フライトから帰ってきた時、格納庫の前でバーベキューが行われていた。司令官が企画したものらしいが、二人が戻った時には司令官以外の基地の人間が集まって軽く祭り状態だった。
「よお、お二人さん。今日も仲良く空のデートか?」
そういってきたのは基地で唯一爆撃機専門のパイロット、ジャックだった。彼に半眼を向けながらアビーは持っていたヘルメットをぶらつかせた。
「なにいってんだ。つかヒトが任務ついてる内によくバーベキューやってんな」
「いいじゃねーの。たまにはこういうのもさ。ほら、シーナも食えよ」
「だから私はベジタリアン週間なんだってば」
「アビーに薦められたのは食うのに俺の肉はくえんのかー!」
「おい、やめろってジャック。俺が代わりに死ぬ程食ってやるから」
「なんだ! 彼女をかばうのか! この浮気者!」
「......誰に?」
酔ったジャックの科白にかちんときたシーナは横のアビーに半眼をむける。
軽く息をつくとアビーは手を振り、
「にらむなよ。つーか冗談でもやめろそういうの」
シーナの視線を払いながら息をついた。それから鉄板の上で音をたてているスペアリブを眺めながら、
「俺は食っていくけど......。シーナも酒ぐらい飲んだら?」
「私はいい。部屋にいってる」
ジャックは仲間の元に走って戻っていく。その背中を見ながらアビーは笑みを浮かべ、息をついた。
「後でいくよ」
「待ってる」
++++
時間に飛び立ったのは二つとも黒い装甲をまとったステルス戦闘機だった。爆撃対象の周辺にレーダーが設置されているからそれらを警戒してとのことだというが、こういった高性能な機体が辺境の基地に配備されていることも意外だった。
そして、相棒にも。
無線にカテリーナの明るい声が響く。この状況で明るくいられるのか不思議な程に能天気な声だった。
『がんばろうね!』
「はいはい」
適当に返事をしながら疑問に思う。自分は誰かを助ける力があるとでも思ったのだろうか。サーシャは何故この作戦にこの娘を同伴させようと思ったのだろうか。問いつめようとも考えたが任務の内容を聞いているだけでブリーフィングの時間は終わった。今回の標的がエリアの一部ということ、前線のレーダーや攻撃物は彼女が爆撃し、標的はシーナが狙うこと等伝えなければならないことだ。
ただ、どうして相棒が彼女なのかということは言われなかった。恐らくこういうことについて尋ねるのは御法度なのかもしれないが、任務完了後に人選について尋ねてよいかもしれないと思う。もしかしたら自分が知らないだけでカテリーナは優秀なのかもしれないのだから。
彼女の機体はシーナの乗っている戦闘機の左下についた。編隊ーーといっても自分と彼女しかいないがーーのマニュアル通りの動きだった。ひょっとしたら基本的なことしか頭に無いのかもしれない。
「体調はどう?」
『全然元気! 昨日ぐっすり寝たからねー。ラプターは?』
タックネームで呼び合う程度の常識は持っているらしい。そのことに安心する。
「私も大丈夫。お互い幸運を祈りましょ。なにか見える?」
『特に異常ないー』
「はいはい。了解」
自分たちはシューティングゲームの世界にいるわけではないのだ。そのことを叩き込んでやろうかとも思ったが、彼女は大佐の娘だということを思い出して口をつぐむ。もしかしたらほかの隊員たちは気づいていても注意してやれないのかもしれなかった。異動していきなり角がたつのも困る。
しばらく二機で目標のエリアに向けて飛行したが、基地から作戦に関する通信が入ることはなかった。ただひたすら緑と土色が入り交じる平原が広がっていて、遥か前方に岩石がくっついて組み立てられたような山々がそびえ立っている。
エンジンの音に耳を傾ける。
空の間を翔けていくこの時間がシーナは好きだった。元々はパイロット志望の人間ではなかったが、なんどもフライトを重ねるうちに身体が望む様になっていった。エンジンの音、世界を上から見つめる感覚、自由に風を切れる躍動感。麻薬でトリップしたような感覚。
自分の身体が機体と一つになる。眼前に迫る標的。
やってやる。
『あたしいくね。目標を補足。攻撃を開始します』
「了解」
するとそれまでなにもなかった中央の基地から通信がきた。
『了解。油断しないこと』
それならどうして自分の娘を派遣するのだろうか、と心の中で相手につぶやく。
とりあえず無線の向こう側から聞こえてきたサーシャの声は冷静だった。その采配は異動したばかりの土地勘のないパイロットと、新人パイロット。二人合わせて一人前だが問題ないのだろうか。
だがここは文句を考えている場合ではなかった。作戦通り動くのが自分のつとめである。
シーナは操縦桿を握った。こちらの機体の傍を離れてカテリーナの機体が急降下する。彼女の機体からミサイルが二発放たれ、遥か前方にあった二つのレーダー基地を破壊した。
『命中っ!』
喜んだ声が聞こえてくる。その声を聞く度にこちらが憂鬱になっていることなど気づかないのだろうが。
スロットル・アップ。
シーナは機体を加速させ、カテリーナ機のやや後方につけた。二人が同時にエリアに侵入する。
「侵入成功。これから目標に向かって飛行する」
『ラプター、前方気をつけて。対空砲が』
科白の割にまったく緊張感のない声でカテリーナが伝えてくる。
『対空エリアのレーダーを破壊していくから、後方をお願いっ』
「はいはい」
なんで指示されなければならないのだろう。少し憤りを感じながら手元で機関砲のレバーをあげる。ピッチアップ。対空砲をよけるためバレルロールして方向を変えながら再び速度をあげた。
カテリーナの機体は速度を変えないまま標的を定め、ミサイルロックと共に順調にレーダーを破壊していった。破壊する予定のレーダーは十基で、すでに彼女は六基目に狙いを定めている。
それらを破壊すれば、このエリアも空軍が手に入れたことになるわけだ。そして最後の後始末としてその真ん中にある敵基地をシーナが破壊する。
対空砲を二つ空対地ミサイルで破壊したとき、シーナの機体に無線がはいった。
『後方から追尾ミサイル! 気をつけて! ていうか助けて!』
「無茶しないで。あんた他人の心配より自分の心配しなさいよ」
ついに苛立ちを口に出してしまう。小さく舌打ちしてからカテリーナの機体の方向を確認する。インメルマンターンで高度を稼ぎつつ方向を変えると、そちらに一気に加速した。
そちらを見やると、二発の追尾ミサイルに追われたカテリーナ機がいた。シーナは彼女の頭上からせまるように接近し、機銃のロックを外した。
そして、撃つ。
翼を破壊された二機のミサイルが空中でバランスを崩し、地上に落ちて爆発した。後部にあるエンジン部分を破壊されればミサイルを追撃するのは簡単だ。
『ありがとう!』
「もういいわ。あんたそのまま狙って。私このまま相手の基地狙うから」
厳しい声音でそういうと、シーナは操縦桿をきった。どちらにしろあれだけのミサイルに狙われた以上相手にはすでにばれているのだろう。未確認飛行物体とだけではなく、敵意のある飛行物体とまでは認識されているに違いない。
もっとも、こっちはあんたたちの通信なんて受け取れないんだけどね。
そう呟いてシーナは標的の座標に向けて狙いを定めた。カテリーナが破壊したレーダーが扇状に囲むその支点になる位置にある基地。
その平原の中心にある小さな滑走路代わりの出口があることも分かっている。それを見定めるとミサイルを装填させた。
「ターゲットを補足。ブラストを貫通させるわ」
『がんばってー』
気の抜ける声にも馴れてきた。それに対してなにも返さず標的を注視する。
注意深く狙いを定める。
と。
遥か前方のそのあなから黒点が五つ、飛び立つのが見える。
こちらのレーダーに映るそれは、五機の戦闘機集団。
「プテラ。敵戦闘機発見」
『え』
「爆撃したら離脱するわ。レーダーはいくつ?」
『あと一基。帰り際にしていくよー』
ドッグファイトの経験もないだろうに、相手はマイペースだ。この状況を分かっているのだろうかと勘ぐりたくなる。
苛立ち。
「良いから早く逃げて! 基地に戻りなさい!」
シーナはそういうとブラストミサイルを放つ。二発放たれたそれは飛び立とうとしていた六機目を爆破し、続けて入り口から中に消えていった。
続けて舵を切ってエレベータアップ。ターンしながら加速し、その場所から一気に離脱する。
カテリーナの機体がレーダーを爆破してエリアを脱出するのが見える。はるか前方だ。
それに続くようにシーナが山岳地帯を超えた時、手元のレーダーに敵の戦闘機集団が映る。
「きたわね」
『どうするぅ? 戦うの?』
「私の独断じゃ決められないわ。大佐に連絡して」
シーナはそういうと通信機のスイッチをいれた。しばらくしてからサーシャがでた。
『現状は?』
「敵戦闘機五機に追われてます。標的は破壊しました」
『残党ってこと?』
「はい」
『性能ではあなたたちのほうが速いはずだわ。全速力で逃げなさい。こちらの基地のエリア内にくればサポートの機を飛ばすから』
「このまま最短経路で戻った場合、町と基地の間が戦闘区域になり、一般人に犠牲がでます」
『現場の意見は?』
「プテラを遠回りするルートで帰還させます。私が町への直行ルートで速度を落として飛行し、彼らを迎撃してから帰還します」
少なくても娘を犠牲にはできないだろう、と思う。
『ちょっとぉ! なに勝手なこといってんの!』
そちらとの通信もはいっていたのかカテリーナの抗議の声が飛んでくる。だがシーナはそれを無視した。速度を落としながらそちらを見る。
「彼女よりドッグファイトの経験は私が」
『わかったわ。サポート機はスタンバイさせておくから距離が縮んだら連絡すること』
「了解です」
そこでサーシャとの通信を切り、口元に笑みを浮かべた。なにが楽しいのか自分でもわからない。
戦えるから楽しいのか、飛べるから楽しいのか。
一人で戦えるスリルは如何ともし難かった。そして、殺す喜び。
「と、いうわけでおこちゃまは帰っておやすみなさい」
カテリーナに言葉をぶつけると不満げな彼女の声が返ってくる。
『あとで文句いいにいくよ?』
「ご飯食べる時にいくらでも聞くからさっさといきなさい」
その科白が終わるか終わらないかのうちにカテリーナの機体からの通信は切られた。彼女は最高速度で平原の彼方に消えていった。シーナは基地の方向に機体を飛ばしながら、機首をあげて高度をあげる。
空は雲が見えない。暗闇に飲まれ始めた空がひたすらに広がっている。雲隠れは使えない。であればここでシーナにできるのはひたすら技術で相手を制することだ。
後ろに五機。
相手がすこし近づいたのを見計らって機体をわずかにロールさせた。そのままスライスバック。一番間近にきていた敵の一機が放った弾丸が掠めていく。
ピッチアップのあとそのまま垂直上昇、ストールターン。こちらの動きに驚いたのか、高速の中相手がこちらを驚きの表情で見上げるのがわかった。眼前に迫ったその一機の翼目掛けて機関砲を放つ。
相手の黒い翼が吹き飛んだのを見届け、さらに前方の四機をロックオン。続けてミサイルを二発発射し間髪いれずにリヒートを点火。一気に残り二機に接近した。
この暗闇で炎を吐き出して自分たちにむかって進んでくる三つの光。
生半可な訓練だけのパイロットには捉えられないことをシーナは知っている。
敵一機の眼前まで近づくと機銃のロックを外す。そして至近距離から発射。
片方の翼が吹き飛ぶのが見える。
そこで斜め上に向けて舵を切ると再びリヒート。
衝撃波が風を切るのを身体で感じた。衝撃に歯を食いしばりながらシーナは操縦桿を思い切り今度は縦に切った。
一八〇度ロール。そして高度を下げながら方向転換。スプリットS。垂直上昇しながら再びターンする。
斜め下からもう一機に狙いを定めると再び機銃を放った。
弾痕が穿たれ、その機体は空中で爆発する。
破片を避けるために再び加速
スロットルを押上げ、その場から離れた。
後ろを一瞬だけ振り返ると、煙をあげて落ちていく機体が二機みえた。
ミサイルは命中していた。
一人で五機。敵の機体との性能差もあるだろうが、まあ上々と言ったところだ。
通信機器のスイッチをいれる。
「敵機撃墜しました。これより帰還します」
後方で黒煙があがっていた。あそこで五人の命が無くなったのだ。
だがシーナがそれを意識することはない。自分もあの中で死んでいたかもしれないから。
生きることを意識することができる。それはパイロットを続ける意味でもあった。簡単にはここからおりれないのだから。
スロットルハイ。
一気に離脱する、
音楽があれば大音量でかけたいところだ。