Episode 5 : Area 65 line



 考える。
 なるべく自分はあまり考えないようにしながら生きていたが、生きてきてレオナルドは久しぶりに考えるということをしているのだな、と思った。もちろんそれはそうしたところでどうすることができるわけでもないのだけど。
 自分がいま好きなのはシーナだ。彼女がいってしまってから、なにかこころの奥の大切なものをごっそりもっていかれたような、そんな不思議な状態になっている。
 好きだと確認したのは彼女がいってしまってからだったから、もしかしたら幾許かの理想も入っていたのかもしれない。そういった場合久しぶりに再会したときに、「このひとはこんなひとだったっけ?」って思ってしまうということが起きる。それはいままでもそうだ。
 そしてレオナルドがあの病室で感じた気持ちはまさにそれだった。そしてそれが本当にその気持ちからくるものなのか、彼女が撃墜されたことによる心の傷からくるものなのか、区別することができないのだ。
 迷う。
 こういったときになにか頭を切り替えることができる何かがあればよいのだけれど、レオナルドは特にやることもない。夜にならなければ酒場にもあの場所にもいく事はできない。ましてやいまは外出禁止されている状況でなにかできるわけでもない。
 暇。
「あー」
 ベッドで寝返りを打ちながらレオナルドは声にだしてぼやいてみた。どうしようもないことを考えつづける自分とどうしようもないことに対して挑もうとしている自分がどうも憎たらしい。
 生きるのはここまで辛いものか、と思う。
 本当に。




 

 LEONARDO -- Dark Horse
 005






 
 と、部屋のドアがノックされた。
「へい」
 声にだす。ドアの向こうから同僚の声が聞こえてきた。
「アナキンだ」
「入れば」
 ドアをあけて入ってきたのは整備士のアナキンだった。仕事が終わったところなのかつなぎ姿のままだ。整備士だから、というわけではないだろうが彼はこの基地で一番背が高い。少なくてもレオナルドが見てきたトップクラスのメカニックは男女関係なく運動神経が良い人間が多い気がした。
 入り口からこちらを見下ろしてくると卑下するわけでもなく淡々とした口調で尋ねてきた。
「なにやってんだ」
「考え事」
「なにを?」
「悩み事」
「なんだ、期待のルーキー・レオナルド君も悩むのか」
「ひでえ」
「まあそういうこともあるよな。こいよ。下で飲もうぜ」
 どうやら仕事あがりの一杯の相手を探していたようだった。だがレオナルドは寝ながらそちらを見ると軽く首をふった。左手をあげて彼にみえるようにふってみせる。
「ダメだよ。俺、今待機中だし」
「じゃあジュースでも紅茶でも飲めばいいだろ。アルコールじゃないとダメなんていってないさ」
 そういうと彼はこちらのそばまでやってきた。レオナルドが動かないのをみてとるや腕をつかんでくると引き起こしてきた。
「飯どきなんだから付き合え」
「あの」
 本気で嫌がれば彼も連れていくことはしなかっただろうが、正直まんざらでもなかったのでそのまま立ち上がる。とりあえずなにかあればすぐ出れるようにフライトジャケットだけをつかむとアナキンに続いてドアをでた。
 レオナルドたちパイロットと整備士たち技術者、その他の基地の職員が生活している寮は一階部分が共有スペースになっている。食堂、浴室、洗面所等がある。食堂は広く、それぞれの基地には専属の料理人がいる。
 食堂に降りるとアナキンはレオナルドに先に座るよう言ってくると、そのまま食堂の隅に設置されている冷蔵庫にむかい、そこからいくつか缶を取り出した。見ると彼の手にはビール、片手にはサイダーが握られていた。こちらに気を配ってくれたのだろう。視力がいいのでこちらを振り返ってきた瞬間それがわかった。
「ほれ」
「ありがと」
 そのサイダーのアルミ缶を受け取って口をあける。一口飲んでから大きく息をついた。
 アナキンは向かいのテーブルの椅子を引っ張ってきてそこに座ると、大きくビールを煽った。
「で、シーナがどうしたって?」
「は?」
「いや、お前悩んでるのって、それだろ」
「俺、まだひとこともシーナのことなんていってないんだが」
「そうか? だって、お前が病み始めたのってあいつがいなくなってからじゃん。その前は誰かがくるたびに喜んで声かけていたのに」
「ああ、そうだっけ」
 それほど意識してはいなかったのだが、あらためて指摘されると言われた遠りのような気もしてくる。どっちにしてもあまり以前のことに興味ないのだけど。
 窓の外を眺めながらアナキンは笑いをこらえるような顔で伝えてくる。
「そんな彼女作るの必死なのかなって思ったね」
「アニー!」
 テーブルを叩いて半ば悲鳴のような声で叫ぶ。やや声が大きかったか、と思ったが食堂には人がまばらだったのでそれほど問題もないようだった。
 特に驚いたわけでもなく彼は笑いながら手を振ってくると、
「はっはっは。わりぃわりぃ。でもそう思っちゃうよ」
「マジで?」
「マジだ。自重しろとはいわないが、もっとやりかたないんかなーってね。誤解されやすい性格なだけなんだろうけど、それって損だよな」
 そういって彼は再びビールを飲む。それで飲み干してしまったらしく缶を握りつぶした。彼の手が大きいのと握力が強いのであっという間に缶はぺたりとつぶれてしまう。
「お前軽すぎるんだよ。すこし一途に誰かを好きになってみたら......っていってみたらこの有様だもんな。まったくもって性質が悪い」
「悪かったね」
 歯をむいて半眼を向けながら言い返すが、アナキンは悪びれた様子も無くそのまま持っていた空の缶をゴミ箱に放り投げた。そして立ち上がって冷蔵庫から二本目と、今度は軽い食べ物を取り出してくる。
 そして再びこちらの目の前に座り込むと持ってきたそれを目の前に広げてくる。小さなチーズやササミが入った食べ物だった。ひとつをつまんで口に運ぶとそれを噛み締めながらアナキンはさらに尋ねてきた。
「で、他にもいるのか」
「なんで分かるんだよ」
「いや、勘だけど」
 そういうと彼は大きな笑みを浮かべてきた。そして我慢できなくなったかのように身体を震わせて声に出して笑ってくる。
「ああ、やっぱりか。そうだよなあ」
「なにが言いたいんだよ」
 酒が入ったせいか彼はかなり陽気だ。そういう話題を持ち出すのはやはりアルコールのせいなのだろうか。
「うーん。あれかな。とりあえず関わりすぎるなよってことかな」
「なんだそれ」
「サリーみたいにさ、外に友達たくさんいたほうがいいこともある」
「ああ......」
 彼女のことを考える。そして街で言われたあの言葉。
 それを考えたらサイダーを握る手に力が入った。僅かに缶がへこむ。
「なあ、アニー」
「ん」
「もしさ、彼女がホスト通いしてたら、どう思う?」
「彼女って?」
「その、あんたの恋人が、さ」
 厳密にはホストでもないのだけれど、と思う。しかしレオナルドは彼女の職業に相反するものがビジネスとして存在するのかどうかはわからなかった。
 アナキンはビールを口に含むと天井に目をやり、しばらく考え込んでから口を開く。
「あー。どうだろうなあ。想像できないね」
 浮かばなかったのかそれともそういう人間じゃないということなのか。それがどういう意味なのかわからない。それ以上つっこむのもどうかと思えたので黙り込むことにする。
 問いの真意を尋ねてくるかと思ったがアナキンは特に何も言ってこなかった。それがこちらの思っていることを慮ってなのかはわからない。しばらく間が落ちる。
 と。
 不意にアナキンが入り口の方を見た。丁度レオナルドが入り口に背中を向ける形で椅子に座っているので、アナキンの正面に入り口があることになる。不自然に思ってレオナルドも振り返ると、そこにはサーシャが立っていた。
 彼女はこちらを見つけると手を振ってくる。そしてこちらにも聞こえるように大きく声を出して言ってきた。
「レオ、飛んでもらうからきて。第三倉庫前の滑走路で」
 それだけを伝えてくると彼女は踵を返して歩いていってしまう。外に繋がる食堂の入り口から出て行くと、そのまま滑走路の方に歩いていった。
 その背中を見送ったあとレオナルドはアナキンに向き直った。彼は半笑いのような微妙な表情で入り口に顎をしゃくると
「ほら、なにやってんだ。女王様がお呼びだぜ」
 その言葉にかるく肩をすくめる。サイダーを一気に飲み干すと椅子を押して立ち上がる。
「大佐は女王様っていうよりママって感じだけどね。行ってくるよ」
 そういって返すとレオナルドは椅子にかけておいたフライトジャンパを掴んでそれを羽織った。サーシャが出て行った扉から外にでる。やや曇りか。
 本当なら、命がけでもあるフライト。
 こうして普通に出かけてくるといったようにやりとりができるのはやっぱり慣れてしまったからなんだろうな、とレオナルドは思った。

 ++++

 倉庫の前に行くと既に二機の戦闘機が並んでいる。新品のように整備された「ストローク08」で翼が緩いV字形をしている。それは早く離陸するのをうずうずしながら待っているようにその場に確かな存在感をもってたたずんでいた。その周りでは数人の整備士たちがその最終チェックと離陸の準備を急ぎ足で行っている。
 レオナルドがそれに向かって歩いていくとその中の一人がやってきて、こちらに鍵を渡してきた。そして軽い説明を受ける。それを一通り頭に入れると軽く頷いて彼に向かってお礼を言った。
 倉庫前にサーシャともう一人のパイロット、サリーが立っている。どうやら今日は二人でフライトに入るらしい。
 二人に近づくとサーシャが一枚の紙を手渡してきた。
「おつかれさま。さっそくだけど説明するわ」
 それに視線を落とす。簡単な地図が手書きで描かれていた。
「ストックランド・ローズ区の西区に無人発電所があるのだけれど、近辺がエアプロの隠れ基地になっているという情報が入ったの。二人はストックランド・ローズ西区域に飛んで周辺の施設の偵察と、地域のデータの送信をお願い。あと場所が場所だけに敵と遭遇する可能性が高いから常に戦闘に入るつもりでいて。ただし無理はしないこと」
 つまりここに描かれているのはストックランド・ローズ区周辺の軽いメモ書き同然の地図なのだ。よほど急いで作ったのかサーシャのメモをコピーしただけのように見える。だがそれだけでも不思議なほどにレオナルドは鮮明に理解できた。
「なにか質問は?」
「偵察目的でこの機体ですか?」
 隣に準備された二機を見上げながらサリーが口を開いた。そこにあるのは本来戦闘向けの機体であるストローク種の機体だ。この基地にいる人間ならばスコットのようなタイプのパイロットが乗るべき機体でもある。
 その視線を追うようにサーシャも横目でその機体を見上げながら説明してきた。
「これはある意味バージョンアップした機体で、偵察目的の機能を一通り詰め込んでるの。もちろん通常のストローク機に比べたら戦闘能力はわずかに劣るけど差をつけているわけではないわ。他には?」
 ふとそこでレオナルドは思い立った。確かその言われた区域について。サーシャは口に出さなかったが、その区域が一体どういった場所なのかをレオナルドはその瞬間悟った。
 だが口から出てきたのはあくまで事務的な質問だ。
「あそこはエリア65との中立区域だと聞いています。自分たちが介入して問題ないんですか?」
 サーシャと視線が合う。彼女がこちらの意図をその瞬間読み取ったかどうかはわからない。サリーがこちらを見ているのがわかったがレオナルドはあくまでサーシャの顔を半ば睨みつけるように見ていた。仕事の時にする顔に見えればいいが。
「上層部に確認済よ。エリア65のラインが見えてきたらそこで引き返してもらって構わない。ただ、海岸線だから戦闘に入って海に落ちてしまうと救助を入れられない可能性があるの。だから必ず海岸線が見えたら引き返すこと。戦闘の場合も同様」
 それは大切だ。だが、もっと大切なこともある。
 レオナルドは唇を噛んだ。頷きながらあさっての方向に視線をやる。二人がこちらをみていないことを祈った。
 サーシャが手をあげた。説明が以上ということだろう。
「以上。二人共準備して」
 もちろん指令がきた時点で彼女は分かっているのだろう。
 
 その場所が、アビー・アンダーソンが消息を断った場所であることに。


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