうとした次の瞬間。
 背中に、熱いものが走る。
「......なっ」
 そして自分の腹部から飛び出る鉄パイプ。
 振り返ると、その先を握った無表情のミラーが立っていた。
「お前......!」
「......正直、どうしようか悩んだんだがね」
 それだけを言うとミラーは手に力を入れ、アークの身体を貫いた鉄パイプを眼前の操縦席の機械群に突き刺した。
「お前の言っていることは確かに崇高なことなのかもしれない。だけど、俺はお前の言う事にはどうも賛同できないんだ。わるいな」
 機械が火花を散らす。視界が揺れる。
 口元にたまった血反吐をまき散らす。
 何か言おうとアークは口を開けるが、それもままならない。
「最後の最後ですまないな。あと、ここまでつれてきてくれたことに礼を言うよ」
 そういいながら彼は手榴弾を取り出し、ピンを抜いた。それを丁寧にアークの眼前に置くと部屋を出た。
「それじゃ」
 最後にそれだけを告げるとミラーは扉を閉めた。
 目の前でふくれあがる手榴弾を見つめ、アークは思わず歯をならした。

 ++++

 扉が開く音とともに、ミラーが眼前に現れた。
「大丈夫か?」
「大丈夫です」
 顔をあげる。まだそれでも首筋は痛みを訴えてきていたが、なんとか動かす事はできた。
 こちらに歩いてくると彼は拳銃を取り出してきた。
「さっきアザミと話したんだが、お前は人質の価値は無いそうだぜ」
「そんなのわかりきってるじゃないですか」
 心の中でしてやったりと思いながら相手を見上げる。その拳銃には殺意が込められているのかどうか、ミラーの表情からは読み取ることができない。
 クーは続けた。
「俺が逆の立場だったら、要求は飲んだでしょうけど、あいつはね......俺じゃあいつの弱点にはなりませんよ」
「そうか」
「こんな苦労するくらいならオールドクロスフォード焼くとか言えばよかったのに」
 そういうとクーは足下に目をやった。薄汚れたブーツとフライトジャケットが目に入る。
 頭上からミラーが嘆息するのが聞こえた。
「それはないな。それができたらこんなことしてないし。そもそも」
 呆れたように彼がつぶやいてくる。
 と、次の瞬間だった。
 不意に劇鉄が引かれる音と同時に、ミラーが持っていた銃の引き金を引いた。
 銃声が耳をつんざく。
 ここで撃たれることを疑問に思う間もなくクーは目を閉じる。死ぬのも良いかもしれないとは思ったが、覚悟を決めるにはそれはあまりに唐突すぎた。
 だが、弾丸の狙った先はクーの両手を縛り付けていた手錠だった。
 その一発で手錠の鎖が、ぷっつり切れる。
「......え?」
「いきな。後はお前らの時代だ」
 そういうとミラーは後ろの棚から小さなスーツケースのようなものを取り出した。
「パラシュートだよ。そこの非常口から脱出できる」
「......」
「なにやってんだ。ここはもうもたねぇぜ。早くいかないと、命に関わる」
「大佐、俺は」
 何かを言いかけたクーの背中に問答無用でパラシュートをかけると、ミラーは非常口のレバーをあげた。
「なんだ」
「俺は、大佐が最後まで間違っていたとは......思えないし、思いたくないです。でも」
「それは後で考えろ」
 こちらの科白を手で制するとミラーは扉を蹴った。眼下に見えるのは黒い山林。遥か前方にはうっすらと平原が見えた。
 それらが視界を横切っていく。
「それじゃクー、さよならだ。元気でやれよ」
 こちらの背中を押してくると、ミラーは自分の着ていたジャケットの紋章を外してそれをクーの懐に押し込んだ。わずかに薄汚れたそれには空軍の紋章と、大佐のバッジが入っている。
「アザミによろしく」
 目を見開いて後ろを振り向く。が、なにかを言う間もなくクーの身体は空中に放り出されていた。
 それでも言葉をつごうと口を開く。だが激しい風に追われてそれもできない。
 あっという間にクーの身体は落下し、ミラーの姿は機体の奥に見えなくなった。
 そして、その巨大な飛行艇が飛んでいく後ろを一機の戦闘機が追っていく。
 飛行艇からは炎があがっている。
 思い切り叫んだ。
 どうしようもなく、高速の落下のなかで目が霞んできた。
 身体に縛り着いた一本のロープを握りしめる。
 暗闇の中に自分が溶けていく感覚。
 なぜかそれがとても切なく、悲しかった。



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