倉庫内で渡された道具一式を身につけていると、説明から戻ってきたサリーが隣にやってきた。
「ねえ。なにキレてんの?」
「え?」
そちらを見る。眉の間に皺を刻みながら彼女はこちらに顔を近づけてきた。
「さっきサーシャ見る目、めちゃくちゃ怖かったんだけど」
「そう?」
「うん」
隣でフライトに必要な道具をそれぞれジャケットに取り付けながら彼女は断定するように頷いてきた。なんとなく自覚していたがやはりそうだったのだろう。
「別に、なんでもねーよ」
「嘘だー」
あっさり否定される。そちらに半眼を向けながらレオナルドは大きく息をついた。
「あのな」
「レオナルド君の嘘はすぐわかるんだよ」
「......」
「そうそう、落ち込むのもいいけど、まだ死にたい? いっとくけど、あたしと飛ぶときにそれは勘弁だよ。あたしは死にたくない」
それだけをいうと彼女はヘルメットをとって踵を返して歩き出した。自分より後に来たにも関わらず自分より早く準備を追えてしまったらしい。
「こら、ちょっとまて」
「え?」
レオナルドも急いで身につけるものを手に取ると、最後ヘルメットをつかんで彼女の後を追った。
「誰がお前に迷惑かけるって?」
「だから、レオナルド君が」
「かけるか」
「かけるよ」
「なんでそう言いきれるんだよ」
機体を前にそう尋ねると、彼女はこちらをまっすぐみてきて──彼女と身長は変わらないのだ──はっきりと言った。
「レオがシーナの事で悩んでるから」
「悩んでねーよ」
「うっそだー」
これから命をかけるフライトだというのにも関わらず、サリーはまるで、これからランチに行く直前の歓談の時のように満面の笑顔で明るく言ってきた。それがレオナルドの神経を逆撫でする。
「......こっの......」
「ま、死なないように。がんばろ」
そういうと彼女はこちらの肩を軽く叩いてきた。
そして次のレオナルドの科白を待たずに機体にむかっていってしまった。
その背中をみながら。どこか。
なんだかレオナルドは心の一片がまた、切り取られたような気持ちになっていた。
大抵出処がわからない気持ちがある時はうまくいったためしがないのに。
LEONARDO -- Dark Horse
006
キャノピィを閉じるとレオナルドは大きく深呼吸した。ここでしくじるわけにはいかない。一回一回のフライトがいつも命がけであることはここにいる皆が分かっている。ましてや自分はスコットやシーナのような特別な存在、エースではない。こういった時はしっかり役目を果たすことだけを考えないといけない。
大きく息を吸うと吸気マスクを取り付けた。ヘルメットを被り、手元のスロットルを握る。
エンジンがかかる。燃料良し。メーター良し。
確認を一通り終えたところで機会音声が言ってきた。
『報告』
一度目を閉じる。
『ダクティ、準備良し』
サリーの声が聞こえる。ダクティは彼女のタックネームだ。
瞼を開ける。前方にずっと伸びる滑走路。その横は草原。上にはやや曇りがちの空。
息を吸うとレオナルドは口を開いた。
「ランフォ、準備良し」
スロットルを握る手に力が入った。
ゆっくりと押し上げて、エンジンのパワーをあげていく。
滑走路に取り付けられたカタパルトが軋む音が聞こえた。
さあ、フライトだ。
カウントダウンが後ろで始まる。まずレオナルドの機体、それからサリーの機体。
ゼロになると同時に後ろで弾かれる音がする。衝撃と共に機体がそのままゆっくりとあがっていく。指定されたラインを越えたところでレオナルドは操縦桿を握って一気に引き上げる。
角度を持って、機首を上に。
ピッチアップ。
わずかにロールして角度を変える。隣にサリーの機体がやってきた。
『ランフォ、しっかりね』
「そっちも」
言い返す。下には草原が広がっている。牧場らしく牛が何頭か並んでいるのが僅かに見えた。
そのまままっすぐ。
「場所はレーダーに?」
『このまま南西に五十キロメートル』
サリーが返してくる。彼女の機体が戦闘にたつと、そのまま僅かに右にロールした。
『基地から一番遠い区域だね。誰もいったことないかも」
「了解」
それが偵察機軍団の仕事でもある。未開の土地へのフライトを行うのが偵察なのだ。
方向はこれであっているようだった。殆どまっすぐ。
機体は異常はない。飛ぶにつれて、空の曇りが酷くなってくる。
「雨が振るかもしれない」
『そうだね』
彼女の反応は冷静だった。
フランクフィールド、通称エリア65は盆地になっていて、山地が広大な平原を囲んでいる形になっている。その山間にエアプロの隠れ基地が作られることが多く空軍の基地の中では激戦区となっていた。テロとの戦い最前線と言われる所以もそこにある。
今回目的とするストックランド・ローズ区はその山間の地域を抜けたところにあるようだった。そこで敵の基地と出くわすか、敵戦闘機と出会って戦闘にはいるかすればおそらくやや不利となる。
前方に山が見えてくると同時にサリーの機体が高度を下げ始めた。レオナルドもそれに続く。
『抜けるよ』
山間の入り口にはいる。断崖絶壁が続く急斜面の山々で、その直前には大河が割っているため一般人は船を使わなければ山地の方にはいることができない。レオナルドとサリーの機体は大河の上を飛行すると、そのまま山地の上空にはいった。
無線をいれる。
「中央プライム、地上データを送信します」
サリーとレオナルドの機体から発せられたデータが暗号化されてデータとして基地に送られる。そこから中央の空軍本部に送られ、敵基地の状況を分析することになる。
操縦桿を握るとわずかに高度をあげた。エレベータアップ。サリーが続いて高度をあげる。山間を抜けると再び平原。そして右手に海岸線が見えてきた。
その海岸線に通じるように建物がまばらに並んでいる。これがストックランド・ローズ区域だろう。海岸線が見えることからここが西区であることは間違いない。
『ダクティ、無人発電所はどっちだろう。このまま真っ直ぐ?』
「わずかに十時の方角ね。先頭いくわ」
サリーがスピードをあげる。そのままこちらの前方を斜めに横切ると十時の方向へ高度をさげた。レオナルドもそれに続く。
ストックランド・ローズ区域もフランクフィールドと同じ農村地帯のようだった。放牧地が広がっていてたまに建物がみえる。
『ステルスモードに変更』
機械音声が伝えてきた。自動的にこの区域にはいるとそうなるのだろう。元々ステルス性が高い機体だから問題ないだろうが、さらに万全を喫すためといったところだろうか。
しばらく飛んでいくとやがて大きな建物が見えてきた。街からわずかに離れた場所に立っている巨大な発電所。それの原料がなんなのかまではレオナルドはしらないが、まわりに人の姿はみえない。しずかにそびえ立つその建物は特になんの問題もないように見えた。
『みつけた』
小さな声。その上を二人の機体が通過すると同時に手元のレーダーに正体が分からない機影が現れた。
「逆じゃない?」
エレベータ・アップ。続けてスロットル・アップ。エンジンをあげてスピードをあげる。こちらの動きにサリーがついてくる。そのまま上昇していうちに発電所、そしてその隣の建物がはるか下方を抜けていく。続けてスピードをあげると後方から三機、こちらのあとをつけてきた。
「味方じゃないね」
『賭けてもいいよ』
彼女の言葉にあわせてレオナルドは機体をピッチアップ。そのままインメルマンターンに持ち込むとわずかにロール。方角を変えた。
『ランフォ、戦う?』
「いや、戻ろう」
元々戦闘するためにここにきたわけではない。わずかに予定とはずれる上海岸線の方角まで見ることができていないが発電所近辺のデータを送ることができたのだから任務としては上出来だろう。そのまま高度をあげていくと斜め上にも敵を見つけた。
それは、自分たちが行く方向。
「やばい」
『なにが?』
「距離はあるけれど二時の方角に敵機がいる。こっちは四機だ」
『ははあ、これは、ひょっとして』
「俺たち、はめられてたかもね」
それだけを伝えるとレオナルドは再び操縦桿を握った。真っ直ぐいくと三機、さらに右上から四機。
「誘っておいて撃墜する気なんだろう。連中戦う気満々だ」
『逃げる?』
「まあ、そういわれているからね」
操縦桿を握り締める手に力を入れると、右手でスロットルを引く。そのままロールしてスプリットS。
「ダクティ、海岸線沿いに逃げれば戦闘さけられると思う」
『方角からしてそうね。でも追ってくると思うよ』
「見れない方向も偵察できて都合よいかな。ただ、出すぎるといけないな。誘い込まれていたらもっと敵がでる可能性がある」
『これって、賭けよね』
「ま、そうなるな」
こちらの後ろにサリーが着いてくる。二人がスピードをあげるとまず間近の三機が距離を縮めてきた。もうすこしで空対空ミサイル射程距離に入る。
レオナルドはさらにスピードをあげる。サリーが着いてくるのを確認してから無線を投げた。
「ダクティ、海岸線に向かおう。そのまま浜辺にでたら三時の方角にヨーイング。そのまま離脱するのがいいと思う」
『戦闘避ける意味ではそうかもね。撃墜は?』
「それは最後の手段」
スロットル・フル。そのままエンジンを吹かしてエレベータ・アップ。二機はストックランド・ローズ区域を一気にぬけた。
はるか下に建物がまばらに見える。雲が質量を増してきたのでその中にはいる。そのまま上昇。
『見えなくなっちゃうよ』
「ぎりぎりだ」
遥か下方を眺めながらレオナルドは口を開いた。そして海岸線を見えると同時に舵を切った。
「いくぜダクティ! 離脱だ!」
そのまま右にヨーイング。と同時にロールして高度を下げていく。雲の丁度真ん中を切るように二機はそのまま海岸線に飛び出した。
スロットル・フル。続けてリヒート。
二機のエンジンが震える。赤い炎を吐き出しながら速度をあげる。
メーターが一気にあがった。マッハ1を指す。
音速に入る。
このまま行けばこの区域はあっという間に抜けれるはずだ。
レオナルドは確信した。
撒ける!
『逃がすと思うか?』
二人の機体に通信が入る。
操縦桿を握っているレオナルドに思わず戦慄が走った。
それは彼女も同様。
『ねえ、これって』
それだけ。音速のリヒートの中に音が消える。
レオナルドがそのとき右舷を見たのは殆ど感覚と言って良い。
見慣れた機体が、そこにいた。
僅か数十メートルも離れていないところを並走する敵機。
ここまでくるまで近づかなかった理由がわからない、が、その姿はレオナルドにしっかり目視できた。今の空軍にとって何より恐れるべき相手。
黒の機体。そこに描かれた白い肉食竜。
音速でも見分けられるその模様は、明らかにこちらの記憶を呼び覚ます。
「エバンテ......!」
呟く。
彼が、敵にいる。
『逃げられるとでも思ってるか? すぐに楽にしてやるぞ』
こちらに声を浴びせる彼の低い声音は二人にとって死刑宣告に等しい。
リヒートを続けても恐らくエバンテは着いてくるだろう。
「ダクティ! リヒート中止! 上にあがれ!」
『え、なんで?』
「相手はエバンテだ!」
無線に向かって叫ぶ。レバーを下げると同時にエレベータ・アップ。レオナルドは一気に空中にあがった。
だが、彼に気を取られているのが命取りになる。
そこには、敵が三機。
「くそ!」
舌打ちする。サリーからの返答はない。
無線をいれる。ここならエリアぎりぎりだ。届くはず。
「プライム、敵機に包囲された! 戦闘にはいる!」
ロールして右へ。三機相手に戦闘を行うのは初めてだ。
しかし、やるしかない。
そのときレオナルドの頭からは、この場所が何の場所か、ということは既になかった。
アビーが消息を断った場所であり。
ロウン隊が全滅した区域であり。
様々な因果が縺れる場所だということに。
だがこの瞬間自分たちに因果など考えている暇は無かった。