Episode 1 : No one but you



 スポイラを展開。速度を落として高度をさげはじめた途端、今まで隣にいた仲間の期待が後方に消えた。
 口の中で小さく呟く。驚く間もなく放たれた弾丸がこちらの翼を破壊した。
「そんな」
 口の中だけで声をだした。驚きを隠せずキャノピィの外を見やると、そこにはさっきまで自分たちを率いていた味方のパイロットの機体があった。それがこちら目掛けて機銃を向けている。
 脱出すれば殺されるだろう。
(ちょっとまてよ......なんだよこれ)
 理解できない状況に混乱しながらレオナルドは上をみた。隣は一緒に編隊を組んでいた別の味方が急速にターンしている。
 通信が聞こえてこない。

 彼が裏切ったのだ。
 どんな任務も忠実に、正確にこなしてきたあの男が。
 憧れだったパイロットなのに。

 レオナルドは唇を噛んだ。機体が制御を失う。幸い高度を下げる途中だったのでそれほど揺れてはいない。斜めにゆっくり落ちていく。狙い撃ちされないことを祈るより、その場のショックが大きかった。
 上では味方と彼との戦いが始まっている。どちらが優勢かは分からない。

 地上に着陸する前に、それをみた。



 LEONARDO -- Dark Horse
 001




 額に冷たいものがあてられる。その感触でレオナルドは目を覚ました。茫洋とした視界に映るのは青い空ではなく小さな音をたてながら回るシーリングファンとダークレッドの装飾がされた暗い天井だった。
 背中は汗で濡れているのがわかった。ベッドシーツに染み込んだそれが僅かに冷気を帯びている。部屋は暑くも寒くもなく、暖房は効いているがちょうどよい温度に調節されている。
 呆然と上を眺めているとよこから顔がはいりこんでくる。
「大丈夫? うなされてたわよ」
 こちらの視界と意識が茫洋としているせいで相手の顔が輪郭しかわからない。こちらの顔を濡らしたタオルで吹いてくれているようだった。ふと身体をあげたときに相手が着ている上着に描かれた赤い龍の刺繍がみえた。
「うー、あ?」
 そこでレオナルドはいま自分がいる場所を理解した。
「しっかりしなさいよ」
「ああ」
「ああじゃないわよ。もう」
 徐々に明瞭になっていく意識の中で、レオナルドはなんとか相手の顔にピントをあわせた。肩の長さまである赤毛にそれを薄めたような茶色がかった瞳の女性。上着を突っかけているがただ着ているだけ、というだけで前はとめていない。そこから裸の胸が薄明かりに照らされてぼんやりと見える。
 ああ、そうだった。と心の中だけで呟く。そして声にだして名前を呼んだ。
「カテリーナ」
「なにそれ。妹の名前で呼ぶ?」
 不機嫌そうなその科白に思わず心を突き刺されたような痛みが走る。それはこちらを現実に呼び戻すのに十分だった。そう、それは彼女の妹の名前。
「ごめん」
「許さない」
 くすっと笑うと彼女はベッド脇に置いてあった煙草の箱をとりあげてそこから一本取り出して口にくわえた。その顔つきは殉職したかつての同僚と瓜二つだがやっていることはまったくといっていいほど似ていない。その横顔をみながらレオナルドは息をついた。
 シーリングファンの中に煙が吸い込まれるように上っていく。一本もらおうかと思ったが今は腕を動かす気にもなれなかった。
「夢をみてたの?」
 唐突に彼女が尋ねてくる。暗い天井を見上げたままぼんやりとさっきの光景を思い浮かべた。
 今でも明瞭に思い出せる、あの光景。
「撃ち落とされたときのこと。思い出してた」
「生きてるじゃない」
「うん。でもこの前撃ち落とされて、墜落したんだ。でも助かった」
「怖かったのね」
「多分」
 彼女はこちらを振り向いてきた。綺麗に化粧され口紅をさしたその顔は大人の女性そのものだが、作りはレオナルドが知っている一人の女性とそっくりだった。目の形、鼻尻、口元、顔のライン。ほっそりした腕がのびてきて、こちらの首に巻き付いてくる。
「でなきゃあんなにうなされないわ」
「どうかな」
 彼女の唇がそっとこちらの唇に重ねられる。不安がすこしずつ和らいでいくのをレオナルドは感じた。彼女の背中に手をすべらせて着ていた服を静かにおろす。光のもとにさらされむき出しになった滑らかな肩をなでていくと、そこに描かれた小さな龍の入れ墨があらわになった。
 ぼんやりと目を開ける。彼女が唇を離してこちらの上にのった。その彼女にあわせるようにレオナルドは上半身をおこして、彼女を強く抱きしめた。
 
 ++++


「ここらへんでいいよ」
 基地が見えてきたところでレオナルドはハンドルを握る彼女に伝えた。
「本当に?」
「うん。あとは歩くから」
「寒いわよ。朝だし」
「大丈夫だよ」
 道の両隣は牧場で、緑色の草原と平原が広がっている。上空は曇りが多いこの地域にしては珍しく快晴の様子をみせていた。
「今日はありがとう」
 助手席で上着を着ながらレオナルドは彼女の方を向かずにそう伝えた。ややつっけんどんな言い方になってしまったがうまく言えた方だろう。
「どういたしまして」
 彼女がこちらを向いて微笑みかけてくるのがわかった。そっちをむいて笑いかけてやろうかとおもったが何かが邪魔をしてそれができない。自分はきっと、自分というものに対して正直な生き物なのだ。
「それじゃ」
「冷たいのね」
「そんなことないよ。俺、君のこと好きだよ」
「あたしも。またきてね」
「うん。多分」
 こちらの返事に彼女は笑いかけると、車をUターンさせて走り去った。そのリアウイングを見つめながら淡白な愛情表現しかできないことを僅かに悔やむ自分に気づいたが、あえて気づかない振りをする。
 吐く息が白い。丁度寒冷期に入る季節だろうとレオナルドは思った。この周辺は山に囲まれた盆地帯のため夏は暑く冬は寒い。
 もっと着込めばよかったと思いながら早足で基地に向かって歩いていると、突然後ろから頭を叩かれた。
「おはよう。レオ」
 同じ基地の仲間の声だった。振り向くと黒髪をショートカットにした若い女性がバイクに跨がった状態で立っていた。考え事に夢中でエンジン音に気づけなかった。もしくは、先ほど車の後をつけてきていたのか。
 彼女に半眼を向けながらレオナルドは口を開いた。叩かれた頭をさする。
「なんだよサリー。また朝帰りか?」
「うん。野暮用で」
 そういうと彼女はバイクをおりて、こちらに近づいてきた。ぱっちりした二重のサリーは美人だが口調がどこか男っぽい。
「レオはなにしてるの?」
「みりゃわかるだろ」
「じゃあ仲間だ。たしか外出禁止令とかだされてなかったっけ」
「だされてない」
「黙っといてあげるかわりにハンバーガおごって」
「ざけんな」
 そう吐き捨てるとレオナルドは歩き出した。基地はまだ遠い。
 サリーはけらけらと笑うとバイクをひきながらうしろをついてきた。そしてこちらの前に突然まわりこんで顔を覗き込みながらぼそりといってくる。
「あんまり悲しませることいっちゃだめだよ?」
「なにが?」
「だから、あの子にさ」
「......」
「カテリーナって呼んだでしょ」
「呼んでない」
「呼んだね?」
「別に」
 以前基地にいた同僚の口調を真似しながら言ってみる。目を細めて彼女を見やったあと、レオナルドは早足で歩き出した。頭を抱えながら掌の下で眉間に皺をよせる。
「ほっといてよ。もう。頭痛くなってきた」
「そんな強く叩いてないよ?」
「意味が違う」
 腹立たしく思うなにかを押さえ込みながら鋭い口調でいう。だが彼女はこちらの気を知って知らずか、空を見ながら感慨深げに言ってきた。
「あたしさあ、あの子カテリーナじゃないかなあって思うんだよね」
「違うね」
「じゃああの子名前なんていうの?」
「知らん」
「君は名前もしらない女とセックスするのかね? 馬鹿じゃないの?」
「うるさいなあ。関係ないだろ」
「なんで? 気にならない?」
「つーかそういう商売だろ。俺のことだって、しばらく通わなかったら忘れちゃうよ」
「へー。そうなんだ。それでいいの?」
「はあ?」
「なんでもなぁい。へえ」
 苛立ちを隠さず話すこちらに、彼女は唇を尖らせてわかったようなわからないような曖昧な返事を返してきた。それがレオナルドの感情を逆なでした。
「もういいよ」
「あ、レオ、乗りなよ。どーせあたしたち朝帰り組なんだから」
「一緒に帰ったら別な意味で怪しまれんだろ。サリー先帰りなよ」
 その言葉にサリーは頷くと、バイクに再びまたがってエンジンをかけて走り出した。その後ろ姿をみながらレオナルドは大きく息をついた。
 自分がどう思おうと関係ないのに、それを気にする誰かがいることがとても腹立たしかった。
 こちらの望みなんて叶ったためしがないのに。



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