Episode 14 : Evantie and Deinonychus



 教会をでたところでレオナルドは思わず立ち尽くした。
 眼前の墓地に、この敷地内で予想できない人間が立っていたからだ。
「ホール......」
 唖然としながらレオナルドはその名前を口にした。こちらの声がきこえたかどうかはわからないが、彼はこちらを見てくることなく、眼前の墓に視線を落としている。
 彼は持っていた花束を丁寧にそこに置くと、その墓標を眺めている。
「ホール!」
 レオナルドが再び叫ぶと、そこで始めてこちらに気づいたかのように彼はこちらを見てきた。
「ああ、お前か」
「ああ、じゃねえよ! なんでここにいんだよ!」
「墓参りさ」
 彼はそういうと煙草を取り出して口にくわえて火をつけた。なんでもないようなその態度にレオナルドは思わずかっときて彼に殴りかかる体制をつくる。
 半ば早足で彼のもとににじりより、さっきより大きな声で叫びつける。
「サリーとカテリーナを殺したくせに!」
「誤解」
 煙を吐き出して小さく小馬鹿にするように息をしてくると彼はそう言った。
「カテリーナは自爆だ。お前もみただろう」
「内通者はお前だろうが! ニステルだって同じなんだぞ!」
 こちらのその科白に彼はやや迷惑げに吐き捨ててきた。
「実力が無かっただけだろう」
 その言葉にレオナルドは返す言葉を失う。ぐっと喉まででかかった言葉を飲み込み、拳を作った。そのこちらの様子をみて彼が目を細める。パイロットとはいえ彼とレオナルドの体格の差は歴然で、彼のほうが身長もレオナルドより二十センチほど高い。
 空の戦いは命をかけた戦いなのだ。
 
『そういう問題じゃない!』
『この人殺しめ!』

 そんな言い訳は通用しない。空で相手を撃墜する、それは人を殺すということと同義なのだから。それをいちいち気にする方がおかしい。
 だからそんなことはいまさら仕方が無い。それはレオナルドもわかっていた。
 こちらを半ば馬鹿にする視線を向けながらホールは言ってきた。
「殴ってみろ」
 そして続けてくる。
「だが殺すなら空だ」
 生かさない、ということを言っているのだ。
 誰かの科白を思い出す。
 と。
「それはあたしの科白」
 横から澄んだ女性の声が聞こえてくる。
「お久しぶり。エバンテ」
 さらに思いがけない人物が立っていることにレオナルドは言葉を失う。彼女は持っている煙草に火をつけながらこちらを見てくるとにやりと笑ってみせてきた。
 唖然としながらそちらをみやる。
「あ......」
「レオナルド・カー少尉。連れ戻しにきたよ」
 紫煙を吐きながらそこに立っていたのはアザミ・クエンフィールド少尉だった。最後に会ったのがだいぶ前だった気がする。髪が少し伸びたか、その程度だ。
 それに対してホールの台詞も素っ気ない。
「ちょうどよかった。手間が省けるな」
「何?」
「殺す手間、ってことでしょ。よくいうわ」
 煙草を投げ捨てながらアザミは素の台詞を鼻で笑ってきた。
「あんた何したか自分でわかってんの? エバンテ」
「地上にいるときにその名前で呼ばれるのは気に食わないな」
 そういうとホールは煙草を携帯灰皿に押し付けて消した。墓標に踵を返すと倉庫に向かう道を歩き出す。その彼に対してアザミは穏やかではない。
「とりあえず、出て行ってくれる? 顔みたくない」
「いわれなくとも」
 同感だ、とレオナルドは思った。そう短く返すとホールはあっさりと歩き出した。そして途中アザミの横を通りすがるときに呟くような声で恫喝してきた。
「次はないぞ」
「それはあんただ」
 アザミも負けずに返す。敵意をぶつけながら二人はすれ違う。その瞬間、その二人と自分との差をレオナルドは感じた。巨大な、二人と自分の間に立ちはだかるなにか。
 彼がその場を去るまで、アザミは彼の背中を睨みつけていた。それが見えなくなると今度はこちらに視線を移してきた。
「帰るよ。レオナルド」
「え」
「フランクフィールドに、あんたを連れて帰ってこいって」
 先ほどの険しさはやや弱まったものの、鋭さを残したその視線は刃物の様にレオナルドを貫いた。
「でも、俺」
「でも?」
「まだ......その......色々と準備がさ」
「アホか」
 アザミは大きく息をつくとこちらに踵を返した。
「そんなんじゃシーナに苦労かけるわけよね」
「......シーナ関係ないだろ」
 その科白に一瞬動揺しながら叫び返す。だがアザミはこちらの言葉などまったく意に介さない様子でそのまま歩き始めた。レオナルドも急いで彼女の後ろを追いかける。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              「そもそも機体も仕上がってないのにどうやって帰るんだ?」
「あたし二人乗り戦闘機で来たからそれに乗れば?」
「敵に襲われたらどうするんだよ?」
「あたしがやるよ。あんたレーダー員やりなよ」
 そのとき彼女が浮かべた笑みが示すのは絶対的な自信だった、
「信用ならない? あそう。まあべつにいいけど」
「そんなこといわれてもなあ......」
 レオナルドは後ろ頭をかきながらアザミとともに工房に戻っていく。といってもアザミが先頭を歩き、レオナルドはその後ろをついていっているだけだったが。
 道を歩いていくと建物の後ろで聞き慣れた轟音が鳴り響いた。おそらくホールが飛び立ったのだろうと予想をつける。あちらにはいったことなかったので知らなかったが、どうやら工房越しの向こう側は滑走路になっているようだった。
「行ったみたいね」
 エンジンの轟音と共に飛び立って行く彼の機体を睨みつけながらアザミは呟いた。
「うん」
 行ったみたいね。
 彼女の口から漏れたその言葉をレオナルドはホールの機体を見つめながら噛み締めた。きっと次に空で会ったら撃墜する気で眺めているのだろう。
 彼がここにいた本当の理由は知る由もないが、次に遭遇するときは確かに命を奪い合う時というのは間違いないだろう。この近辺を彼が縄張りにしているとしたらその可能性は非常に高い。
 茫洋と空を眺めていると、アザミが突然近寄ってきてこちらの胸に手をのばしてきた。
「わ」
 そしてそこにかけていたレオナルドのドッグタグを取り上げた。そしてそれを自分のポケットに入れるとそのまま踵を返して歩き出す。
 その突然の所為にレオナルドは思わず声をあげた。
「おい!」
「明日まで待つわ」
 彼女はそういってくると新しい煙草を取り出してそれを銜えて火をつけた。
 煙を吐き出しながら鋭い目つきでこちらを睨んでくる。
「それまでに準備できなかったら、サーシャには死んだって伝える。カー少尉は死亡したってね」
「なっ......! そんな勝手すぎるだろ!」
「だったらさっさと準備すませてきなさいな。女々しいこと言ってないでさ」
 そういうとアザミは煙を再び吐き出しながら颯爽と歩き去った。あんまりすぎるその対応に、その後ろ姿を追いかけることはレオナルドにはもうできなかった。
 明日まで? エバンテが飛んでいるかもしれない空域を、エアプロの領域を、とことん自分勝手なパイロットと共に飛ぶなんて出来るはずもない。
「おい待てよ! アザミ!」
 だがこちらの呼びかけなどもう知らないとでもいうように、アザミは工房の中に入っていってしまった。呆然と立ち尽くすレオナルドに、さらに追い打ちをかけるように後ろから声がかかる。
「ねえ、レオナルド」
 エミリーだ。そちらを振り返るといつの間にいたものか煙草の吸い殻を持った彼女が協会の入り口に立っていた。
「ここ、ポイ捨て禁止なんだけど」
 アザミが捨てたものだ。
 レオナルドは急に頭痛を感じた気がして、額を押さえた。



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