Episode 16 : in a split second



 空を見上げると、巨大な爆撃機と戦闘機が飛んでいくのが見えた。数えきれない数の戦闘機が飛んでゆく。
 その方角は明らかにフランクフィールドだった。

 アザミは舌打ちしながら、吸おうと手に持っていた煙草を握りつぶした。

 LEONARD
 Dark Horse 16

 その轟音にレオナルドは目をさました。くるまっていた寝袋を捨てながら立ち上がると、上を見上げる。
 アビーの機体と、その上の屋根、さらにその上から聞こえてくるそれは地面とレオナルドの体を揺らしてきた。
 立ったまま屋根を睨みつけていると、横から声がかかった。
「準備はいい?」
 そちらに視線を移すと入り口に寄りかかった姿勢で、昨日と変わらない格好のアザミが立っていた。どこに泊まっていたのだろう。恐らくはドクに一室を借りていたのだろうと予想を付ける。
 こちらの格好を頭からつま先まで一通りみてくると彼女はにやっと笑い、それからドッグタグを投げてよこしてきた。手をあげてそれを受け取る。
 それをみると昨日レオナルドが奪われたものだった。
「腐ってないようで安心した。いくよ。弱虫くん」
 それだけを伝えてくると彼女はこちらに踵を返して歩いていく。
 その背中を見送りながらレオナルドは再び天井を見上げた。
 まだ、自分はいけるのだろうか。
「誰が弱虫だよ」
 小さく呟いてみる。
 それがアザミに聞こえたかどうかはわからない。

 
「それじゃ、出すぞ」
 そういうとドクは手元にあるラップトップで機体の操作を開始した。少しの間を置いて工房の扉が開き、修繕された元アビーの戦闘機が姿を現した。それは工房兼格納庫の裏に設置されていた滑走路にでてくると離陸できる位置に止まる。
 その隣には既にアザミの機体もスタンバイされていた。それをみながら彼女は小さく笑った。
「それじゃ、いきますかね」
 彼女が戦闘機に向かって歩いていく。ドクはその背中を見送りながらレオナルドの肩を叩いてきた。
「せいぜい守ってもらいたまえ」
「なにいってんですか」
 言い返す。それから一度だけ彼女の背中を見た後、レオナルドはドクに視線を戻し、
「機体をありがとう。あと色々」
「気にするな。仕事だから」
 彼はそういうとにっと笑った。そして機体の鍵を手渡してくる。
「生きて帰れ。レオナルド」
 その言葉はいままでのどの言葉より重く感じられた。渡された鍵を握り閉めると、どこか新しい自分になれるような気さえした。完全に。とりとめもなく。
 遠くを見る。滑走路の先は海、海の上は青空だ。
 
 さあ、出発の時間だ。

 ++++

 機体に乗り込むとレオナルドはマスクをつけた。キャノピィをわざとゆっくりと閉じると、大きく深呼吸。そして手のひらを縦に振って準備万全であることを二人に告げる。
 滑走路の前方でドクとエミリーがこちらを見ているのがわかったからだ。
 小さく頷いてみせるがそれが彼らに見えたかどうかはわからない。

 エミリーが手をあげてきた。その指を三本たてて。
 手元のレーダーを確認。エンジンをかける。
 彼女の指が二を示してくる。スロットルをあげると機体のエンジンが大きく唸る。黒の翼が大きく風をきるように揺れる。
 隣ではアザミの機体が同じく飛行体制に入っていた。
『幸運を。外すぞ』
 ドクのその無線と同時にエミリーが親指を立てた。その瞬間一気に二人の機体は一気に前方に押し出された。それと同時にリヒート。
 速度があがっていく。前方に見えるのは海面と滑走路の終わり。
 
 そして、空の始まり。
 二人の機体は一気に空に押し上げられた。前をみると青空に向かって進んでいくのを感じる。
 フラップアップ。
 高度を稼いだあとわずかにヨーイング。研究所を見ようと振り返ったが視界には入らない。
『感覚はどう?』
 と、突然無線が入ってくる。アザミからだ。
「問題ないよ。ビックリするくらいしっくりくるんだ」
『そう、それはよかった』
 アザミの機体がシックスティーンポイントロール。方向を変えるのかと思いきや彼女はそのまま360度ロールしながらこちらの頭の上を飛んでいく。そして斜め前につくと右へヨーイングした。
 危険な飛び方だ、とレオナルドは思った。おそらく飛行マニュアルにはない飛び方かもしれない。そのままジェット気流に巻き込まれれば命はないだろう。
 だがそんなことは関係ないとばかりに彼女は軽い口ぶりで伝えてきた。
『着いてきて。出口まで案内する』 
「了解」
 彼女に合わせてロール。レオナルドのロールは方向転換に使う程度のものだ。そのまま高度を保ちながら方角を定める。
 サリーとやってきた場所と同じ景色がそこにあった。しばらく機体に触ってなかったが、ドクの訓練プログラムのおかげか、それほど久しぶりという感じはしていない。逆にその自然に入っていける感覚がレオナルドの不安を冗長させていた。このまま戦闘に入ったらどうなるか。これから行く先は敵戦闘機が大量にいる戦線になるというのに。
 こちらのその不安を知って知らずか、アザミがこちらに声をかけてきた。
『そういえばさぁ、あんたタックネームは?』
「タックネーム?」
『そ、呼び合うとき不便でしょ』
「一緒に戦う? ここから先そんなことあるのかい?」
『あんたあたしがいないと生き残れないでしょ。結構ハードだよ。ここから先』
 失礼な、とも思ったが実際彼女の存在は頼りになる。何かあったときのために教えあっておいて不便はないだろう。
 それこそ、地上にいたときにやるようなものなのだが。
「ランフォ」
『そ。あたしはディーノ。守ってあげるから遅れないように』
 どうも子供扱いされているような気がしてならない。素人扱い、とでもいうのだろうか。
 エースではないのは確かだが、レオナルドも一応フランクフィールドのパイロットだ。スコットやホールのようにベストオブベストの一パーセントではないにしろ中の上程度に入る自負はある。
 と、斜め前方に三つの機影を発見した。
『敵機発見。コード090に設定するよ』
 先にアザミから通信がきた。
「三機で間違いない?」
『よくできました。山間部の対空エリアに入るにはあいつら撃墜が条件ね』
 そういうとアザミの機体は一気に加速。速度を800まであげてきた。レオナルドも負けじと続く。
 こちらにむかってミサイルが放たれてくる。空対空ミサイルだ。レオナルドが離脱しようとした瞬間アザミがそれにミサイルをロック、空中で撃墜した。
『一機よろしく』
 それだけを伝えてくると彼女は速度をあげていく。
 高速で頭すれすれを飛んでいく敵機。
 シャンデル。方向を変える。
 アザミはそのままスピリットS。
 敵は横にヨーイングしたところだった。こちらに二機。アザミ方向に一機。
 計算違いだがどうってことはない。眼前にいた敵にミサイルをロックする。
「みてろ」
 口の中だけでつぶやく。
 わずかにロールしてサイドスリップ。照準を定めるとミサイルから機銃に変えて敵機に向かって放つ。
 敵の右エンジンが煙をあげるのが見えた。だがまだ浅い。
 敵機が眼前を横切る。それを追いかけるように方向転換。ピッチアップ。エレベータダウン。
 ミサイルをロック。
 敵がフレアを使ってくる。そのままロールして斜め上へ急上昇。バレルロール。
 炎をかわすように舵を切る。
 機体は驚くほど軽かった。誰かが守ってくれているかのように。
 抜けきると相手の尾翼は眼前。ミサイルから機銃へ切り替えると放つ。
 今度は逆側のエンジンを破壊。
 動力を失った敵機がバランスを失い、黒煙をあげながら落ちていく。下は海だ。
 助かる見込みはないだろう、とレオナルドは思う。
 刹那。
 背後に敵機が迫る。
<ミサイルロックオンされています>
 機会音声が伝えてくる。唇を噛むとフレアのスイッチをあげる。
 ロールしながらかく乱フレア。
 さらにバレルロール。
 ピッチダウンして高度をさげる。相手はしつこい。
 刹那。
『ランフォ、減点1』
 通信がはいる。アザミだ。
 彼女が突然レオナルドの後方に現れる。敵機のさらに後方。すでに自分の相手は倒したということなのか。
 次の瞬間にはアザミの機体から放たれた機銃が敵の機体を破壊していた。爆発炎上した敵機がそのままぐるぐる回りながらこちらの横を落ちていく。
『フットボールだったらイエローカード物だよ』
「あー」
 ジョークが通用しないわけではない。でも彼女の指摘はもっともだった。一機だけに集中しすぎたのだ。
「うん。助かった。ありがとう」
『今のは前戯。本番はこれから。次はないよ』
 そういうと再びエルロンロールしながらこちらの上を超え、それから彼女は速度をあげた。レオナルドも負けじと続く。
 その先にあるのはフランクフィールドとスコットランド・ローズ自治区を隔てる危険空域。そして対空地帯。
 入るより出るほうが難しいのだろう。
 まだ終わっていない。アザミの言う通り、始まりはこれからなのだ。


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