Episode 8 : Time after Time




 数週間前のことを思い返しながら、シーナは息をついた。
 地面に這いつくばりながら。

 

 床に横になっていると、頭上から突然声がかけられた。
「ずいぶんとやつれてんじゃないの」
 痛みを抑えてそちらをみると、ジャック・シュートが花束を手に立っていた、いつもの軍服姿とは違い、白いシャツに黒いジャケットの、どこか礼服じみた格好だ。
「普通病院にいたら回復するもんだと思うけど、お前は違うみたいだな」
 軽口を叩いてくる彼を上目遣いににらみつける。右手に力を入れて身体を起こすが右足が打ち抜かれているため立ち上がれない。
「ほっといて」
 そこで力が入らず再び倒れ込む。悶絶するシーナを無視してジャックはベッド脇の花瓶に持ってきた花束をさした。
「どうでもいいけど無理はしないようにな。うちのエースなんだから」
「エースだから特別扱いなの?」
「そういうこと。でなきゃ心配するかな」
 なにも言い返す言葉もなく、シーナは身体をひきずった。ベッドの下まで這いずると右手の力だけでなんとか上に這ってあがる。
「そんな関係なのに花束もってくるわけ?」
「それは仕事の関係。これはアビーの代わり」
 それだけをいうとジャックはこちらを見下ろしてきた。その目はどこか淀んでいる。
「ところで聞きたいんだが」
「なに」
「ガキは?」
「別に」
 次の瞬間甲高い音とともにシーナの頬をジャックの平手打ちが襲っていた。
 傷の言えていない皮膚には平手打ちでもかなりの痛みだった。声にならない痛みに思わず打たれた箇所を抑える。が、続けてジャックの声が重ねられる。
「悪く思わないでくれ。なんか殴っておかなければならない気がした」
「なんで。あんたには関係ないでしょ。それにこれは仕方ないの」
 歯を軋ませながらそれだけを返すと、ジャックは
「ところが大有りなんだぜ。アビーがなんも知らないで飛んだと思ってるか?」
「わけわかんない。だからってなんであんたがキレんの」
 言い返す。だがこちらの言葉がやや弱気になっていることにシーナは気づいていた。もちろんそれが後ろめたさからくるものであることはわかっている。
 わかっていたが。
「お前はもっと頭が良いと思っていたよ。ちょっと残念かな」
 その言葉でシーナはいなくなった彼のことを頭に浮かべた。そしてその時に交わされたであろう会話を考える。
 思わず苛立ちが胸に宿った。余計なことを。
 そういいそうになったがジャックの怒りに油を注ぐことになるので口には出さない。そのかわり開いた口からは別な言葉がでた。
「前は別なことを怒ってなかった?」
「怒ってるというより、殴っておかなければならない気がしたんだ。二度言わせるなよ」
 ジャックはそれだけをいうと大きく嘆息した。その目が怒りと哀しみを混ぜ合わせたような光を放っていたがシーナはそれをみていない。
 そちらを見ずに疑問を口にする。
「生きようと思うのはそんなにいけないこと?」
「あー。生存本能ってか? お前な、ひとりで生きることなんてつまらないぞ。毎日毎日目上の人にイエス・サーをいうのって」
 花瓶から枯れた花を抜き取るとジャックはそれを取り出した紙に包んだ。そして持ってきた花束をそこに入れ始める。
 うつむきながらシーナは息をついた。そしてぼそりと呟く。
「現実認識」
「ん?」
「現実を......こう、なんていうのかしら。感じたいっていうか」
「意味がわからない」
「私もわからない」
「自分探しとは違うのか?」
「違う」
「ふーん。まあ、頑張れ」
 花瓶の中で花の茎が揺れる音がする。しばらく間をおいたあと、ジャックは思いついたように尋ねてきた。
「空を飛びたいのか? それがお前の現実認識ってやつか?」
「違う」
「じゃあなんなんだよ」
「言い辛いね」
「じゃあいわなくてもいいぜ」
 その科白の後少し間を置いたあとシーナは続けた。
「撃墜することかな。誰かを殺すこと」
 シーツの上に視線を落としながら淡々と答える。こういったことを話すのは珍しいことだと思う。彼だからこそ、というのがあるかどうかはわからない。
「殺す瞬間が、一番興奮する。すると自分は生きている、という感覚がする。ああ、なんだろう。駄目だ......これじゃ殺人鬼なのに」
 両手で顔を覆う。涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。胸の奥を貫くような痛みがその瞬間走った気がした。
 椅子の足が地面をひっかく音が聞こえた。ジャックが恐らく座ったのだろう。
「それは嫌か?」
「面倒になる。いろいろと」
「例えば?」
「好かれないじゃん。そんなの」
 そういうとシーナは大きく嘆息した。閉じていた目を開く。白いシーツが視界に入った。
「お前の行く先はそこか。好かれたいのか?」
「うん」
「誰に?」
「さあ......でも本当にそうなってしまったら誰にも好かれないと思う」
 その言葉を噛み締めながらシーナは瞼を抑えた。きゅっと唇を噛む。
 そこにジャックの言葉がかかる。慰めるわけでもなく、淡々とした口調で
「アビーはお前のこと好きだったけどな」
「もういないし。あーあ」
 それだけを呟くと背中を預けた。がっくりと力を抜く。
「私はもう駄目だよ。ジャック」
「なぜそう思う?」
「なんか......なんかもう駄目だわ」
 立ち上がる気力もおきない。
 最後、エバンテに撃ち落とされたときの記憶がよみがえる。暗い機体の中で貫かれた身体と焼かれていく苦しみ。
 そして果たせなかった復讐。
 消えた信念がくすぶっている。
「よしよし」
 ジャックはそういうとこちらの頭に手をのせてきた。
「なによ」
「いや、なんとなく」
「腹立つからやめてよ」
「なぐさめてやってんのに」
「上から目線なのがもっと腹立つの!」
「アビーだけかな。お前を慰めてよいのは」
 そういうと彼は手を引いてきた。しばらく間が開く。
 小さく息をつくと立ち上がる。
「まずは休め。人を殺すことで悩む前に」
 ジャックはそういうと花瓶をベッド脇のテーブルに置いた。そして立ち上がって部屋を出ていく。
 扉のしまる音が静かに響いた。
 扉をみつめながらシーナは呟いた。
「なんだかなあ......」
 どうしようもないことを嘆くのは嫌いなのだが。
「なんだかねえ......」

 結局今はこうしているしか他にはないのだった。

"SEANA -- Dancing on soul on soldiers" closed.



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