Episode 18 : fantasma



 包帯が巻かれた手で紙飛行機を折ると、眼前の白い壁めがけて滑空するように放り投げた。
 力が入らない。
 弱い動力しか与えられなかったそれはよろよろと動くと壁に当たる前に床に落ちた。
 開いた窓から空をみる。

 ああ。
 今日はちょうど良い日だ。


 
 LEONARD 018
 Dark Horse

 
 エバンテが急上昇。レオナルドはそれを追った。
 なんて速い機体だろう。
『ランフォ』
 スコットから連絡が入る。
『単独交戦を許可する。ただし生きて帰れ。必ずだ』
 思わず笑ってしまう。笑みをうかべるとレオナルドは見えない相手に向かって頷いた。「了解、大尉」
 エバンテが緩やかなカーブを描きながら高度をあげていく。その後を追いながらレオナルドも高度をあげた。
 ダンスパーティは遥か下。機影が次々と減っていく。
 あれは味方か。
 敵か。
 幽霊か。
『三度目の正直というわけか』
 エバンテが言ってきた。面白いジョークのつもりだろうか。
「二度あることは三度あるともいうよ」
 皮肉で返しながら下を一瞬だけみる。遥か下。あそこに落ちれば命はない。
 もうエバンテが見逃したとしてもそこに自分はいない。
 彼が見逃す気があったとしても。
 スロットルアップ。操縦桿を押し倒してピッチダウン。エレベータアップ。
 エバンテの後ろを尾ける。
 レーダーにロック。
 機銃を放つ。
 斜めに下降しながらエバンテがシックスティーンポイントロール。
 機銃をすべて避けきってくる。
 レーダーのど真ん中にいるにも関わらずだ。
 化け物飛行だ。
 今度は空対空ミサイル。二つの枠が揺れながらレーダーを交錯してエバンテを追う。
 放つ。だがこれもぎりぎりでそれる。
 左へスライスバック。
 ロールしてそれを追う。
 ドクのチューニングは完璧だった。どの機体よりもコントロールしやすい。
 スロットルアップ。
 追いながら機銃を放つが見事に回避していく。
 エバンテの飛び方は異常だ。
 ゆらりゆらりとした飛び方でありながらこちらを誘導するように。
 そう、あれはまるで。
 地獄へ誘い込む様に。
 青空ではなく暗いどこかへ案内するように。
 それは悪魔か。
 そんなことを考えた瞬間、エバンテの機体がピッチアップ。
 そのまま垂直状態になるとハンマーヘッド。
 こちらの後ろに流れるようについてきた。
『運がつきたな』
 振り返る。
 そこにはこちらに向きを変えてくるエバンテがいた。
 機体の機銃がこちらをむく。
 それはスローモーション。

 駄目だ。

 上手すぎる。

 青空の間に見えたそれは黒い固まり。

 死だった。

 死ぬのか。

 左手でポケットのアビーのドッグタグを握りしめる。

 謝る暇などないだろう。

 誰にも。

 しくった。

 だが、その瞬間。

 コンマ一秒の間だったかもしれない。

 自分の機体の、キャノピィの中から、声が聞こえてきた。

(なあにやってんのあんた)
 その声は続ける。
(あんたが積極的なのって、女の子に声かけるときだけ?)
 後ろから声が続くと、背後から手が伸びてきてレオナルドが握っていたスロットルの上に手を被せ、それを一気にを引く。
 さらにそれは操縦桿を押し倒しながらフレアのスイッチをあげた。
「シーナ」
 馬鹿な。
 彼女がここにいるわけがない。
(あたしの知っているレオナルド君はもっとやれるヤツだと思ってたけど)
 機体がスポイラを展開。
 ピッチダウン。
 かく乱フレア。
 あたりに炎の玉がはじき出される。
 高度を下げながらバレルロール。
 エバンテの機銃の弾丸が炎に取り込まれて消えていく。
(できるじゃん。その調子)
「嘘だ」
(何が?)
「君が......ここにいる」
(一緒にいこう、レオナルド)
 彼女はそういってくると斜め前方を飛ぶエバンテを睨みつけた。
(一緒にあいつを、撃墜してやりましょ)
 レオナルドは目に涙が滲むのがわかった。様々な感情が混じり合って今にも視界が霞みそうだった。
 それをシーナが片手で拭ってくる。
(弱虫君。泣いている暇はないわよ)
 アザミと同じ科白を吐きながら肌に触れてきたたシーナの指先は氷のように冷たかった。まるで涙がそのまま凍ってしまうのではないかというように。彼女はそっと後ろから抱きしめる様にこちらの涙を拭ってくる。
 再び前を見る。斜めに高度を落としたところにエバンテはいた。
 さらに追う。ピッチダウン。エレベータアップ。
 ミサイルロックオン。
 眼前のディスプレイに映し出された緑の線がエバンテ機を囲む。
(レーダーだけに頼らないで)
 シーナが言ってくる。
(大切なのはタイミングよ)
 スロットルアップ。
 速度をあげて相手との距離を詰める。
 ブレイク。
 照準に定まった。速度も適当なところだ。
 機銃を放つ。
 エバンテの翼をかすめた。わずかに煙があがる。
(その調子)
 声に出すと無線で伝わってしまう。シーナの声はまるで心に響いてくるようにレオナルドの耳朶を打った。
 息が上がる。胸の鼓動を感じながらエバンテを追う。
 相手がピッチアップ。
 そのままコブラ。
 こちらをやり過ごすと後ろに回ってきた。
(ヤツの得意技だわ)
「くそっ!」
(あれはホントに天才としか言いようがないわね)
 あきれたように彼女が言ってくる。
 左手にドッグタグを握りしめる。
 レオナルドはいつの間にか祈っていた。
 アビー。
 守ってくれ。
 せめて自身の機体とシーナの魂だけでも。
 
 
 


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