クロスフォードに入る直前の村でDが車を止めるように言ってきたので、アザミは道の脇に停車した。
「ここでいいの?」
「ああ、ここからが近いから」
それがなにかこちらが尋ねるまえに、置いていた荷物を担ぎ上げるとDは車を降りた。そしてドアを締めるまえにこちらに手を出してくると、
「そんじゃ。今回は色々迷惑かけたね」
「自覚はあるんだ」
「そりゃそうだろ。あ、あと撃って悪かった」
「そこはちゃんと謝るんだ。ふつうなら死んでるよ」
彼が差し出した手を半眼で見ながら、アザミは小さく息をついた。
どこか哀愁漂う表情でこちらをみてくると、Dは、
「別れの握手ぐらいしてくれないかい?」
その科白があまりに気弱な声だったので思わず笑う。
「あんたにしては弱気だね」
「そうでもないけど」
「わかったわかった」
小さく息をつく。間。
「とりあえず空軍敵にまわすのはもうやめたほうがいいよ」
「金次第かな」
相変わらずの答えを返してくる彼に対して
「命がなけりゃ紙くずよ。そんなの」
申し訳程度に手を握ってやると、アザミは前を向いた。
そして車を発進させる。
なにかがひっかかるような感じが胸の中に残ったが、気にしないことにしておく。終わってしまったものはどうしようもない。
それを今更。
自分がヒステリックになって変えることができるわけでもない。
一瞬だけ後ろを振り向くと、遥か後ろでDが手を振っていた。
その病室にはいると、包帯でぐるぐる巻きにされたパイロットが数人横になっているのが視界にはいった。彼らは骨折であったり、顔の判別が着かないほど火傷を負っていたりと様々で、全員に共通しているのはどこか濁った希望を失った瞳だけだった。
アザミは彼らを一瞥したあと、看護婦に導かれて一番奥のベッドに向かって歩いた。
そこにいるパイロットは他の者より酷い状態だった。
真っ白な服の下に絆創膏と包帯で固められた身体。
顔は判別不可能な程包帯が巻かれ、わずかに見える皮膚は焼けただれていた。口元には吸気マスクが当てられ、服からのびる腕には幾つもの点滴が彼女の生命を支えていた。
かつては頭部を覆っていた頭髪はすっかりなくなり、白い包帯に覆われている。
視線をあげると、そのベッドの上にあるネームプレートにそのパイロットの名前が書かれていた。
それを睨みつけながらアザミは拳を握った。
自分の無力さ、判断の過ちなのかもしれない。
なにを呪えばいいのだろう。そのネームプレートに書かれている名前。
自分と、一緒にフライトした仲間の名前。
『シーナ・クリステンセン』
「状態はどうなんですか?」
その問いに看護婦がこちらの顔を見てわずかに目を細めた。
こちらの怒気は感じていただろう。が、それで彼女が怯まなかったのはありがたかった。
怒りのぶつけどころがわからない。アザミはひと呼吸置いた。
看護婦がカルテに視線を落として、間を置いてから口を開いた。
「墜落した際に負った火傷と、左肩と右足を撃ち抜かれてました。右胸も撃ち抜かれていましたが銃創は貫通。とりあえず着ていたベストが失血を防いだのです。あとぎりぎりで脱出装置が働いたおかげで墜落死は免れてます。ただ......」
「?」
「クリステンセン大尉は、妊娠してます」
言葉につまる。そして額を抑えると自分の任務の前任者の顔を思い浮かべた。
アビー・アンダーソン。
アザミと同期でもある爆撃機パイロット。
優秀な人間だった。
その子供を身ごもったまま、シーナは最後のフライトに臨んだのだ。
何を考えていたかーーそれはひとつだけ。
エバンテへの復讐、だろう。
「このままでは母子共に危険です」
「死ぬかもしれない、ということ?」
その質問に看護婦は小さく頷いただけだった。それ以上話す事はない、とでも言うように。
アザミは息をついて頭を振った。おもむろにシーナのもとに近づくと腰をかがめて彼女に顔を近づける。
鼻先から消毒薬と思われる薬品の匂いが鼻をつく。無事な方の手にそっと掌を重ねると、彼女の耳元に向かってささやいてみせた。
「や」
反応はない。
「まあ仕方ないのかな」
嘆息しながら顔をあげると、こちらの腕をシーナの手が握ってきた。
「......なにが」
「おや、生きてるじゃない」
軽い口調でそういってやると、彼女は笑いもせずに視線だけでこちらを見上げてきた。その目はまだ死んでいない。
「生きてるわよ。失礼ね。なんの用?」
「口はしっかりしてんだね。あんた酷いよ」
見たままを伝える。彼女のつま先から頭までひととおり眺めてから、アザミはかるく肩をすくめてみせた。それに対してシーナは力無く息をつくと、
「知ってる」
と、そっけない口ぶりで言い顔をわずかに窓の方に動かした。こちらの顔を見たくなかったととれるが、シーナの手はアザミの手を握ったままだ。
それに視線を落としながら慎重に言葉を選ぶ。
「誰かよこす?」
「誰かって?」
「誰か。一人でいるのきついんじゃない?」
しばらくの間。彼女は窓の外に視線を向けたまま小さく息をした。白い服の胸元が少しだけ上下する。その動作ですら、みているこちらには痛々しい。
「別に辛くなんか無い」
「またそんなこといって」
「私がとなりにいてほしいひとはもういないもの」
「そうかな? ひょっとしたら生きているかもよ」
再び間。
頭をわずかに動かしてシーナがこちらを見てくる。そこだけは以前の色と変わっていない。その目がすこし細められる。
「今日のアザミさんは優しいのね」
「そんな日もあるよ」
「でも大丈夫。あいつはもう死んだの」
その声はどこか哀れむような。
にやっと笑ってみせる。こちらの冗談ともとれる科白にシーナの顔がわずかに緩むが、包帯のせいで表情の変化がいまいちわからなかった。
慎重に言葉を選んで問いを重ねる。
「てことは、あんた自分のガキのこともわかってる?」
「うん」
となりで看護婦が息をのむ。アザミはそちらを一瞥したあと視線をもどした。おそらく先ほどの会話も聞こえていたのだろう。
どうせ眠っていたわけではないのだろうから。
「もうすこししたら考えるわ」
「あんた、命に関わる問題なんだからはっきりしなよ」
「誰の?」
「あんたたちのさ」
そこでアザミは手を離した。身体を起こすと首に手を当てて骨をならす。
ふと窓の外に目をやる。真っ青な空とアスファルトの道路、土色の平原が遥か彼方まで広がっているのがみえた。こんなとき小さなグライダーで飛べたら最高だろうな、と思う。
「大尉、ちゃんと復帰しなよ」
「......誰も待ってない」
「悲しむよ」
「誰が?」
「いろんなひとが。それじゃ」
具体的に誰かは伝えずにきびすを返すと、アザミは静かに病室をでた。
ポケットに両手を突っ込みながら廊下を歩く。
どうしようもないことも世界にはあふれている。
自分の手ではどうしようもない事が。
++++
目の前に置かれた書類に目をとおしながら、フレミングは頬をゆがめた。
「結局見つかったのはこれだけか」
「はい」
「現場は?」
「跡形もありません。かなりの高熱で焼き払われたのだと思われます。残りの施設を見ていますが......どこも」
「ない、とね。とするとあの飛行艇だけかー。あれは?」
「飛行艇からは空対地ミサイルがいくつかと銃器、それから戦闘機が数機......」
「ミラーはみつからないか」
息をつく。どうしようもないか。
「追跡しますか?」
「いや、放っておこう」
「あの男は非公開基地を知っています」
「入隊するときに規約にサインさせている。それにあいつは今回こういう行動にでたのは自分の力ではどうしようもないからだろう。ミラーが原因でなにかが起きる事はもうないよ」
「本当にそうでしょうか」
「僕は彼の良心を信じるね」
書類を机の上においた。
「ミラーが原因でなにかがあれば、そのときは僕が責任をとろう。それより」
そこで言葉を切る。しばしの間。
「Dですか」
フレミングは頷くと、書類の中から件の傭兵の顔写真を取り出した。
「この男は捕まえる必要があるね」
「逮捕で問題ありませんか?」
「うん。話からすると実際強盗殺人だから罪は重いだろうね。アザミに証言してもらおう。コミュニティの反発はこちらでなんとかする」
「わかりました」
「それが終わったら通常業務に戻ってくれて大丈夫。今回は苦労をかけたね」
「いえ」
相手が書類を置き、部屋をでていくのを見送りながらフレミングは今回の件を振り返った。
どうしようもないことばかりというわけではないが、考えさせられることもあった。やはり流れは返られないのかもしれない。
結局の話、ここにいる自分の力であっても。