「アビーずるいよな。自分だけ栄転かよ」
「そういうな。上に行かないほうが幸せなこともあるぜ」
すねた顔をしてくるジャックに向けてそういうと手元の装備を点検し、アビーは腰をあげた。その姿をみつめながらシーナは唇を噛んだ。
「感情は、顔にださないっていってたじゃないか」
アビーはそういうとシーナの頭を撫でた。涙がこぼれる。
「お別れってわけじゃないんだから、落ち込むなよ」
「あんたの前では、嘘がつけない」
「それも才能のうちさ。よしよし」
子供にしてやるようにアビーはこちらの頭を撫でてくる。
その手を押しのけながらシーナは彼を睨みつけた。
「やめろ馬鹿野郎。私もう大人」
「わかってるって」
++++
ベッドに仰向けに横になり、上のベッドを見つめる。
いつもならそこで彼女が本を読んでいるだろうが、今は誰もいない。
小さく息を吐いて、自分の懐に入ったビニル袋を一つ手に取る。なにが入った訳ではないそれを眺めながら、小さく唇を噛む。
彼女は自分を助けようとしてくれた。それも、二度も。
なのに関わらず、自分は彼女を助けることもできないどころか。
考えるととまらない。思わず歯噛みした。
と、扉が唐突にノックされる。
「シーナ、起きてる?」
「どうぞ」
レオナルドだった。いつもの彼とは違い、どこか暗い目をしている。
「どうしたの?」
身体を起こしてベッドの端に腰掛け、彼の方を見やる。
「カテリーナ、殉職したって」
「......」
「病院でさ。さっきまで息があったらしいけど......いまは大佐が付き添ってる」
「ごめんなさい」
気づけば涙がぽろぽろとこぼれていた。それを隠すように両手で顔を覆いながらうつむく。
「私は......」
「戦争はチームプレーだから仕方ないよ。それより君はどうしたの?」
「......」
黙り込む。すでに三ヶ月目に入っていることを考えれば何かを言えることでもないだろう。わずかに口の端を歪ませながら、レオナルドが言ってくる。
「飛行機酔いするパイロットだったなんて、そんなことないよね?」
「あたりまえでしょ」
「じゃあ病院にいってきなよ。あきらかに体調悪いもん。顔色も」
「もういいわ。いってくる。それでいいんでしょ」
彼の科白を遮るとシーナは財布を掴んでポケットに突っ込んだ。ドアの前に立っている彼を押しのけると、そのまま廊下にでる。歩くのもふらついて仕方が無い。
「車だそうか?」
「一人で良いわ」
彼のほうを向かずにそう答えるとシーナは格納庫の車を借り、最寄りの町の病院へむかった。サーシャとカテリーナがいるところがどこなのかはよくわからなかったが、この近辺ではここしかシーナは知らない。
診察をうけ、言われた通りの手続きを済ませて結果を待った。
それまで予感はしていたが、悪い予感に限って的中するものらしい。
病院で医師からの報告を聞いた時は思わず手首を切ってやろうかと考えたが、なんとか思いとどまり外にでる。
病院の入り口周辺をしばらくうろうろした後、車に戻って携帯のスイッチをいれた。
数回のコール音の後相手が電話にでる。
『もしもし』
「レオナルド? シーナだけど」
『ああ、どうだった?』
「できてた」
『そう』
それきり、彼は黙り込んだ。シーナも言うべき言葉を思いつかなかったのでそのまま口をつぐむ。
空を見ると、月が丁度あがってきているところだった。光を放っている星を眺めながら小さく息をついた。
『大佐にいおうか? 辛ければ俺から伝えるけど』
「わたしからいいたい」
『わかったよ。でもカテリーナみたいなのはもう勘弁だぜ』
「うん」
そういって電話を切る。
夜空を眺める。
これが飛行機だったら、乗ったままどこかに行方不明になりたいと思った。
燃料がきれるまで、無線が切れるまで。
どこまでも、どこまでも飛んでいければいいのに。
基地に戻ると、格納庫の入り口でレオナルドが待っていた。
「体調は?」
「それなり」
短く答えて車から降りる。彼が手を差し伸ばしてきたので頼らせてもらう。
歩きながら、レオナルドが伝えてくる。
「大佐が呼んでたよ」
「なにか言った?」
「別に」
いつもならこちらがいう言葉だろうに、とふと思いながら地面に視線を落とす。
「ただ呼んでたから、いってきなって言いたかっただけ」
「わたしクビになるのかな」
「それはないよ」
静かな声でそういうとレオナルドはこちらから離れ、格納庫の入り口を出て行った。煙草が吸いたかったらしくそこで彼は一本取り出すと口にくわえて火をつけ、煙を吐き出した。
悲しみを顔に出さないのは皆同じだろうか。
彼と別れるとシーナは事務所ビルの階段を上った。いつもは軽々と上れるそれもなぜか今日は重たくて仕方なかった。なにを言い渡されるのやら。
扉をノックする。
「クリステンセンです。大佐」
敬礼をし、部屋に入る。書類の数がいつもより増えていることと机上に重なっている書籍の種類が変わっていることをのぞけば、特にいつもと変わりはない。
サーシャがこちらを見上げてくる。その顔に娘を失ったことへの悲しみの感情は浮かんでなかった。ただ、状況を把握しようとする指揮官の顔があった。
「シーナ、お疲れ様。座って」
「はい」
目の前の椅子を進められたのでそこに腰掛けると、シーナはサーシャをじっと見つめた。
「なんでしょう」
「体調は、どう?」
「大丈夫です。先程病院にいってきましたが、私自身は特に問題ありませんでした」
"私自身"というところを強く言った。間違ったことは言っていない。
それに気づいたかどうかは分からないが、サーシャはにこりと笑ってみせた。
「機体の中で吐いたと聞いたから心配してたの。その時目眩とかは?」
「特には。一時頭痛が酷かったですが治まりました」
「そう。わかった」
そう頷くと彼女は手元の書類に軽くペンを走らせる。なにを書いているのか気になったが、彼女の前に置いてある時計と置物のせいでよく見えなかった。
「明日フライトがあるのだけれど、いけそう?」
「ええ。いつでも」
「ホール、レオナルドと飛んでもらうわ。三人で例のステルス部隊を送ってきた基地を殲滅させる。あれも別な内通者の部隊だったみたい。味方だったから近辺の基地も無難との認識だったのね」
「......味方ですか......」
「裏切り者はいつの時代だっているものよ。ここは異常だけどね」
サーシャはそういうと手元の書類をいくつか掴んでファイルにまとめた。
そういうことなのだ。エアプロは空軍につながりを持っている人物がいくつかいるらしく、基地ごと寝返る事例も多かった。そんな部隊が最も多い区域がここフランクフィールドなのだ。
ジンクスがあるのかはわからない。でもそれらを一掃するためにここがある。
シーナはようやくそれに気づいた。彼女の言葉の中にそれがあった。
「それを伝えたかったの。あと体調ね。どうしても無理なようなら代わりを入れるから、早めに言ってね」
「はい」
小さく頷く。
それから挨拶して部屋を出る。今のところ動悸もなく、なにかおかしいところはない。感情が荒いだけだ。あとは......
(たとえ悪くても、言う訳がない)
そう思った。伝えたら飛べるわけがないのだ。
自分は空にしか生きられないのだと、シーナは既に自覚していた。
それを否定するには飛ばなければならない。飛ぶとそれを自覚させられる。
無限ループ。
人生にターンはできない。それがもどかしい。
そんなことを考えながら頭を抑えた。
できる訳が無い。
絶対に。