Episode 7 : Heart of a Star



 目をさますと、白い天井が視界にあった。
「よう、目覚めたか」
 ジャックだった。
 相変わらずの軽口で声をかけられる。彼はそのまま続けてきた。
「大変だったんだぜ。お前を運ぶの。俺だって軍用機以外の飛行機運転すんの初めてでさ」
「......ここ、どこ?」
「市内の病院。あ、まあ、大佐も来てるよ。今ちょっと医者とお話しているみたいだ。すぐくるっていってた」
「そう......」
 助かっちゃったんだ。といいかけてやめた。
 殆ど同じ高度から落下したにも関わらず死んだ人間がいるのに、自分は生きている。
 世の中は不条理に満ちている。
「あまり痛くないけれど......」
「重傷じゃねえよ。まあ重傷っちゃ重傷かな。打撲がいくつかと、頭を縫った。緊急脱出の装置がなけりゃいまごろ黒こげだぜ。いい撃たれ方したな。翼だけなんて」
「......」
 彼の科白を聞いて黙り込む。いい撃たれ方。確かに翼だけを破壊すれば相手を落として緊急脱出させることはできることはできる。だけど......
「ムカつく」
「なんで?」
「生かされてる。てこと。あそこであいつが、コクピットを狙っていたら私は死んでたのに」
 シーナはそこまで言うと、身体をあげた。腰が思い切り痛みを訴えてきたので喉を鳴らして再びベッドに倒れ込んだ。
「辛い」
「そりゃそうだろ。しばらく寝てな。俺はロビーにいるよ」
 ちいさく息を吐く。そのまま天井を見つめて痛む頭を抑えた。
 幸い外から見える箇所では無いようだが、それでも痛みは辛かった。
 生かされている。
「畜生......」
 思わず呟く。と。
「悔しい?」
 いつのまにか部屋の入り口にサーシャが立っていた。首を僅かに動かしてそちらを見やる。
「大佐は......」
 彼女がこちらにやってくる。そちらに顔を向けながら尋ねる。
「悲しくないんですか?」
 失礼にあたるのではないかと一瞬思ったが、サーシャは特に不快そうな素振りを見せることなく首を傾げてきた。
「どうして?」
「カテリーナのこと......レオナルドも、私は」
「いいの。大丈夫よ」
 こちらの科白を遮ってくると、彼女はベッドから出ているこちらの手を握ってきた。
「あのね、シーナ。悲しくないんじゃなくて、悲しみ方を変えただけ。私はいつもこうしてきたわ。好きな人や、大切な人や、大事な部下がいなくなる度に」
 こちらの目をまっすぐ見つめながらサーシャは言ってきた。隣に置いてあった椅子に腰掛けると、問いかけてくる。
「でも、貴方はもう大切なものを授かってるの。わかるでしょ。それを見失わないで」
「......クビ、ということですか?」
「そんなことしないわよ。次回の任務が終了したら、休暇に入ってもらうだけ。そのあとまたたくさん飛んでもらうことになるから。多分、今以上に」
「本当に? 本当ですか?」
 二度尋ねる。サーシャは穏やかに微笑むと、
「私が、同じ経験をしたから。そのとき私も若くてすてばちだったし。入ったばっかりの新入りが妊娠したなんて、普通は。でも、その時の上司がね、子供を産んで安定したら、またきなさいって。それまで待ってるからっていってくれたの」
 すると彼女は視線をそらし、包帯が巻かれているこちらの傷をみた。
「痛くない?」
「少しだけ......でも少し休んだら動けます」
 手をあげながら答える。それをサーシャは握ってくる。
「じゃあ、五日後にいれておくわ。状況次第では先伸ばしになるかもしれないから、連絡を待ってて」
「次は、どこですか?」
「オールドクロスフォード非公開基地。あそこにジャックと行ってもらうわ。まあ、無理そうだったらこのまま休んでもらうことも考えているから......それは様子を見て判断しましょ」
「はい」
 小さく返事をした。どうするわけでもない。ただ上を見た。
 サーシャの手の温かさがありがたかった。
「大丈夫。きっとうまくいくから」
 それに頷いた。
 思わず涙がこぼれた。
 どうすることもできないまま、ただ、ぽろぽろと。

 ここが空だったら、良かったのにと思った。




 ++++




 目の前で機体が運び出される。レッカーに引っ張られてでてくるそれを見ながら、シーナは背中を倉庫の壁に預けた。空は果てなく広がる青。これからフライトするには十分すぎる程。
 サーシャが近寄ってくると、心配そうに声をかけてきた。
「良いの?」
 短いその科白に色々な感情をにじんでいるのがわかる。わずかに胸が痛むのを感じながら、シーナはそちらを振り向いて軽く笑ってみせた。
「ありがとうございます。でも私は飛びます」
「そう。無理はしないでね。疲れたらいつでも戻ってらっしゃい」
 その科白に一瞬きょとんとするが、すぐに笑顔に戻る。
「......ここの基地がなんでこんなに家族らしいのか、わかった気がします」
「そう?」
「ええ。大佐の空気が、みんなに浸透してるんですよね」
「わたしの空気?」
 口の端をわずかに上に向けながら彼女が髪をかきあげる仕草をしてくる。それを眺めながら小さく息をついた。
「最初はなんかなあ、って思いましたけど、今はそれが暖かいし、こうして離れるのがすごく寂しいです」
「単発任務の派遣ってだけで別に異動じゃないから、寂しがる必要はないわよ。身体が大丈夫になったら、またここにこれるわ」
 嬉しさをかみ殺すような、はにかんだ表情でサーシャが言ってくる。彼女は小さく息をついて、
「とりあえず本当に無理はしないこと。死んだら元も子もないんだから。いいわね?」
「了解しました」
 手をあげて軽く敬礼をする。それに対して満足げに頷いてくると、彼女はこちらの後ろに向けて手を挙げて見せた。
 思わず頭の上に疑問符を浮かべながらその顔を見ると、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「約束してくれたからご褒美」
 と言ってきた。後ろを振り返ると、突然誰かが抱きついてきた。
「シーナっ。会いたかった!」
「え......」
 思わずバランスを崩し、後ろに倒れそうになる。が、なんとかとどまった。
「レオナルド? 生きてたの?」
「死んだと思った?」
 こちらの疑問に明るく答えてくる彼の髪を見たあと、隣のサーシャの方をみやる。彼女は必死に笑いを堪えているようだった。
「あなたのおかげで、脱出できたらしいわ」
「命の恩人だ。お礼いったかったんだ」
「どうでもいいけど抱きつかないでよ。離れて」
 喜んでいいのかわからない。喜ぶべきなのだろうがどう表現していいのかわからない状況に、彼を押しのけるのが精一杯だった。特に抵抗することなく数歩後ずさり、改めて彼の顔をみるといくつか絆創膏、首もとに包帯が巻いてある。傷は負っているようだが動きを見る限り重傷ではないように感じる。
 彼をしばらく見た後、シーナは右の拳で彼の頭を軽くこづいた。後ろによろめきながらレオナルドが批判の目を向けてくる。
「なんだよ!」
「いや、なんとなく」
 手元の時計を見る。出発の時間だ。
「それじゃ、大佐、私行きます。また、戻ってきたらよろしくお願いします」
「ええ」
 サーシャが頷いてくる。足下の荷物を担ぐと、シーナは隣で立っているレオナルドを見た。
「レオナルド」
「うん?」
「おいしいところ、探しといて」
 その科白に一瞬彼の動きがとまる。
「まかせといて!」
「あんた怪我人でしょうが。元気すぎ」
 サーシャがボソリと呟く。そのひとことがあまりにタイミングが良かったので思わず吹き出してしまった。
 こちらをよそに彼女はレオナルドにむかって続ける。
「しばらく外出禁止よ」
「わかってますって」
 むくれる彼の横顔に向かって言ってやる。
「新しく女の子がきても手ださないようにね」
「ださねーよ!」
 焦ったように彼がいってくる。その反応がどこか子供のようで面白かった。
 二人に軽く敬礼すると、シーナは荷物を自分の機体に詰め込んだ。隣にいた整備士が指を立てるのに頷いてみせてから、備え付けの足場をあがって戦闘機の中に身体を入れた。
 どこか、懐かしい匂いがした。
 卒業した場所に再び戻ってきたような。
 フラットブラックの外装を傷つけない様に手で撫でる。
 戦いの匂いなのかもしれない。と思う。
 ふと、二人の方を見ると、サーシャは腕組みして、レオナルドはどこか惚けた表情でこちらを見上げていた。どこか物悲しいような、寂しいような感情が入り混じった視線。
 シーナはそれに向かって笑ってみせた。
「大丈夫だよ。いってきます」
 彼らには聞こえないだろうが、そう言ってみせた。そして再び手を額にあてて軽く敬礼してみせ、彼らの返事も待たないうちに席に座り込んだ。
 ベルトを締めてマスクを口に当てる。
 大きく息を吸い、キャノピィをを閉じた。
 あたりにその音が大きく響く。
 スロットルを押し上げる。
 飛ぶんだ。
 エンジンがうなりをあげる。




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