後ろについても仕留められない。
スロットルアップ。最大にすると一気にリヒート。
相手はふわりと上に上がり、そのまま雲の中へ。
中は激流の筈なのに。
負けじと高度をあげる。エレベータアップ。
刹那。
後ろに相手は現れる。アザミの機体は遥か下。
ピッチアップからシャンデル。続けてヨーイング。
機体の腹を空に向ける様にしながら相手に向かって機銃を放つ。
仕留められない。
相手はロール。そのまま高度を下げていく。
その先にはアザミがいる。
自分を無視して、アザミを倒しにかかるのか。
それとも。
自分なんて、祓って終わりの、ただの蠅か。
それとも。
戦う価値のない戦闘だとでも、いうのだろうか。
LEONARDO -- Dark Horse
004
そこは個室だった。とはいえこういった病院では軍の人間は優遇されることが多いため個室が割り当てられるのは特に珍しいことでもない。狭い場所のようだがそれほど息苦しいわけでもないのだろう。
入り口に入るところで手を消毒すると、レオナルドは部屋の扉を叩いた。そして中にはいる。
「シーナ?」
呼びかけながら部屋の中に足を踏み入れると、中央にあるベッドの周りを白いカーテンが覆っていた。もしかしたら着替え途中なのかもしれないので恐る恐るその脇を歩いてみる。奥に目をやると部屋の窓が開いていたのでそちらに向かう。とりあえず風が入っているので閉めたほうがよいかもしれない。
「大丈夫かい? 見舞いに来た」
「大丈夫」
か細い声が返ってくる。それはシーナの声だったが、以前の彼女からはとても想像できないほど弱々しかった。
それに衝撃を受けながらレオナルドは顔に出すまいとした。どちらにしても自分がここで動揺しすぎると彼女にとってはよくないかもしれない。
窓に手をかけると、ベッドの方から声がかかった。
「いいの。開けといて」
振り向く。カーテンはどうやら窓側だけ開いていたらしく、丁度ベッドから空を眺められるようになっていた。
だが、それ以上にレオナルドはそのシーナの変わり果てた姿に驚きを隠せなかった。
「シーナ......それ」
「驚いた? 変なカッコでしょ?」
ベッドに横になりながら彼女はそういって小さく笑みを浮かべてくる。以前は肩程まであった髪の毛は殆どが無くなり、頭部の殆どが包帯に包まれていた。白い病院から支給されている服から見えるところは全てが包帯がまかれていて、肌という肌が隠されている。僅かに除く肌はかつての面影もなく赤黒く焼けただれていた。
「撃ち落とされたときに、ちょっと変な落ち方しちゃって。全身火傷も良いところよ」
自虐的に語る彼女を呆然と見つめる。その右腕に点滴がつながっていてそれは動く気配はない。
「......子供は?」
「死んじゃったわよ」
そういう彼女の目はなにかを諦めているような目だった。そのせいか声にいつもの覇気がない。
「相変わらずデリカシーというものを知らないのね。座ったら?」
「あ、うん」
花をベッド脇のテーブルに置くと、レオナルドは置いてあった椅子を引いてそこに座った。彼女の顔をみやる。
「ああ......もう、なんというか」
「なに?」
「聞きたいことがたくさんあったのに、忘れちまったよ。畜生」
なんだかわからないくらい思考がごちゃごちゃしている。その彼女の様子をみて、まず浮かんだのは彼女をこういう目にあわせた相手に対する怒りだった。
まず深呼吸して整える。さもないと彼女に対して怒っているのではないかと思わせてしまう。
「誰に撃墜されたの?」
「どうして?」
「わからない。でもなんか、そいつをぶっ飛ばしてやりたくなってる」
「そう」
こちらの気を知っているのか知らないのか、彼女はレオナルドから視線を外して天井を見た。それから目を細めて小さく一言だけ伝えてきた。
「ホール」
その名前を聞いてレオナルドは口を開きかけ、俺も撃墜されたと言いかけた。だが、目の前の彼女は明らかに自分より傷が酷い。エバンテなら故意に相手に怪我を負わせなくても撃ち落とすことぐらいできる筈だ。
何故自分は軽傷で助かり、シーナはこれほど重傷なのだ。疑問が頭の中を飛び交う。それは彼女が身を以て助けてくれたからだ。
全てをぶつけてもあれなので、とりあえずひとつだけ取り出して尋ねる。
「どうしてそんな酷いの?」
言ってから間抜けな問いかけをしてしまったと思う。案の定シーナが呆れたようにこちらを見てくる。包帯で隠されているため表情はわからないが、目が感情を伝えてきた。
「何を言ってるの?」
当然かもしれない。もっと気の利いた聞き方をすればよかったとレオナルドは思った。それから彼女は小さくいきをつくと天井に視線を移した。こちらを馬鹿にするわけではないだろうが呆れたことは間違いない。
「普通は撃墜されて生きているほうが奇跡なの」
そのまま上をみたまま続けてくる。
「私なんか死んだも同然よ」
「生きてるじゃん」
「わからない? 私に価値なんてないってこと」
ゆっくりとそう発音すると彼女は目を閉じた。眠いのかもしれないが、その口から流れる声ははっきりしている。だがそこに以前の覇気は全くと言っていい程感じられなかった。それがレオナルドは耐えられない。
「ねえ」
なんとか絞るようにして出した声にシーナは小さく瞼をあげてきた。
「なに?」
「復帰したいとは、思わないの?」
その問いに彼女は弱々しい笑みを浮かべてきた。
「復帰できると、思ってないもの」
「したいとできるは違うよ」
それだけを指摘する。だが彼女は軽く頭を振るだけだった。
「あんたは、本当に負けたことがないのかもね」
そういうと再び瞼を閉じた。
それだけだった。なんて言葉をかけてよいのかわからない。レオナルドは目の前にあるシーナの左腕に手をのばして、その人差し指を掴んだ。
本当に、なんて言っていいのかわからない。言葉が出てこなかった。
しばらく間を置いてから、なんとか喉から絞り出すようにして口を開く。
「もしその、本当に負けたら、君の気持ちわかるのかな?」
それに彼女は反応してこない。目を閉じたままだ。口元まで覆われた包帯で表情はほとんどわからない。
「ホールを撃墜すれば、シーナの気持ちはわかるかな」
「......勝てると、思ってるの? あいつに?」
目を閉じたまま彼女はうっすらと笑ってみせた。
「無理に決まってる。あいつは。空で戦ったら生かしてなんかくれないもの」
「だったらなんで俺は生きてんだよ」
「知らない」
「そうじゃなくて、なんであいつに撃墜されて殺されなかったんだって話だよ」
「殺す価値がなかったからじゃない?」
そういうと彼女は小さく息をついてきた。その言葉に思わずレオナルドは自分の背中と顔がこわばるのを感じた。
価値がない。
自分が彼にとって価値を見いだせなかったというのか。
彼らと同じく空を飛ぶ以上それなりの覚悟はしている。だが、自分には価値がなく、シーナにはある。
その違いがわからなかった。自分と目の前の彼女、なにが違うのだろう。
経験? パイロットとしての器量?
様々な思考が頭を飛び交い、言葉がでてこない。
こちらが黙り込んでいると彼女はさらに続けてきた。
「まあ、私もわからないよ。そういうの、エバンテが考えることだから。きまぐれで生かされているのかもしれないし」
「シーナ、それは」
自身の中にある何かを無下にされた憤りを隠そうとする。なんとか自分の気持ちを伝えようと口を開くとそれはシーナの言葉で遮られた。
「それでも殺されることで、救われることだってあるわ。中途半端に生かされるよりマシかも」
意味が分からなかった。彼女は何を言っているのだろう。
「......そうかな」
生きてなきゃ、そんなの無意味だ。
そう言おうとしてやめた。
結局最後まで、彼女の言っている事を理解することができなかったからだ。
++++
再び道を走って基地に着くと、レオナルドは乗っていた車を倉庫に戻した。ずっと考えていた。なにも考えないようにしていた自分が、こうして考えなきゃいけない場面になるのはかなり違う。なにが彼女と違うのかも見えてこない。
(......ひょっとして自分かなり馬鹿なのか?)
ふと冷静になって考えてみる。思考がそれてきていることに気づいて急いで頭をかく。考えてもしかたないことを考えるのは愚かだ。煙草を一本取り出して火をつける。しばらく歩いてから滑走路脇の草原に座り込んだ。
遠くに見える建物と基地の正門。どこまでものびるような滑走路を眺め、小さく目を閉じる。どうしようもない事であったとしてもどうにか出来ると思ってしまうのは駄目なことだろうか。
ホール。
シーナ。
ぼんやりと様々なことを思い浮かべていると、声がかかった。
「なにやってんだ。お前」
瞼を開けると、スコットが立っていた。スコット・マクスウェル。ホールがいなくなった今となっては空軍で最も腕の良いエースだと言われる彼だが、決してとっつきにくい相手ではない。寧ろエバンテより話が通じるだけ身近に感じられる存在だった。
「別になにも......なんか。色々考えてた」
「そうか」
彼はそういうとその場で煙草を取り出して口に銜える。その一連の仕草を見ながらレオナルドは口を開いた。
「スコットは? いつ帰ってきたの?」
「ん、さっき。サーシャに報告が終わって、とりあえず一服するかなって。外にでたらお前がいたんで話しかけたのさ。シーナのところいってきたのか?」
「うん」
「あいつどうだった? 結構参ってたろ」
煙を薄く吐き出しながらそういってくるスコットから視線を外し、レオナルドは前を見た。舗装された滑走路が目に入る。
「結構どころじゃない。かなり参ってるみたい」
「落ち込んでたのか?」
「うん」
ぼんやりと答えを返す。それに対して彼は笑うわけでもなく煙草を銜えて吸い込むと、煙を吐き出しながら言ってきた。
「まあ相手が相手だから仕方ないかな。生きて帰って来れただけ運がよかったのかも」
「生きてられるのは運がいいんだよね?」
こちらの問いかけに彼は小さく頷いてくる。
「そりゃあな」
「シーナは死んだ方がマシかもっていってたけど」
彼女の顔を思い浮かべながらスコットに尋ねる。彼は軽く肩をすくめると
「そんなこといってんのか」
「うん」
「しばらくすりゃ立ち直るだろ。あいつ負けた事ないからやたらへこんでるだけさ」
「......そうかな」
「つかお前もそろそろいい加減にしとけよ。空飛んでるときに考えてたら死ぬぜ」
確かに。それはその通りだった。彼の言っていることは単純だ。逆を言えば彼は何も考えずに飛ぶ事を習得しているからその領域にやってこれたのだろう。それは。
逆に自分がいままで目をそらして生きてきていることを指摘されるようでひどく胸が痛んだ。
うつむいて煙草を加えるレオナルドをみて、スコットが半笑いのような表情で行ってきた。
「お前、その性格でよくこの仕事選んだな」
確かに。
本当にその通りだと思う。