「なあ、俺らなんでここにいるか知ってるか?」
アビーが唐突に尋ねてくる。シーナは顔をあげてその横顔を見た。
「え?」
「今日ってみんな待機してんだぜ。なのになんで俺ら昼間自由行動許可されてんのかなって気にならないか?」
「うちらだけじゃないの?」
「ふーん。まあ、他に誰がいるかはよくわかんねえけど、大きな異動あるぜ」
「うちらが?」
「......そうだな」
「そしたら、会えなくなる?」
「別な基地に移って今までと同じことやるだけだよ。でかい海挟むわけじゃないんだし、会おうと思えばいつだって会える」
「でも毎日は無理」
「どうだかな」
「寂しくない? みんなや、二人でしていた当たり前のことができなくなる」
「お前にしてはずいぶん女っぽいこというじゃないか。そういうことだよ」
「私は......そうね。少し辛いかな」
「少しか」
「うん。だっていつもアビーを見れなくなるもの」
その科白に彼はしばらくきょとんとした表情をしたあと、口の端をつり上げて笑ってみせた。
「別に......」
「パクられたわ」
「そうじゃない。俺はお前のことをいつも思ってる。お前は俺のことをいつも思ってる。だから寂しくないって意味さ。それに俺たちが何者なのか忘れたのか? その気になりゃいつだって会えるぜ。飛んでくるよ」
「そういわないで......なんだか自分がわがままを言っている子供みたいで嫌になる」
「似合わないなあ」
そういうと彼は後ろから自分を抱きしめてくれた。昼間の川辺。土手には他にもヒトがいたが、こちらを見られていないことを祈っていた。
どうしようもない。
++++
その数日後、ジャック・シュートが基地に着任した。
彼の機体が滑走路に降り立つのをシーナは自分の部屋の窓から眺めていた。持っていたパックにささったストローに口をつけながら外を眺める。
今日も憎いくらいの快晴だった。気温は二十五度前後でそれほど暑い訳でもなく寒い訳でもない。この辺りは天気が悪い日はあまりないとレオナルドが言っていた。雨風が強い日の出撃は悪い要素が多いので、晴れている気候が多い地域にいられることは良いことだと思う。
眼前ではジャックが機体を停止させ、ハッチを開けてコクピットから出たところだった。それは彼がシーナと飛び立った時に乗っていた戦闘機ではなく、黒いステルス爆撃機だ。恐らく補給に寄った基地で乗り換えたのだろうが、彼がなぜ乗り馴れた戦闘機ではなくわざわざ大型の爆撃機に乗り換えたのかわからなかった。
空になった果実ジュースのパックを握りつぶすと、部屋の隅にあるダストボックスに向けて投げた。僅かに狙いが逸れ、ゴミ箱の端にあたって床に落ちる。
「はーずれー。ラプターが狙いを外しましたー」
と、いきなり二段ベッドの上から声をかけられる。
「......たまたまだっつの」
小さく笑いながらダストボックスに近寄り、落ちていたパックを拾って再び放り投げた。今度は中にきちんと入る。
「ほら入った」
「必殺必中てわけではないのねぇ。ラプター」
「飛んでるとき以外にコードネームで呼ばないで。あたしこの名前あんまり好きじゃないのよね」
シーナはため息をつくと自分の椅子を引き寄せてそれに座った。なんだか煙草でも吸いたい気分だったが自分は喫煙家ではない。
「誰がつけたんだか」
「一番始めの人でしょ。シーナの上司じゃない?」
「ラプターってなんだか知ってる?
「恐竜でしょ?」
「そう。獰猛なだけじゃなくて、食べる以外に生き物を殺す恐竜。私快楽殺人かっつの」
「強いんでしょ? 別に気にしなくていいと思うけど」
カテリーナは無邪気な目でこちらを見下ろしてくる。それを見返しながらシーナは笑みを浮かべてみせた。
「それもそうだけど、そう言われることで私についてくるネガティブなイメージは困りものよ」
「シーナはいいひとだから大丈夫よ」
笑顔を浮かべながらカテリーナが言ってきた。彼女は二段ベッドを降りてくると、持っていた本を本棚にもどして新しい本を取り出した。
「本当に怖い人だったら誰も近づかないと思う」
そういうと二段ベッドの上の戻っていく。
その科白を噛み締めながらシーナは外を眺めた。もう滑走路からはジャックの機体は格納されたのか消えている。それが幻覚だったらそれはどんなによいかと思う。
「知ってる? アビーの機体、行方不明だって」
「......え?」
その科白を聞いたとたんシーナは思わず耳を疑った。
「なにそれ」
「ホントらしいよ。あたしもよくわからないけど」
「あいつ生きてるの?」
「さあ......ママからきいただけだから」
息を吐きながら額に手をあてた。そんな馬鹿な。
「あいつ」
すると、突然部屋の内線が鳴った。
胸中でのしかかる焦燥を押し込みながらシーナがそれを取ると、受話器の向こう側でサーシャが一言だけ告げてきた。
『集合。二人とも格納庫前』
こちらの返事も待たずそれだけで内線は唐突に切られた。シーナは鼻で息を吸い込むと、顔を上げた。
「カテリーナ、出撃だって」
「りょーかいー」
相変わらずの口調で返事を返すと彼女は二段ベッドから飛び降り、荷物を掴んで部屋を飛び出していった。その行動の素早さに感心しつつも呆れながら、シーナも外にでようと荷物をまとめる。
ふと、机に置いてある束に鳴ったビニル袋が目に入った。まさかのために買ったものだが、車であったことが戦闘機の中でないともかぎらない。ましてや今度、空から嘔吐物を地表にばらまくわけにもいかない。そんな恥は滅法お断りだった。
それ以前に彼の事を聞いただけで既に吐きそうだった。必死に押さえ込むとそこから数枚のビニル袋を取り出して上着のポケットに突っ込み、シーナもカテリーナを追って部屋を出た。
彼女の姿はすでに廊下には見えなかった。
下に降りていくとサーシャと六人のパイロットが待っていた。レオナルドとジャックもいたが、あえて声はかけないでおく。他のパイロットの名前と顔は一致するが、話したことがないので特別口を利いたりもしない。
どうやら自分が最後だったようで、シーナとカテリーナが着くやサーシャが口を開いた。
「これで全員ね」
合流したシーナとジャックを含め、全員で出撃する、というわけだ。
サーシャから説明されたのはこの基地から少し離れたエリアだった。
「別な基地からの連絡でね、この基地に向けて敵戦闘機の集団がやってくる。すでにこのサイトに数機が侵入しているのを報告されているの。あなたたち全員出撃し、彼らを撃墜すること」
「大佐、隣の基地から報告はなかったんですが?」
パイロットの一人が尋ねた。
「事実隠蔽を計ったようね。インサイダーはすでに逮捕済みよ。ここへの通信基地が破壊されていたせいでシュートの到着をもって知らされる形になったけどね。あとは彼が敵の居場所まで案内してくれるわ」
「敵の数は?」
「およそ五十機」
パイロットの間で一瞬のざわめき。
「ここのパイロットだけでは足りません」
周囲の感情を代弁するようにレオナルドが口を挟んだ。彼の方をむいてサーシャは事務的な口調で続けた。
「近くの基地から応援がくるわ。総勢で三十機前後になる予定よ。だいたい一人二機以上、敵を撃墜すれば問題ないわ。敵機との性能さを比べて数で多少劣っても十分だと判断してる。他には?」
「作戦の説明は?」
シーナが尋ねると彼女はこちらをみて、
「バックアップチームはカテリーナ、レオナルド、ニステル。三人は協力して上空の敵の爆撃機を破壊。対空エリアに誘導された場合は地表の武器を破壊。そのあとは他のメンバーの援護につく。シーナ、ホール、スコットがアタックチーム。敵戦闘機撃墜が主な任務ね。単独行動を許すけれど無茶はしないこと。爆撃チームがテッド、サリー。二人がシュート君の爆撃機を護衛しながら別ルートで連中を追い込む。爆撃チームは標的殲滅後合流すること」
「なんでジャックだけ?」
再びシーナが口をはさんだ。サーシャは笑みを浮かべずジャックのほうを向いて続ける。
「今回敵の大群を撃破することが本部からの命令。でも味方基地ひとつが内通していたの。その基地を一緒に破壊する」
「あれ、味方の基地を?」
「そう。もともと地図に存在しない基地だったから、敵に知られた以上破壊が必要という判断ね。書類やデータ、人はもういないから遠慮なく焦土にしちゃっていいわ」
すらすらと行われる説明に耳を傾けながらシーナは小さく息をついた。
ジャケットのポケットに手をいれて、そこにあるものを握りしめる。
どうか。
最初にシーナらアタックチーム、その後バックアップチーム、爆撃チームの順番で飛び立った。時刻は昼過ぎで、最も太陽が高くなる時間帯だった。八機の戦闘機が飛び立った後、戦闘機より一回り大きいジャックの爆撃機が飛び立つ。
空が迫り、地表が離れる。その間を九機で並びながら飛んでいく。
雲を切って走る。空気が後ろに流れていくのを感じながらシーナはいつも通りの高揚感を感じていた。自分は快楽殺人者ではないが、空を飛ぶこと、空中での戦闘が好きなのは分かっている。どうしても逃げられない何かがあるのだ。
『おちつけよ。ラプター』
そのコードネームを呼ばれて我に返る。その声はジャックからだった。こちらにきて初めての通信だが、それがいきなりその一言だったので吹き出してしまった。
「わかってるわよ。スピン」
こちらもコードネームで応酬してやる。これがシーナにだけむけた無線で話しているのか、それとも全員に向けての無線で話しているのかわからなかった。
『中央プライムへ、集団はエリアを抜けました。爆撃チーム、離脱します』
女性の声だった。たしかサリーと言っただろうか。カテリーナより高い声だが、発音がしっかりしている大人の口調だった。
『許可するわ。健闘を』
サーシャの声が返ってくる。通信が終わると後方にいた二機の戦闘機と爆撃機が編隊から離れ、別方向へ飛んでいく。
それを横目で見た後シーナは前方をみやった。そこにある山岳地帯。それは先日の戦闘で見た景色と類似していたが麓に町があること、緑に恵まれていることが異なっていた。
命令が下ったので六機がそろって高度をあげていく。町の人々に騒音や衝撃波の被害が起きないようにする配慮だった。
その町では車が粒程にしか見えない。家は四角い賽子程。その下の道は細く見える。そこからはこちらの翼から飛行機雲が遥か後方に引っ張っているのが見えるのだろう。そして、子供達はそれをみて指差しているのだろう。中には将来こうして空を飛びたいと思う子もいるのかもしれない。
自分のように。
小さいころ、二人で空を指差していた。
それからしばらくして六機が山岳地帯を超えたところでサーシャから通信がきた。
敵の部隊が向かい側の山岳地帯を超えたところだという。さらに彼女は続けた。
『海軍の飛行部隊が合流してくれるわ。三方向から同時にぶつかる感じ』
そういうと同時にレーダーに別な先頭機集団が映った。空母から離陸した味方戦闘機二十機。レーダーには別な青い点として映る。
『戦闘開始。健闘を』
その言葉が全員に伝えられるや後方のカテリーナ、レオナルド、ニステルの機体が高度を一気に下げた。恐らく敵の施設が近くにあるのだろう。ドッグファイトに入るのは実質自分を含めて三機。そして海軍二十機。サーシャの見積もりは甘かったが、対した問題ではなかった。
(私一人で十機以上撃墜すればいいものね)
舌で唇をなめる。思わず身体が震えた。スロットルを握る手に力を込めて、速度をあげる。
『前方に三十機確認......』
少ない。
数が少ない。
「サーシャ、数が少ないです」
『何機?』
「予想されていた数より二十機程足りない。衛星からの調査をお願いできませんか?」
『私の権限では無理ね。上にまわすわ。あなたたちは予定通りの行動』
変更なし、というわけか。
レーダーに映ったのは敵が三十機。海軍からの援軍が二十二機。こちらが六機。味方が二十八機だからほぼ五分五分で、機能差を加味すれば短時間で掃討できるだろう。
『ラプター、エバンテだ。俺は右に回る』
ホールからの通信だった。普段は一緒に暮らしていてまともに口も利かないのに、唯一まともに話すのが戦闘時だけとは。
この無愛想さがたまらなかった。不謹慎な魅力に惹かれながらシーナは笑みを浮かべた。
「了解。私は正面からいくわ」
シーナの後ろにスコットの機体が着く。彼もこちらと同時に進むつもりなのだろう。
さあ。時間だ。
敵機が回転する。海軍の方に十五機、こちらに向かってきたのは九機。戦闘エリアの西側に向かったバックアップチームの元へは六機。
彼らが二機を相手取ることができるのかどうかはともかく助けを入れる必要はあるだろう。
『レックスだ。上から回り込む』
スコットの機体から通信がはいる。彼の機体が大きくピッチアップ。上昇していくのが見えた。
続けて敵機と交錯する。よく見ないとわからなかったが、中には空軍の機体にペイントを変えただけのものもあった。内通しているパイロットが相手側にいるのは間違いない。
裏切り者。
「死んで償え」
小さい声で呟く。
シーナは機体をロールさせるとそのままスライスバック。高度を下げていた敵機の一つに狙いを定めると機銃を放つ。
右エンジンに弾痕を穿たれ相手がよろめく。煙をあげて落ちていく相手を追い抜き次いでにフラップアップ。さらに眼前にいた一人に狙いを定める。
だがその隙間を二機が猛スピードで飛び抜けていった。空気の衝撃が機体を揺らし、バランスを崩した。
思わずののしる。
「馬鹿!」
『すまん。俺だ』
スコットだった。歯ぎしりしながら横を睨みつけると彼は追いかけていた機体を撃墜している。
そちらに向けて怒鳴りつけた。
「気をつけなさいよ! 逃がしたじゃない!」
『悪かったよ』
その言葉が耳に入るのがはやいか、シーナはスロットルを押し倒して高度を下げた。手元のレバーを押し惹いて前方で飛ぶ一機に狙いを定める。
と。
『六時の方向からミサイル接近』
「畜生!」
発射をキャンセルしてフラップを収納、スロットルを押し上げて速度をあげた。機体をわずかにバレルロールさせて曲線を描く。背後を確認すると追尾してくるミサイルは二機。
今度は続けてフラップアップ。飛行機雲が斜めのSの時に描かれていく。それでもそれを振り切れない。
と。
『はぁいラプター。たすけてあ・げ・る』
場の空気とは全く正反対とも言える口調がシーナの元に告げられると同時に、後方でミサイルが爆破された。
『その代わりーっちゃなんだけどあたしも助けて』
「......プテラっ!」
思わず名前をよんでしまいそうになりながら相手のコードネームを呼ぶ。彼女の機体の後ろには二機、敵の機体が追尾していた。
『右エンジンがやられてるの。操縦がきかない』
「なんとかしなさいよ」
軽く舌打ちすると速度を落とし、そのまま操縦桿を手前に惹いて一機にフラップアップ。カテリーナの驚いた声が聞こえると同時に彼女と彼女を追う敵機二機がシーナのコックピットの窓越しに見えた。
「プテラ、かく乱フレアを使って。その後フラップダウンしてからロールしながらリヒート」
『......了解』
分かっているのかわかっていないのかはっきりしない返事を寄越しつつも、彼女の機体は予想通りの動きをしてみせた。フレアをまき散らしながらの最高速度での離脱は敵を目くらませるには十分だ。
そして自分の狙いは眼前にいる。
一機は先程横を通り過ぎた味方と同じ型の戦闘機だった。それらに機関砲を向けると彼らの翼に穴を穿つ。エンジンが炎をあげて吹き飛び、二機がもつれ合って地面に落ちていく。
性能は対してかわらないはずだ。パイロットの腕が悪かったのだろう。
爆発に巻き込まれないように操縦桿を惹き倒して上昇する。その瞬間上で大きく爆発が起こった。
「なにそれ」
目を細めてシーナは呟くと、そこから目を背けた。どちらにしてもこれからあがろうとしていたところで爆発されるのはよろしいことではない。
ふと、そこでホールからの通信がはいった。
『ラプター、そのまま前進してくれ。俺が五機やった。君の分とあわせてチャラになる』
「マジ?」
『レックスが六機だから全員あわせてもおつりがでる。サーシャからお礼いわれたがお前なにかやったか?』
カテリーナのことを思い出す。
「別になにも。このまま離脱?」
『気を抜くな。海軍部隊が残党を追っている。爆撃チームも帰還する』
その通信を最後にシーナは高度を下げた。レーダーには確かに相手の数は殆ど映っていない。残り五機いるかいないかだろう。彼らを海軍の部隊が掃討してくれるというのだから助かったほうか。深く考えればこちらにだけ手柄を与えるつもりは無いのだろうととることもできるがそのあたりの考えはよくわからない。
シーナはふっと気を抜いた。前を向いてこれからもどってどうするか考えた時。
「......っ!」
恐れていたものがやってきた。
酸素マスクを急いで外し、ジャケットの中にあるビニル袋を引っ張りだしてそこに嘔吐する。
「げぇええええええっ!」
『どうした?』
通信を切り忘れたらしくホールから声がかかってきた。
「ごめん。その、女性ならでわの」
レオナルドに言ったものと同じいいわけをしながら視界がかすむのを感じた。
気を失いそうだった。急いでマスクをつけて大きく息を吸う。
「苦しい」
と、次の瞬間レーダーに一機の敵戦闘機が現れた。
『敵機接近中』
「くそったれ!」
思わず悪態をつきながらスロットルを引いた。斜め下にダウンしながら機体を動かす。ビニル袋はそのまま口を縛って脇に放り投げる。
「エバンテ! いま何処?」
『距離がある。相手は一機か』
「誰かいない?」
『たかが一機じゃないのか?』
「目眩がして倒れそうなの! いいから早く助けてよ!」
『あたしが助ける』
二人の会話に割って入ったのはカテリーナの声だった。
『シーナはあたしが助けるんだから』
「誰もあんたにたのんでねーっつーの! つか本名呼ぶな!」
『そんなこと言ってる場合? 大人のおねーさんがそんな口利いちゃだめだよー』
ころころした笑い声を無線機の向こうであげると、カテリーナの機体が斜め下側から飛んでくるのが見えた。右エンジンが不安定なのが分かるどこかふらついた飛び方だった。
そのまま交錯する。後ろを振り返りながらシーナは彼女のことが逆に不安になった。
あれで戦えるのか?
不安になりながらふたつく頭を抑えてはっきりさせようとする。が、うまく視界が定まらなかった。
後方でミサイル同士がぶつかったのか大きく爆発が起こる。
『ラプター、左側に離脱しろ。ランフォとツァルコに合流。プテラ、何分持つ?』
『エンジンが持たないわ。帰還できるか微妙』
『すぐに向かう』
指示通りシーナはスロットルを切った。なんてざまだ。
思わず舌打ちしながら左にロール、そのまま速度をあげた。斜め前方に並んで飛んでいるのがランフォとツァルコ、レオナルドとニステルだろう。
レーダーをホールとカテリーナの機体が一機の敵機を追いつめている。他の敵の機体が映らない。
やけに静かだった。
シーナとレオナルド、ニステルが山岳地帯を抜けて盆地に入ったところでホールとカテリーナの機体が追いつく。
『状況は?』
『アタックチームはラプター三機、レックス六機、エバンテ五機。バックアップチームはプテラ一機、ツァルコ三機、ランフォ三機』
中央からの質問にホールが淡々と答えていく、今日の撃墜数だ。わずか六機で二十一機もの撃墜数を記録したことになる。これが機体の性能かパイロットの腕かは定かではないが、少なくともこちらの基地の成績がすこぶる有能であることを示す一つのファクターではあるだろう。
『これより帰還します』
『了解』
シーナは太陽の位置がわずかにさがった空を眺めていた。そこから見えるのは夕暮れだった。そして眼下に平原と大きな道。
あそこに着陸してただ歩いて帰るのも良いかなとたまには思う。直射日光で熱射病は確実だろうが、体調が良ければ一度やってみてもいい。
前は、一緒に歩くヒトがいた。今は彼は遠いところに言ってしまったことを思い出す。
だが、まだ死んだことが確実じゃない。探さないと......
そんなことを考えているときだった。眼前に基地がみえてきたとき、ホールから通信がはいった。
『敵機が三機接近』
「嘘! もう終わったんじゃないの?」
見ると、レーダーに三機の戦闘機が迫ってきているのが映った。憎々しげに呟くホールの言葉が無線機越しに聞こえてくる。
『どうやら高度なステルス装甲を持った戦闘機だな......連中がここまで完璧に隠れるタイプを持ってたのは初耳だがな』
「そんなこといってないでなんとかしようよ!」
すでに敵の戦闘機はすぐそこまで迫ってきていた。機関銃の掃射が五機を一気に襲う。
『全機解散。プテラは帰還しろ!』
ホールが指示を下す。シーナがスロットルを切り掃射を免れたが後方で爆発がおこる。
『ニステル! エバンテ、ツァルコがやられた!』
機体が空中分解するところはみえなかったが味方が一機いなくなったのだ。思わず唇を噛む。残り四機。
『ラプター、右に旋回して一機をひきつけてドッグファイトに持ち込め! レオナルドを援護する』
味方の通信が入り乱れる中でシーナはスロットルを押し上げた。右にロールしながらバレルロール。そのまま空中でブレーキをかけるとピッチアップ。続けてストールターン。
後方に着いていた相手をやり過ごし、機銃を放った。
「ニステルの敵」
しゃべったこともなかったが、それでも一度は一緒に戦った仲間だ。彼の分も弾丸を打ち込んでやる。相手の機体のエンジンが吹き飛び、コクピットに打ち込まれた弾丸がパイロットを粉々の肉片に変える。一瞬だけ赤い血煙があがるのが見えた。
そのまま水平飛行にもどすとそのまましばらく体勢を立て直した後スプリットS。
だが、機体を旋回させたところでそれはきた。
再び酸素マスクを取り外して袋を口に当てた。
「ぐええええっ!」
『またか、お前。いい加減にしろ』
ホールの声が聞こえてくる。言葉だけなら苛立ったように聞こえただろうが、口調は冷静そのものだ。この状況でどうしてそう落ち着いていられるのか分からないが、少なくてもベテランのパイロットというのは皆こういうものなのだろう。
『一機そちらにむかった。飛行機酔いなら俺が対応する』
「わたしがやる......」
それでも視界はかすむ。ホールとの通信を一方的に切るとシーナはターゲットがレーダーに入るまで待った。だが、いつまでたっても相手はこちらにうつらない。
ふらつく頭を抑える。もう駄目だ。気を失う。
身体が冷たくなっていくのを考えながら前方を見つめていると、突然通信がはいった。
『ベテランの悪いところはレーダーを信じちゃうところってきくよぉ』
甲高い声。カテリーナだった。
『ラプター、敵は射程距離だよ。あたしが撃ってあげる』
何も言えなかった。こちらの後ろに既に敵はついていたのだ。シーナが振り向くよりその射撃と同時に敵は大きくよろめき、翼を落としてこちらの横を落ちていく。
『とどめはゆずるわ』
「......残弾が」
『じゃああたしがやる』
そういってカテリーナの機体が降りていく。射程距離で狙おうとした瞬間、落ちていく敵機の機銃から"うしろめがけて"弾丸が放たれる。赤いオレンジ色の炎がカテリーナの機体に突き刺さる。
不意をつかれたのだ。
それは丁度シーナの眼前だった。思わず目を見開く。
カテリーナの機体の左半分が吹き飛ぶのと、彼女が右ウイングから放ったミサイルが敵機体を粉々にするのは丁度同時だった。眼下を見下ろして唖然とする。
「......え?」
バランスを失ったカテリーナの機体がぐるぐると回転しながら地面に向かって落下してくる。そこからの通信はない。
「なにやってんのあんた......なに勝手に」
彼女の機体があげる黒煙を追って高度をさげていく。さらに通信を試みるが応答はない。
背中を焦燥が走る。シーナはマイクにむけて思い切り叫びながら速度をあげた。
「ちょっとプテラ! プテラ! 応答して!」
『ラプター。状況を』
ホールの落ち着き払った声が響いてくる。息づかいを荒くしながら思わず怒鳴りつけてしまう。
「プテラが落ちた! 地上部隊を!」
『ツァルコも含めて中央に連絡をいれる。位置を』
こんなときでさえ冷淡に聞こえる彼の声がどことなく憎たらしくなった。カテリーナの機体は未だに落ち続けている。その位置の範囲を計測するとシーナは苛立った声で伝えた。
中央から着陸の許可がでたので旋回しながらカテリーナ機を追っていく。彼女の機体は地面に横から落ちるとそのままわずかにバウンドし、地面を転がっていった。平原の先に小さな湖があり、その場所に機体を半分浸すように停止した。
シーナは急いで近くの荒野に機体を着陸させた。ハッチを開くとベルトを殆どはぎ取る様に外し、地面に飛び降りると彼女の元に向かって走った。誰かが死ぬところを見るのは嫌だった。ニステルであれ、カテリーナであれ。
上空での戦闘は既に終わっている。
誰もいないシーナの機体で、無線が一言だけ伝えてきた。