Episode 11 : Ace arrived



 書類をまとめていると、不意に電話がなった。キーボードに文字を打ち込んだ後着信元を見る。
 軽くため息をつきながらそれにでた。
「オペレイター?」
「フレミングだけど」
 思わずめまいを感じながら小さく頷いた。
「ええ。お久しぶりです」
「二人からの報告は?」
「ありません。大河をこえてからが最後です」
「そう。でもライアンからあったんだろ?」
「ええ」
「なんて言ってた?」
 決してくらい声ではない。まるでこちらを攻める気がないかのように。解決策を淡々と練っていながらその奥で考えていることをまったく悟らせない。
 一息ついてから、続けた。
「一人だけ、預かっていると」
「じゃあもう一人は撃墜されたのかな」
「今の時点では確証はありません。民間の施設に保護されているかも」
「あそこはほとんどがエアプロのフロント企業や子会社で成り立っているはずだよ。空軍のパイロットを匿ってくれる場所なんてないだろう」
「ですが......」
「二人の機体は行方不明なんだ。いい?」
 黙り込んだ。どうすることもできない。しかしこれ以上あの場所だけに集中して部下を死なせるのでは通常の任務が生半可になる。
「次長。しかし」
「落ち着きなよ」
「落ち着いてます」
「いいかいサーシャ。僕は彼らを行方不明にはするといったが、捜索しないとは言ってないよ。機密扱いになるから、この件については君の手から離すことにしよう。そしてこちらから任務にあたるパイロットを送る。君は通常業務に戻ると同時に、そのパイロットのサポートをよろしくね」
 その言葉を聞いて思わず目を閉じる。喉をならしながら嫌な予感を飲み込む。
「次長。まさか」
「まあまあ、任せておいて」
 そういう彼の声はひどく軽い。
 それは心強いときもあれば、どう反応するべきかわからなくなることも多かった。




 

 LEONARDO -- Dark Horse
 011
 
 
 





 気づけば、レオナルドがここに保護されてから二週間が立っていた。
 時が過ぎるのはあっという間だ。
 
 とはいえ、レオナルドはなにか特別なことをしていたわけではない。手近にある本棚に重なっている本を読むか、絵を書くか、足が使えないので部屋の中を無闇に歩き回ることもできない。食事はエミリーが運んできてくれるし、生活に必要な施設も大抵二階にそろっていた。それに必要になればエミリーが持ってきてくれることもあったから生活には困ることはない。
 レオナルドの左足はだいぶ治ってきていて、ギブスも簡単なものになってきた。松葉杖があれば大抵のところに行けるくらいにはなってきている。
 それがうれしかった。機体がどうなっているのか知る由もないが、もうすぐ戻ることができる。とりあえず一人で息苦しい場所にいることとはおさらばだ。
 ふと、サリーのことを思い出す。
 数週間がたったとはいえ、彼女のことを考えると胸が締め付けられるように痛んだ。あれは明らかに自分の過失だ。それをかばう形で彼女は海へ消えたのだ。
 どちらにしてもどうやって彼女の婚約者に話すべきだろう。そもそもその相手を自分は知らない。そんなことを考えるとますます憂鬱になってくる。
 息をつくと松葉杖をついた。そして前に進む。ある程度体重をかけても痛みが走らないのはやはりある程度治ってきた証拠だろう。それがすこしうれしくなる。しばらく歩いて、体重をかけても大丈夫そうだったので松葉杖なしで歩いてみたが、問題なさそうだった。
 だが今がちがちに固められているのでとりあえず杖を使う。廊下を歩いた。どこにいくというわけでもなく、ただ。
 床がきしむ音と自分が前に進む足音が聞こえてくる。階段の隣まできてレオナルドはその下をふとみた。
 と。
「よお。治ったか」
 ドク。
「二週間ぶりかな。エミリーはちゃんと交換してくれてたか?」
「ええ」
「そりゃよかった。お前の機体も治ってるからこいよ」
 ぴたり、と動きをとめる。
「え?」
「試験しないと飛べないだろ。お前も、機体も。テストするから来い」
 それだけをいうとドクは下に降りていった。呆然とその背中をみながらレオナルドは自分の胸が鳴るのを感じた。
 それは歓喜からくるものではない。きっと初めて乗せてもらえたときのような興奮があるわけではない。今更それがよみがえるわけでもない。
 そこで浮かんできた感情は強烈な不安だった。
 膨らんだそれが緊張を呼び、すぐに胸を一杯に満たした。
(なんだ?)
 頭に疑問符を浮かべながらレオナルドはそこに立ち尽くした。


 とりあえず準備らしい準備もすることができなかったのでその服のまま下に降りていくとエミリーが階下に立って待っていた。
「やあ」
「お疲れ。テストがんばってね」
 それに向かってうなずく。そのこちらに対してどうというわけでもなく彼女は淡々とした表情でこちらを見上げてくると。窓の外を背中越しに指差しながら無表情で伝えてきた。
「案内するからついてきて」
 それだけをいうとこちらに踵を返した。置いていかれないようについていく。
 その後ろをしばらくついていくうちに、レオナルドは彼女の歩く速度が自分より早いことに気がついた。しいていうならば遠慮がない。いつも通りといった様子だ。
 さすがに置いていかれるのは心もとないので彼女の背中に声をかけた。
「待ってくれよ。早いよ」
 するとエミリーはこちらを振り向いてきてーー半ば睨みつけるように、レオナルドの顔を見返してきた。
「病弱きどってんじゃないわよ」
「そんなこといわれても」
 頭上から巨大ななにかに押しつぶされるような感覚に陥りながら、レオナルドは彼女にそれだけを返した。足を指差して早く歩けないことを告げると、エミリーは鼻で笑いながらそれをあしらってきた。
「それ、全快してるわよ」
「マジで?」
「そう。だからドクもテストしようとしてたんじゃない」
 あっさり彼女は言ってくる。それに困惑しながらレオナルドは口を開いた。
「なんであんな時間かかるっていったんだよ!」
「ドクがね、そういえって」
「なんでだよ」
「さあ......?」
 それだけを言ってくると彼女は再び前をむいて歩き始めた。レオナルドは今度は松葉杖ではなく両足に体重を乗せるようにして歩いてみた。杖でわずかに軽くしながらだいぶ歩けるようだった。
 気づけば彼女はとある扉の前で立って待っていた。廊下はずっと一本道だったから迷うこともなく、扉まで行き着くことができた。
 こちらが隣までくるのを待ってから、エミリーはいつも通り平坦な口調で言ってきた。
「ドクがいるわ。中にはいったら、それ外してもらって」
「あのさ」
「なに?」
 迷惑そうな顔でこちらをみてくる。表情が無表情か気難しい顔しかしないので不機嫌なのかと勘違いしてしまう。
「なんか俺、悪いことしたかな?」
 その科白に彼女の表情が変わる。それは注意しないと気づかない程わずかな変化だったが、その視線に侮蔑の光が含まれていることレオナルドは気づいた。
 その口がすこし開いて小さく伝えてくる。
「別になにも」
 そういって彼女は踵を返し、廊下を歩いていってしまう。その背中をしばらく見つめた後、そのままでいるわけにもいかないのでとりあえずレオナルドは扉を開いて中に入った。
 そこは様々な工具や道具、装置がびっしりと並んでいた。回線でつながれたコンピュータがラックに入れられて並んでおり、その奥の机につなぎ姿で彼は座っていた。
 薄汚れた姿だがそれは機械油や煤だ。設計をするなら図も書かなければならない。メカニックは大変だな、とつくづく思う。
 その背中を眺めていると、彼はこちらを振り向かずに言ってきた。
「そこに座っててくれ。すぐ終わるから」
 どこに、と聞き返そうかと思ったが余計なことをいうとまた怒られそうなのでやめた。そもそも座るところが、という以前に足の踏み場がない。
 しばらくしてから彼はこちらを振り向いてくると、片手に救急箱を持ちながら近寄ってきた。
「お待たせ。足は不便か?」
 がちがちにかためられたそれをみる。レオナルドは小さく頭を振った。
「いらないなら外してよ」
「そうだな」
 あっさり手を伸ばしてそれを外してくると、ドクは手を招いてきた。
「こっちだ」
 彼が案内してきたのは部屋のさらに奥にある扉だった。そこに行くとドクは扉を開き、レオナルドを中に招き入れた。自身も体を入れると扉を閉める。
 そこは四方が四メートル程度ある正方形の壁に囲まれた真四角の空間で、部屋の端には縦に長い大きなユニットバスのような長方形の穴があった。壁と天井は白く塗りつぶされており、床は黒いラインが入った四角模様になっている。
 ドクはドアの隣にある机にラップトップを置くと、その脇にあるスイッチをあげた。そして呆然としているレオナルドを尻目に、取り出した箱を渡してきた。
「着替えな。フライト準備」
「え?」
「だから、飛ぶときの準備」
 わずかに眉をひそめながら、だがその口は笑っている。
「まさか二週間やそこらで忘れたとはいわせねえぜ? 少尉?」
 どこか恐ろしい笑みにそれは見えた。あえて例えるなら、そう。
 小さく頷く。
「そんなわけないじゃん」
 急いでその箱をあける。フライトスーツとジャケット。マスク、ヘルメット、自分のライセンス等墜落したときになくしたものがすべて入っていた。
 その中身をみて動きを止める。だが、すぐにドクが背中を押してきた。
「向こうの部屋で着替えてこい。すぐに始めるぞ」
 あのとき無くしたものがものだけ、であったならどれだけ楽だろうか。
 そのことにレオナルドが気づかされるのにそれほど時間はかからなかった。

 ++++

 同じ頃。フランクフィールド基地。
 連絡を受けたサーシャは管制塔まであがってきていた。
「レイン? いる?」
「はいはい。いますよ。大佐」 
 そこで様々なレーダー機器を扱っていた管制官ーーレインは管制塔にあがってきたサーシャを見上げていつも通りのへらっとした笑いをしてきた。スコットと同期の女性管制官だ。短い黒髪でレーダー室で平気で喫煙するような女性だが、すこぶる腕はいい。
「うち以外のそのパイロットから連絡はきた?」
「ええ。もうすこしだそうです」
 そう答えてくる。それにたいしてうなずきながらサーシャは彼女に対して買ってきた缶コーヒーを渡してやる。
「あれ? いいんですか」
「ええ。たまにはね」
「ありがとうございまーす。いただきます!」
 うれしそうにそういうとレインは缶をあけて口に含んだ。
 と、その瞬間。
 管制塔の脇すれすれを漆黒の機体が通り過ぎていく。
 もうすこしで激突するのではないかというくらいの距離である。衝撃で窓ガラスがびりびりと振動し、吹き付けた強烈な空気の波が管制塔を揺らした。
 それから遅れてジェットエンジンの爆音が二人の耳をつんざく。
「げぼっ!」
 ちょうどコーヒーを口に含んでいたレインが轟音に驚いたのか思い切りそれを吐き出す。サーシャは耳を押さえたがそれでも近距離で聞くエンジン音はかなり大きく、突然晒されればかなり心臓に悪い。もちろん口に何かを含んでいれば......
 コーヒーをだらだらと口からこぼしながら、レインがマイクに向かって怒鳴りつけた。
「チッキショー! この馬鹿野郎! ちゃんと着陸ルートは守れ!」
『ははっ、挨拶挨拶。気にしないでよ』
 明るいその声ーーと機体は管制塔を超えた遥か遠くでヨーイングし、そのまま左旋回したあと滑走路に向かってくる。もちろん当初の予定とは全然違う滑走路だ。
 その様子を眺めながら、サーシャは大きく息をついた。
「またしかし、ずいぶんと厄介なヤツを送り込んできてくれたこと」
 そういって部屋のドアに向かう。
 後ろではレインがマイクに向かって罵っていた。

 管制塔から下に降りると、ちょうどパイロットが機体から降りてきた所だった。サーシャはその相手をみて腰に手をあてて大きく息をついてみせる。
「やってくれたわね」
 目を細めてこれから説教するとばかりに相手を睨みつける。
「他の基地なら減俸ものよ。どうしてくれるの」
「あんなの挨拶だよ。悪ふざけしてみたくなっただけ」
「何事も限度があるのよ」
「知ってるって。ごめんってサーシャ」
 相手は少尉で、自分より階級が下だ。にもかかわらず敬語を使わず、何ともないとばかりに答えてくる。
 黒い前髪をかきあげるとそのままついでとばかりに敬礼のポーズをとってみせてきた。
「アザミ・クエンフィールド少尉、ただいま着任しました」
 


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