夕焼けが道を照らす。
遥か彼方まで続いていきそうなその道を二人は並んで歩いていた。
「シーナ、腹空かない?」
「別に」
素っ気ない返事とは反対にシーナの腹からぐううぅ、と音が聞こえてきた。それを聞いたアビーがくすりと笑う。だがそれに反応する訳でもなく歩を進める。
見かねた彼が言ってくる。
「俺のバッグにハンバーガーあるぜ。さっき買ったヤツ」
「私今ベジタリアン生活中なのよねえ」
「......酒は飲むのにか?」
「アルコールは別よ」
「野菜でビールを飲むヤツの気持ちが未だにわからない」
そういうと彼はこちらの断りもなく瓶を二つと、ハンバーガーの包みを二つ取り出してきた。
「一杯ひっかけようぜ」
「明日のフライトに影響でないなら飲んでも良い」
「素直になれよ。お前のそんなところも嫌いじゃないけど。ほら」
「......馬鹿みたい」
そういいながらシーナの口元は笑っている。ビールとハンバーガーを受け取ると瓶の蓋を開け、二人は道の真ん中で乾杯した。
日にさんざんあたったビールはぬるかったが、不味くはなかった。
++++
昔のことを思い出していた。
眼前に広がる滑走路を眺めながら、シーナ・クリステンセンは壁に背中を預けた。格納庫の壁がひんやりとしていて心地よい。そのまま座り込みたかったが、特にどうするわけでもない。
フライトジャンパを軽くつまんでみる。確か小さかった頃の自分は歌や踊りが好きで、大きくなったら歌手か女優になるみたいなことを言っていた。当時の自分は二十年後を予想できてたのだろうか。できてたらそれでもそう言っていただろうか。今の道を避けようとしただろうか。
空を見上げると青空が果てしなく広がっていた。基地は格納庫が二つ、工場が一つ、宿舎と食堂があわさった
生活の為の建物が一つ、事務棟が一つで建物群自体はそれほど多くないが、滑走路だけが三つと他の基地に比べて数が多かった。それぞれの建物も高くて三階建てで平面に大きい。が驚かされる程広い訳ではない。
滑走路の脇にはまばらに草木が生えた平原。その果てには山岳地帯がある。滑走路が山まで続いているようにも見えた。
と。
「自然多いだろ?」
不意に横から声をかけられる。いつの間にいたものか、長髪の若い男が立っていた。
「ここの基地はこんな田舎だけど、悪い場所じゃないよ。待遇は良いし、近くの町には施設は一通りそろってるから仕事後は遊びにだっていける。自然があるから結構癒されるしな。緑は好き?」
そちらを見るといつの間に来たものか扉をはさんで向かい側の壁に一人の男が寄りかかるようにして立っていた。おそらく自分より年下だろうと見当をつける。
とりあえず言っていることはあたっているので頷いておく。
「ええ」
「そうか。ならきっと気に入ると思うよ。結構このあたり観光名所にもなってるから。なんなら案内してもいいぜ。仕事終わったらね」
そこまで話すと彼はにっと笑ってきた。少し呆れたが顔には出さず、シーナは横目で彼をみやる。
彼の額に十字の傷跡があるのがちらりと目に入った。
「この基地は初めてきた女の子にいきなり声をかけるのって当たり前かしら」
「そういうわけじゃないよ。緊張してるだろうからやわらげてあげようと思っただけ」
「パイロットの異動はよくあることでしょ。馴れてるわよ」
そういうとシーナは再び前方に視線をやった。自分が乗ってきた機体が広い滑走路にぽつんとあるのが広大な滑走路に寂しげな雰囲気を落としていた。
二人の間に沈黙が訪れる。このままでいるのも気まずかろうと相手に向かって聞いてやる。
「あなた、お名前は?」
「俺、レオナルド」
「下の名前は?」
「いいよ。上の名前で呼んでよ。どうせあんたと歳変わらないだろうし」
そういう彼の顔は少し年下に見えた。言動もどこか子供っぽい。手を振りながら軽く息で笑うと、
「あんたは?」
「クリステンセン」
「クリスティーナ? 良い名前」
「違うって。クリステンセン。ラストネームよ。親が北海の出身なの」
そういうとレオナルドは少し残念そうな顔をした。
「他人行儀っぽい。まあいいや。よろしく、ミス・クリステンセン。何回か一緒に飛ぶだろうけど」
初対面でなんでこういうことをいうのか、理解できない。
今までシーナが出会った男たちが初対面の反応はこんなものだから特に驚きもしないが。
気を使いすぎるのもどうかと思ったのでシーナが黙り込んでいると、彼は前を向いているこちらの顔を覗き込むようにして尋ねてきた。
「あんたうちの責任者に挨拶はした?」
「いえ。まだ」
「行っといたほうがいいぞー。うちのひと、挨拶にやたらうるさいから」
「はいはい。忠告ありがと」
にこりともせずに壁から背中を離すと、足下の荷物を肩に担いだ。建物群は通路を挟んで密集している為、事務棟はここからそれほど離れていない。場所もすぐに分かった。
角を曲がろうとしたとき、うしろからレオナルドの声が聞こえた。
「今度遊びにいこうぜー。遊べる人、少ないんだー」
扉をくぐる時一瞬だけ振り返ると、彼は笑顔で手を振っていた。
その顔はやはり少年のようだった。
デスクで書類をみている責任者に向けてシーナは敬礼をした。
「本日より配属になりました。シーナ・クリステンセンです。よろしくお願いします」
こちらの挨拶に対してデスクで書類に目を通していた責任者ーー基地の指揮官は顔をあげてきた。
「よろしくシーナ。私はサーシャ・ノースランド大佐。ここの責任者です」
屈託のない笑顔を浮かべながら指揮官ーーサーシャはそういってきた。こちらは自分よりかなり年上だとみるが、その顔の皺はすべて笑い皺といってもよい。化粧で多少はごまかしているだろうが一見かなり若くみえた。
「ノースランド大佐」
「そう。よろしく。みての通り、狭い基地よ。ここにいる人数も少ないけれど、悪い人はいないから安心して」
なんだか新しい家族を迎えるような挨拶だ、とシーナは思った。手元の書類に目を通すとその中の一枚を取り上げ、続けて自分のデスクから鍵を取り出してきた。そしてそれらをクリアファイルに入れるとこちらに差し出してきた。
「これがあなたの書類。パスワードは一緒に書いてあるわ。鍵はそれね。今回乗ってきてもらった機体はセキュリティの都合上取り替えることになるけど......なにか不都合はある?」
一気に説明してきた。てきぱきと事務的な口調だったが仕事とはまた別な家族的な雰囲気もあった。
顔には出さず、淡々と応える。
「いいえ、大丈夫です」
「もう一人、あなたと一緒に来るはずだった一人がいるはずだけど......」
「ジャックですか?」
一緒にここにくる筈だった男の顔を思い浮かべながらシーナは眉をひそめ困り顔をしてみせた。こちらの表情の変化にサーシャはわずかに目を細めると、
「そう、ジャックっていうのかしら。ジャック・シュート。報告受けていないのだけれど」
「途中燃料補給のためにスコットフォード基地に寄ったのですが、その際に基地の責任者に呼ばれていました。出発予定時刻になっても彼は戻らず、しばらくしてから私だけその基地の副責任者に移動を命じられました」
「何を伝えられているか聞いてない?」
「はい」
「そう......わかったわ。ありがと。ちなみにあなたがここにきた理由はわかる?」
「欠員がでたと聞いています」
「そうね。ここは配備されるパイロットの数も多いけど、欠員が多いの。だから常にいるのは六人から七人。戦闘員が十人いるときはいないわ。先日二名欠員がでたんだけど、新しく配備されたのが貴方だけでは足りないわね」
この女性はいったい何が言いたいのだろう。その鼻先に言葉をぶつけてやろうと思ったが、適当な言葉が見つからない。
しばし黙り込んだあと、
「私が二人分働きます」
とだけ伝えた。
「以前の基地じゃエースだったらしいものね。私もそれくらい期待しているわ。貴方の事は優秀だと聞いてるから」
「運が良かったんです」
「謙遜ね」
そういうとにっこりと笑って彼女は書類をたたんだ。
「まあだからといって一人で出撃させたりはしないから安心して。とにかく、時間までにシュート君が来ないようなら現在待機中の誰かと組んでフライトしてもらうことになるわ」
「......はい?」
思わず返答してしまったが、彼女の科白に対してひっかかるところがあったので思わず聞き返してしまう。手元の倉ファイルが指の間から滑り落ちそうになった。
「今日フライトがあるということですか?」
「そうね。時間は六時間後。ペアを組むパイロットを手配しておくから、三十分前に格納庫前に集合のこと。いいわね?」
「了解です。......土地勘のない私で大丈夫でしょうか?」
あまりに唐突な指令だったので生半可な返事を返してしまう。が、相手はこちらの言動にも憤ることなく、それまでと同じ調子で説明してきた。
「敵の基地が発見されたから、そこを爆撃してもらう。詳細はその時に説明するからそれまでとりあえず待機。宿舎、貴方の部屋は......三〇五号室ね」
そういうとサーシャは書類をまとめると端をホッチキスで止めた。てきぱきとしたそのデスク上の作業を眺めながら、シーナは相手に勘づかれない程度に嘆息した。
それに気づいたかどうかは分からないが、彼女はこちらを見上げてくるとにこりと笑ってきた。
「それじゃよろしくね」
「はい」
返事をしながら途中まで一緒に飛んできた同僚に対して、苛立ちの矛先が向かっていた。
もちろん、彼に苛立ってもしかたないのはわかっていたのだが。
その部屋は相部屋だった。
中に入ると二段ベッドが部屋の隅に置いてあり、その隣にデスクが二つ並べてあった。壁際の一つは何も置いておらず綺麗に片付けられていたが、窓際のもう片方は書類やらぬいぐるみやら、雑多な小物で埋め尽くされていた。床は散らかっていなかったがベッドの下にはボードゲームやトランプのカードが散らばっていたりと雑然としている。
これではまるで......
(子供部屋みたい)
その状態にため息をつくとシーナな手元の荷物を片付けられた方の机に置いた。せめて本棚があれば助かるなと思いながらバッグの口を開ける。
「あれぇ、新しいひと?」
突然の声に思わず仰け反る。振り返ると二段ベッドの上で、人が一人ベッドの囲いに体重を預けながらこちらを見下ろしていた。
女性だ。思わず安堵する。
「なんだ。女の子いたんだ」
「いるよー。前はもうひとりいたけど」
軽い口調でいってくる彼女は童顔に短い黒髪の、少女といっても通りそうな女性だ。恐らくシーナより、レオナルドより若いだろう。語尾が間延びしているので聞き取り辛い。
ひょっとしたらこの基地は平均年齢が自分より低いのではないか、と考えて不安になる。年下パイロットをまとめるリーダーの資質は自分にはないのは明確だからだ。
その不安をうまく隠しながら彼女の顔を見上げた。
「もうひとりいたの?」
「うん。こないだ海のほうで戦うっていって出てっちゃった。それよりあなたお名前は?」
「シーナ」
「美人さんだねぇ。ねえねえ、その髪の毛って、脱色してるの? それとも地?」
「失礼ね。地。証拠みせようか?」
「超うらやましい。あたしカテリーナ。カテリーナ・ノースランド」
その下の名前に思わず反応する。
「大佐の?」
「うん。ママがここのひとなの。挨拶してないと怒られるから、会ってないならいったほうがいいよぉ」
ママ、ということはノースランド大佐の娘なのだろう。それにしては目の前の彼女は成熟しすぎているような気がする。年齢を聞いてみたくなったがそれはそれで相手に対し失礼な気がしたので尋ねなかった。
そうなるとサーシャは一体いくつなのだろう。若作りしてるんだろうなと思いながらカテリーナを見つめた。
思考が別な方向に飛びそうになるのをなんとかこらえる。
「もうしてきたわ。あなたもパイロットなの?」
「うん。まだ新入りだけどねー。これからいろいろ覚えていくの。シーナは何年目?」
「あたしは六年目」
「わぁ、超先輩だね! いろいろ教えて。倒した敵のこととか......ヒコーキのこととか」
その瞳が子供の様に輝く。早口でしかも間延びした発音で話すので所々聞き辛い。飛行機という言葉もどこか別の単語のように聞こえた。
彼女のことをみているとこの部屋の様相もどこか理解できた。甘やかされて育ってきたのか、それともただこういう性格なだけか。もっともただ甘やかして育てたのであれば軍隊にははいれないだろうが。
「フライト経験はあるの?」
そう尋ねるとカテリーナは右手をあげて指を三本立ててきた。
「まだ三回だけー」
がくりと肩を落とす。どうか六時間後のフライトのパートナーがこの娘じゃないことを祈るしか無い。
とりあえず笑ってみせながら、
「すぐに馴れるよ。あと十回も飛べば、敵を撃ち落とすのもなんとも思わなくなるわ」
と伝える。鞄の中をのぞきながら自分大丈夫だろうかと自問した。手元から本を数冊取り出す。暇つぶしに持ってきたものだ。
視線をそらすと扉の隣に大きな本棚が一つ、おいてあった。これが唯一の救いといえば救いか。
「ま、がんばりましょ、お互いに」
後ろをみずに伝えると、相手はこちらをみていたのか間を置かずに、
「うんっ」
と、かん高い元気な返事が返ってくる。それが逆にシーナの心を沈ませた。
はたしてうまくやっていけるのだろうか。