「ランフォが帰還しました! 現在エバンテと単独交戦中です」
レーダー員のその言葉にサーシャは目を見開いた。
「距離は」
「170。方位070です」
「単独は誰が許可を出したの?」
「レックスが直接指示をだしました」
頭を振る。レーダーをみながらその位置を確かめる。
高度が高過ぎる。その遥か下方でエアプロ機との戦闘は行われていた。
「次長に連絡をとるわ」
そういうとサーシャはレーダー室をでて事務室につながるドアを開いた。
と。
思いもしない人物がサーシャの椅子に座っていた。
「よお、サーシャ」
思わず動きを止める。
目を細めながら後ろ手でレーダー室につながる扉を閉める。
そこには行方不明となっていたジャック・ミラー元大佐がいた。
LEONARD 019
Dark Horse
黙って彼を睨みつけながら、サーシャは唇を噛み締めた。
「動かないでくれ。俺も銃は抜きたくないんだ」
「なにが目的?」
尋ね返す。ドアの前に立ったまま腕組みをしてみせる。
「緊急事態なの。あまりそこに居座ってると逮捕するわよ」
「俺は逮捕されるためにきたんじゃない」
みると彼が着ている空軍のジャケットは紋章がない。
だがそれはいまは問題ではない。
「お前なら知ってると思うがね、あの計画に誰が使われることになったのか」
「あの計画って?」
「無人戦闘機計画」
ミラーの口からでたその言葉は司令官レベルの人間にしか知らされていない空軍の極秘プロジェクトだった。どこかのエリアにある非公開基地で開発されているという無人戦闘機。
「無人じゃない。人の脳を改造して作る有人に近い戦闘機だ。アザミみたいなリスクを侵すパイロットではなく、危険な任務に投入しても問題ない、パイロットを犠牲にしなくても問題ないマルチロール戦闘機を作る話。知ってるだろ?」
「知ってるわ」
「じゃあ教えてくれ。どこで開発されて、誰が使われているのか」
「それを止めるの?」
ミラーが黙り込んだ。彼は立ち上がると机の横を回り、こちらの正面に立ってきた。
サーシャは煙草を取り出すと口にくわえて、火をつけた。そして煙を吐き出して小さく息をついてみせる。
「どうして私に?」
「わかってるだろ」
その質問に彼は肩をすくめてみせてきた。
「俺は空軍の非人道的なやり方が許せない。何も知らないパイロットたちを戦地に送り込むだけならまだ、利用して改造して、あげくあんなものの犠牲にさせやがる」
「テロリストになる気?」
「反政府だとテロリストか? お前もそう考えるのか?」
ミラーが目を細めてきた。その手が懐に入れられる。
次の瞬間素早くサーシャが机の上の携帯に手をのばした。そこにある緊急ボタンさえ押せばひとがくる。
だが次の瞬間抜かれたミラーの銃がサーシャの右腕を撃ち抜いた。サイレンサーの小さな音が部屋に響く。指先だけ触れた携帯が床に転がった。
さらに続けてミラーはサーシャの肩めがけて引き金を引いた。
「っ!」
「前妻を撃つのは地獄行きだろうな」
肩を抑えてかがみ込むサーシャを尻目にミラーはそういうと銃口に息を吹きかけた。
「カテリーナは死んだんだろう? ルーシーは元気でやってるのか?」
「二十年前のあなたはもっと優しかったのに」
肩を抑えながらサーシャは落とした煙草を足で踏みつぶした。思わず苦笑する。
「お前のところにきたのは二人に会うためってのもあったんだけどな」
「生きてるわよ。二人とも。パパに会いたがってるんじゃない? ルーシーはどこいってるかわからないけど」
「俺はもう違う」
「どうかしら」
サーシャは肩を抑えながら彼の顔をみた。
「そうか。カテリーナか」
「......」
サーシャは答えない。彼の顔を見る目は感情がこもってない。
「お前は、お前というヤツは......俺たちの娘まで軍に渡したのか。この外道が!」
再び銃がこちらに向けられる。
「あの、あの腐ったプロジェクトなんかに渡したのか? あいつを? あんな腐ったプロジェクトに自分の娘を巻き込むのか! どこまでお前は狂ってるんだ!?」
引き金が引かれる。一発は床におちた携帯。一発はサーシャの頬をかすめて後ろの壁にあたった。
「ふざけやがって! どこまで......畜生が!」
そこまで罵ってから感情的になったことに気づいたのか、ミラーは息をついた頭を振った。
「場所を言え」
「嫌よ」
サーシャははっきりと答えた。彼の声がわずかに震えているのがわかった。
その銃口はこちらの眉間を狙っている。
「あなたが二十年傍にいてくれたら、こんな狂わなかったのかもね」
ミラーは答えない。
そして黙って銃をしまうと、そのままこちらに踵を返してきた。
「もういい」
「そう」
サーシャもそれ以上問いつめはしなかった。
扉をあけると、ミラーはその部屋を出て行った。
ようやく静寂が訪れる。壊れた携帯をみながら、そして撃たれた肩に視線を移すとサーシャは大きく息をついた。
「ふう......」
そしてそのまま横に倒れた。
「母親じゃなくて軍人だもの。私は」
小さく呟く。
++++
ブレイク。
そのまま操縦桿を右に振って、それから下に。
速度をあげる。
エバンテが機銃を放つ。
(ロールして)
シーナが言ってくる。
フォーポイントロールでなんとかかわす。ミサイルがロックオンされる。
<ミサイルロックオンされました>
ピッチダウン。そのまま平行飛行へ。
かく乱フレア。
(とにかく面で防御しないと無理よ)
後ろからシーナがアドバイスしてくれるのがありがたかった。
そのままロールしてブレイク。
急旋回をなんどしてもエバンテをやりすごせない。
機銃が放たれる。
今度は右エンジンに命中した。
「くそっ」
パワーダウン。
斜めに揺れながら飛ぶ。
コントロールが効かない。
(いくわよ、レオナルド)
その声と同時に。
シーナが操縦桿を握った。
そして一気に後ろに引く。そしてスロットルダウン。
最高速度でのコブラ。
エバンテがそれに気づいたかどうかはわからない。
その機体が前方へ。
だが次の瞬間シーナはスロットルを一気に押し上げてきた。
クルピット。
(自分の得意技で死んでもらって)
後ろにつく。
エバンテは目前。数メートルも離れていない。
近距離から機銃を放つ。
両エンジンに命中。
エバンテが大きくバランスを崩すと同時に、レオナルドは操縦桿を倒してロール。
右に離脱した。
通信を開く。
「限界だ。あとは頼んだよ」
エバンテはそのまままっすぐ。並走するにレオナルドが飛ぶ。
彼はこちらをみてきた。その目に感情が浮かんでいるようには見えない。
羨望だった。
「レックス」
『オッケー』
後ろからスコット機が高度をあげて現れてきた。助けにきたのだ。
『あばよ! エバンテ!』
ロックオンされたミサイルがエバンテめがけて放たれる。
空対空ミサイルだ
ホーミングされたそれは大きく弧を描き、コントロールの聞かないエバンテの機体に命中。そして。
大きく爆発を起こした。
破片があたりに飛び散る。
それをみながら。
レオナルドは息をついた。
ようやく勝ったのだ。
最強パイロットと言われた彼に、自分は勝ったのだ。
(お疲れ様)
「うん」
シーナのその言葉に思わず頷いてしまう。
それに対して怪訝そうにスコットが尋ねてきた。
『どうした?』
しまった。
通信がつながったままだった。
レオナルドは切るわけにもいかず、何を言おうか迷った。
(いいの。黙ってて。みんなによろしくね)
「シーナ......」
(さよなら。バイバイ)
また涙がでそうになる。だがなんとかこらえた。彼女の気配が消えていく。
辛い。
シーナはもういない。
地上に行けば会えるのだろう。だが、会える気がしなかった。
なんとかレオナルドはスコットに通信を送った。
「大丈夫だよ。レックス。それよりそっちはどう?」
『ジャミングだった。スピンたちが撃墜してくれた。残りは逃走したから、あとはみんな無事に着地するだけだ』
「そう......」
あたりを見回す。
いつもと変わらない青空が広がっている。
だが。
それはいつもとちがって、悲しい色に見えた。