Episode 6 : Down to Mindfield..



「素直じゃないのはどっちだよ」
 ジャックは機体に乗り込むアビーを見上げながら、ため息をついた。
「お前、生きて帰る自信あるのか?」
「いんや、全然」
「それ、あいつ知ったら絶対怒るぜ」
「いや、泣くね。大泣きする。あいつは俺のために泣いてくれるに違いないのさ」
「自意識過剰」
「うるせえ」
 アビーはそういうとゴーグルを手に取った。それをかけながら下を見下ろし、
「それじゃジャック。さよならだ。俺が戻らなかったら......シーナをよろしく頼む」
「了解。待ってるから必ず帰れよ」

 ドアがしまる音があたりに響く。

 それを見上げながら、ジャックは目元を指で抑えた。

 ++++


「シーナ」
 自分の部屋に戻る途中、名前を呼ばれる。振り返るとそこにはジャックが立っていた。
「こっちきてしばらくたつけど、話してなかったね」
「別に、話さなくても」
「そういうなよ。アビーのこと、聞いたか?」
「聞いた。でも思い出すと吐きそうになる」
「なんで?」
「マイナス思考だから」
 そういうとシーナは頭を振った。視線を足下に落としながらかすみそうになる視界をごまかす。
「色んな物が、今は怖いの。だからそれは言わないでほしい」
「でも、ずっとこのまま黙ってて、一年後ぐらいに実は、とかいうことを言ったらお前どうする?」
「そうだね......そのときはあんたを殴ったかな」
「俺は殴られたくないんだ。だから伝えた。お前と同室のあの子......あの子は事情をしらねえんだろ?」
「......」
「お前、妊娠してんだろ。今日のフライトは俺が代わるから。大佐に今すぐホントの事いってこいよ」
「私は大丈夫」
 その科白にジャックがすこし苛立ちを表情に出した。
「大丈夫じゃねえよ。お前、自分のミスで人が死んでんの、わかってんのかよ?」
「......」
「俺たちじゃ一秒が命取りになるなんて、分かりきってるだろ」
「うるさい!」
 ジャックに向かって思わず怒鳴りつける。彼は黙り込んだだけで、決して後に引こうとはしなかった。彼の視線を受け止めながら、気持ちが沈んでいくのを感じた。自分が嫌になる。
 彼にきびすを返して廊下を歩いた。それから後ろに立っている彼に向かって声を絞り出す。
「今日帰ってくるまでまって」
 小さく息をすする。どうしようもなかった。
 後ろで彼が小さく呟くのが聞こえた。
「馬鹿だな」
 
 滑走路から三機が飛び立つ。時刻は午前六時。太陽はまだ低い。
 空は青白く、これから昼にかけて明るくなっていくのだろう。
 ジャケットの中にいれたビニル袋を握りながら目を細める。戦闘に入れば一瞬の隙が命取りになる。機関銃を絞るその瞬間から速度をあげるところまで、全ての判断が自分の生死を分ける。チームを組むとなればそれは味方の命も左右する。
 本当は、自分はここにいてはいけないのだ。
 だが、ここを抜ければシーナは自分の居場所はなかった。
 どこかに行ってもやっていける自信がなかった。頭に思い浮かんだ女性の顔は、自分は飛びたいから飛び続けると言い放っていた。だが自分は違う。自分の居場所は地表には無い。
 空だ。
 だが、怖かった。
 胸元をぎゅっと握りしめると、シーナは大きく深呼吸した。まだいける。大丈夫。
『ラプター、問題ないか?』
 ホールの声が響く。目を閉じてそれを噛み締めながらシーナは返した。
「大丈夫。問題ないわ」
『今日は助けてやれない。無理そうなら今すぐ引き返せ』
「大丈夫だってば」
 それだけを返す。もうなにもしゃべりたくなかった。
 その後通信が入ることはなかった。ただ、目的地まで三機はあらかじめ命令されたフォーメーションを組みながら飛んでいく。
 白い雲を突き抜け、やがて標的が見えるところまでやってきた。
 敵戦闘機が四機、接近してくる。
 やってやる。
 三機一斉に解散。敵の内の一機がこちらに向けてミサイルをロックオンしてくる。それに対してシーナはミサイルをロックさせると放った。敵とこちらの間で爆発が起きる。
『ランフォは下から標的を狙え。俺とラプターが正面から切って入る』
『了解』
 小さく息をつく。そして目の前からやってくる敵を睨みつけ、シーナも返した。
「了解」
『戦闘開始』
 レオナルド機が高度を下げる。ロールしながら下に降りていく彼は敵機の下をくぐって降りていく。
 スロットルアップ。速度を上げたシーナとホールの機体が敵機と交差した。
 さあいくよ。
 次の瞬間ターン。敵も高度をあげてきたので一瞬相手が飛んでいくように感じる。そのまま機銃のスイッチをあげて後ろにつける。もう一機を追うホールの機体が視界を横切るのが見えた。
 その後ろを追う敵機がもう一機。シーナはその一機に狙いを定めるとミサイルを発射した。熱を追う追尾ミサイルだ。逃げられない。
 続けてこちらの後ろにつけていた敵をかわすためにさらにターン。そのままスロットルを引いて速度を下げ、操縦桿を引く。相手をやり過ごす。
 シーナの得意技だ。これが決まる度に歓声をあげたくなる。続けて放たれた機関砲で相手の翼を破壊する。黒煙をあげて敵の機体が爆発する。
 カテリーナが落ちていった時とは違う高揚感がわき上がる。それが可笑しかった。あのときは悲しみなのか焦燥なのかよくわからない感情が自分を襲っていたのに、今はただ踊るような、笑顔さえ浮かべていられるような状態にあることが不思議でしかたない。
 こちらの葛藤を無視するかのように、レオナルドの通信が入ってきた。どうやら交戦の状態を見ていたらしい。
『ラプター、お見事』
 どうせ手元の機器でしかみてないだろうに、思わず笑ってしまう。続けてレオナルドの機体が向かった先で大きく爆発が起こった。どうやら爆撃に成功したようで、標的の一部が消え去るのがこちらのレーダーに映った。
「どってことないわ。そっちもがんばりなさいな」
 無視するのも大人気ないのでひとまず返しておいてやる。眼前ではホールが二機目をたたき落としたところだった。彼がその機体から高速で離れていくのをみて、シーナもそのあとに続いた。
『ラプター、ランフォの後方支援を』
「了解」
 手元のスロットルを握りしめる。そこに着いたミサイルのスイッチを押し上げた。
「ブラストで吹き飛ばしてやる」
 シーナはそういうと一番大きな建物に向かって飛行した。そして狙いをビルの一階部分に向けると、スピードに乗せて一気にそれを放った。
 大きな正面玄関から押し入るとその建物の中で爆発を起こした。シーナの機体が右にバレルロールしながら飛んでいく。その頃には後方でその建物が崩れていくのが分かった。
『離脱するぞ』
 ホールの指示が下ったので、二機は彼の機体の後に従った。
 その後、しばらく三機は通信もしなかった。ずっと無言で飛んでいた。吐き気もしなかった。ただ、日が上り始めていて太陽の位置があがっているのがわかった。
 地面が後ろに流れていく。雲も、空も。基地につながる大きな道が見えてきた時、唐突な爆発が起こった。
 後ろで。
「何?」
 気づけば、横にいた筈のレオナルドとホールの機体が消えていた。
 消えたのではない。
 速度を緩めたのだ。
 自分に伝えずに、速度を緩めたのだ。
 と、通信がはいった。
『さよならだ。レオナルド』
「え?」
 シーナは耳を疑った。ホールの声だった。
 そのいつもの低い冷静な声のあと、炎をあげながらレオナルドの機体がまっすぐに落ちていくのが左側から見えた。
「嘘」
『嘘じゃない。よく見ろ。追いかけなくていいのか?』
 ホール。
 彼が撃ったのだ。
「なにやってんのよ......」
『レオナルドを撃っただけだ』
 対して悪びれることなくそういうと彼の機体はスポイラを展開。そのまま急降下していく。
 レオナルドの機体に向かって。
 とどめをさすつもりなのだ。
 続けて通信がはいってくる。
『どうしたラプター。俺をとめなくていいのか? レオナルドを殺すぞ』
「......なにやってんのよ!」
『事情なんてどうでもいい。俺は俺の為にお前らを殺す。それだけだ』
 その淡々とした物言いに背筋が凍る。だが、このまま終わらせるわけには行かなかった。
 相手はレオナルドを追うためにこちらに後ろを向けている。このまま追えばシーナに利があるのは間違いない。
「ナメてんじゃないわよ!」
 百八十度のロールのあと一気に下降。相手を追いつめる。レオナルドの機体が落ちていくが、それを助けられるわけでもない。
「中央プライム! エバンテが裏切ったわ! ランフォが撃墜されたから助けてあげて!」
『了解したわ。今すぐ向かわせる。位置を教えて』
 そしてこちらのサーシャの淡々とした答えが帰ってくる。彼女は数日前に娘を失ったのにも関わらずきちんと応対している。任務中に感情をまるでださない。それができることがどこかうらやましかった。
 大声で位置を伝える。相手からの了承をえたあとシーナはホールの機体を追った。後ろに着くや機銃を放つ。だが続けてホールの機体からばらまかれたかく乱フレアによって狙いを外してしまう。
 ホールが大きくターン。そのまま機首をあげると大きく上昇した。インメルマンターン。それを追うようにシーナもスロットルを切るが相手の機体に追いつけない。相手の技術がシーナを上回っている。
『おとなしくすればアビーの所に行かせてやる』
「アビー?」
 相手から伝えられた意外な名前に思わず反応する。
『ああ、俺が殺った』
 大きく心臓が波打つのが分かった。それはそのまま背筋を上って脳内に響き渡る。
「......」
 その瞬間何も言えなくなった。
 あからさまに信じる自分もどうかと思う。だが。
 操縦桿を握る手が震える。グローブの中で汗が滲んだ。
 なんだって? どういうこと?
 落ち着かなきゃ。
 シーナの胸の奥から吐き気がこみ上げる。口の中が酸っぱい。
 どうしよう。嫌だ。吐きたい。
『油断するなといったと思うが』
 次の瞬間、シーナの機体の後ろにホールが着いていた。機銃が放たれる。
 殆ど放心状態に近かったシーナはそれを避けるすべもない。
 操縦桿を押し倒してプッシュオーバー。だが、それもホール相手には無意味な動作でしかなかった。
 弾丸が右翼を吹き飛ばす。バランスを崩した機体が大きく右に傾いたところで続いて放たれた弾丸が左翼を弾き飛ばした。
『せいぜい生き残れ』
 強く奥歯を噛み締める。目元が歪む。
「殺してやる」
 涙が滲む。大きく揺られる機体の中で小さく呟く。それが届いたのか、ホールは返してきた。
『また空で。楽しみにしている』
 それきり、通信は切られた。シーナの機体は両翼がない。もう浮き上がれないだろう。
 黒煙をあげながら下に落ちていく。くるくると回転しながら、それはゆりかごのように身体を揺らした。

 アビー。

 このまま彼の所にいけるとしたら、それは幸せかな。
 もし、彼が本当に死んでいるんだったら。
 でも。

 今、自分の中には。

 そうだ。

 まだ、私は死んじゃいけないんだった。

 まだ。私は。

 視界がかすむ。頭痛が酷くなる。
 口の中が酸っぱくなっていく。吐いたのかもしれない。でも今となっては関係なかった。

 ただ、謝りたくなった。
 思いつく片っ端のひとへ、ごめんなさい。と。

 最後サーシャの声が響く。なにを言われているのかはわからない。

 そのままシーナは意識を失った。



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