シュルート家の私邸はアルフィの研究所の最寄り駅から二回電車を乗り継いだ、終電の場所にあった。
公共鉄道が円を描くように走るミグフィールド市の最北端の駅を降り、さらにそこから走る私鉄に乗って三時間。この街はかなり広大だが、こうして移動するとその広さを体で実感する。
その最終駅にその町はあった。電車から降り、ホームでアルフィから借りた白いオーバーを羽織るとティックは薄く雲がかかった空をみた。
「雨ふらなきゃいいけど。よっと」
誰にともなくつぶやくと、持ってきた大きなドラムバッグを背負い直した。着替えと、数日分のグルトリン。あと、暇つぶしのための書籍を何冊か。
『長くなるかもしれないから』
アルフィはティックに準備をさせながら、そういった。確かに長くなるかもしれない。
彼はどんな人間なのだろうか。
ロドリゴはしばらく会いにいっていたそうだが、最近は忙しく来ることはないらしい。アルフィはもう彼が学校に通いだした頃から会っていないという。ひょっとしたら成長した彼の顔もわからないのではないだろうかとティックは思った。そして、
すさんでいないといいけれど。
そんなことを考える。杞憂に終わってくれることを願いながらティックは荷物を背負い直すと、シュルート私邸への道を歩き始めた。
++++
そこは町のさらにはずれにあった。
町の中にはスーパーや薬局等もあり、生活に困る事はなさそうだった。が、そのさらに外れにあるため、やや生活に困りそうな雰囲気ではある。
誰が買い出し等しているのだろうと怪訝に思いながら、ティックはシュルート私邸の前に立った。
高い塀が屋敷を囲い、その屋敷自体もかなり大きい。作りがかなり古く、歴史ある建物といった外観だ。だが手入れがされていないわけではないようで、見渡すと壁自体は傷はあまりない。
アルフィから借りたカードキーを門に通すと電子音を鳴らして門が開いた。ジン一人しか住んでいないはずなのに、ゲート脇の草花はやたらと手入れが行き届いている。
それらはずっと続いていて、私邸の玄関まで続いていた。曲がりくねった道の脇をすべて色とりどりの草花が覆い尽くしている。古めかしい建物と、その花々はどこかミスマッチだったが目をひく美しさがあった。
「すごいなあ。こんなところがあったんだ」
そういって軽くつぶやきながら周りを見回していると、突然私邸の扉がなんの前触れも無く開いた。そちらに目をやると右手に如雨露を持った黒髪の少年が立っている。
「あ」
お互いの視線がぶつかる。相手をみて声を出したのはティックだった。おそらく彼がジン・シュルートだろう。アルフィを子供にして男の子にしたらこんな感じなんだろうな、とティックは思った。くるくるした癖毛と癖のある目つきはどこか黒猫を想像させるようだ。
ジンは突然現れた人間に反応できていないようだった。ぽかんと口をあけて、こちらを見つめている。
「こんにちは。ジン。私はティック。アルフィから君の護衛をお願いされたんだ」
そういって相手に近づく。ジンはこちらに何かを言う訳でもなく、呆然とした表情でこちらを見つめている。
「しばらく私邸にお世話になるよ。よろしくね。ほかに誰かいないのかな?」
そういってせめて握手ぐらいしてくれるだろうと手をのばすと、突然ジンは手に持っていた如雨露を放り投げ、くるりと身を翻して私邸の中に入り込んだ。
目の前であっけなく閉じられた扉を見つめると、
「ねえ。大丈夫?」
相手は何も言ってこない。
こちらがドアをたたいても、ジンが何かを言ってくる様子はなかった。
どうやら初対面から嫌われてしまったようだ。
「はぁ......」
拒否られているということを感じると、どうも弱い。だがここで引き下がったらある意味負けだ。
「よっ」
がちゃ。
鍵がかけられているものだと思ったが、扉はあっさり開いた。ふと見上げると、ロビーの階段をぱたぱたと上っていくジンの後ろ姿が見えた。鍵をかけられていないということは完全に拒否されているわけではないということだ。ティックはそれを感じてわずかに安心する。
それから自分の力をわずかに解放し、この屋敷の全体図を把握する。単純な構成だが何しろ広さが半端ではない。
この屋敷に人は自分とジンだけのようだ。ほかに動く気配があるが、生命の意思がほとんど感じられないところをみると機械人形か、もしくは専用の機械が屋敷中を走り回っているのだろう。どちらにしてもあまり嬉しい状況ではない。この家は。
しばらくしてからティックは上にあがるわけでもなく、アルフィから指示された自室にむかった。
慣れてくれたとしても、そうでないとしても、あまり良い状態ではなさそうだ。
「まあ、しかたないか」
とりあえずいるだけでも護衛の任務は果たすことになる。
危険は無くてもまず慣れることが大切だ。
そう自分に言い聞かせ、二階への階段をあがった。
++++
それから数日が経ったが、ジンとすれ違っても彼は特に何もいわなかった。
ティックから話しかけても、すぐに顔をそらしてしまう。
なにか話すきっかけがあればと思うが、彼がなにか話しているのをみた事が無い。電話すらしていない。
しばらく観察していると、彼の一日は非常に単調だ。
起きて、部屋で本を読んだり、コンピュータをいじる。時間がくると機械が彼の家に食事を運び、その後昼過ぎに外にでて庭の手入れをする。部屋に戻り、夜まで本を読んだりぼーっとする。夜の食事をとり、寝る。
その繰り返し。学校に行こうともしない。身の回りの世話は殆ど機械が行っていた。シュルート家の科学力の産物たち。
ティックは怪訝におもい、ある日アルフィに電話した。
「おかしいよ。アルフィ。彼、一言もしゃべってくれないんだ」
「そう」
「しゃべるしゃべらないの以前に、彼は口がきけないんじゃないかな?」
そういうと庭で花をさわっている彼を見下ろす。こちらに監視されていることを意識しているのだろうか。
それともあれが普段の姿なのだろうか。
「あの子は神経症かもしんないけど失語症じゃないわ」
「それをいうなら失声症じゃん。そっかあ。にしては口きかなすぎじゃないかなと思うんだけどさ」
窓から視線をそらし、部屋にかけてある絵に目をやった。白い壁があまりに殺風景だったのでここにきてからティックが取り付けた物だ。それを見つめながらぼんやりと考える。
だが、アルフィから返ってきた答えはあまりに簡素なものだった。
「でも、わたしは仲良くなれとはいってないし」
「そうだけど」
そうだ。自分はボディガードにきたのだった。本来の目的を思い出して少し気落ちする。
深く呼吸すると、吐き出すと同時につぶやくように言った。多分アルフィにも気づかれただろう。
「そうだったね」
「本来の目的を忘れちゃだめだよティック。そこにいることに意味はあるけど、何のためにそこにいるのかは覚えといてね。多分、大丈夫だと思うけど」
「うん」
作り主の言葉に頷くとティックは再び外をみた。どちらにしてもあまり良い状況ではない。アルフィからすれば良い状況かもしれないが、自分としては楽しい状況ではない。どうせここにいるなら楽しく過ごしたかった。向こうの街にいるときのように。
少なくても、危険が迫らないうちは楽しくあってほしい。
「誰もこないけどね」
「それが一番だよ。今のうちはね。とりあえずよろしく頼むね」
そういって彼女は電話を切った。ティックもモバイルの通話ボタンをきると再び外に目をやった。手を泥だらけにしたジンが屋敷に戻ってくるところだった。こちらに気づいているのかいないのか、視線を向けてくることもない。
ビジネスライクという言葉はティックが一番嫌いな言葉だった。特にこういった場面では。
他の仲間たちはできるのかもしれないが、自分はなじめないのだ。それはこうしてできた性格上仕方ないものなのかもしれないが。
「よぉし」
モバイルを放り投げると大きく意気込んで、ティックは部屋をでた。
公共鉄道が円を描くように走るミグフィールド市の最北端の駅を降り、さらにそこから走る私鉄に乗って三時間。この街はかなり広大だが、こうして移動するとその広さを体で実感する。
その最終駅にその町はあった。電車から降り、ホームでアルフィから借りた白いオーバーを羽織るとティックは薄く雲がかかった空をみた。
「雨ふらなきゃいいけど。よっと」
誰にともなくつぶやくと、持ってきた大きなドラムバッグを背負い直した。着替えと、数日分のグルトリン。あと、暇つぶしのための書籍を何冊か。
『長くなるかもしれないから』
アルフィはティックに準備をさせながら、そういった。確かに長くなるかもしれない。
彼はどんな人間なのだろうか。
ロドリゴはしばらく会いにいっていたそうだが、最近は忙しく来ることはないらしい。アルフィはもう彼が学校に通いだした頃から会っていないという。ひょっとしたら成長した彼の顔もわからないのではないだろうかとティックは思った。そして、
すさんでいないといいけれど。
そんなことを考える。杞憂に終わってくれることを願いながらティックは荷物を背負い直すと、シュルート私邸への道を歩き始めた。
++++
そこは町のさらにはずれにあった。
町の中にはスーパーや薬局等もあり、生活に困る事はなさそうだった。が、そのさらに外れにあるため、やや生活に困りそうな雰囲気ではある。
誰が買い出し等しているのだろうと怪訝に思いながら、ティックはシュルート私邸の前に立った。
高い塀が屋敷を囲い、その屋敷自体もかなり大きい。作りがかなり古く、歴史ある建物といった外観だ。だが手入れがされていないわけではないようで、見渡すと壁自体は傷はあまりない。
アルフィから借りたカードキーを門に通すと電子音を鳴らして門が開いた。ジン一人しか住んでいないはずなのに、ゲート脇の草花はやたらと手入れが行き届いている。
それらはずっと続いていて、私邸の玄関まで続いていた。曲がりくねった道の脇をすべて色とりどりの草花が覆い尽くしている。古めかしい建物と、その花々はどこかミスマッチだったが目をひく美しさがあった。
「すごいなあ。こんなところがあったんだ」
そういって軽くつぶやきながら周りを見回していると、突然私邸の扉がなんの前触れも無く開いた。そちらに目をやると右手に如雨露を持った黒髪の少年が立っている。
「あ」
お互いの視線がぶつかる。相手をみて声を出したのはティックだった。おそらく彼がジン・シュルートだろう。アルフィを子供にして男の子にしたらこんな感じなんだろうな、とティックは思った。くるくるした癖毛と癖のある目つきはどこか黒猫を想像させるようだ。
ジンは突然現れた人間に反応できていないようだった。ぽかんと口をあけて、こちらを見つめている。
「こんにちは。ジン。私はティック。アルフィから君の護衛をお願いされたんだ」
そういって相手に近づく。ジンはこちらに何かを言う訳でもなく、呆然とした表情でこちらを見つめている。
「しばらく私邸にお世話になるよ。よろしくね。ほかに誰かいないのかな?」
そういってせめて握手ぐらいしてくれるだろうと手をのばすと、突然ジンは手に持っていた如雨露を放り投げ、くるりと身を翻して私邸の中に入り込んだ。
目の前であっけなく閉じられた扉を見つめると、
「ねえ。大丈夫?」
相手は何も言ってこない。
こちらがドアをたたいても、ジンが何かを言ってくる様子はなかった。
どうやら初対面から嫌われてしまったようだ。
「はぁ......」
拒否られているということを感じると、どうも弱い。だがここで引き下がったらある意味負けだ。
「よっ」
がちゃ。
鍵がかけられているものだと思ったが、扉はあっさり開いた。ふと見上げると、ロビーの階段をぱたぱたと上っていくジンの後ろ姿が見えた。鍵をかけられていないということは完全に拒否されているわけではないということだ。ティックはそれを感じてわずかに安心する。
それから自分の力をわずかに解放し、この屋敷の全体図を把握する。単純な構成だが何しろ広さが半端ではない。
この屋敷に人は自分とジンだけのようだ。ほかに動く気配があるが、生命の意思がほとんど感じられないところをみると機械人形か、もしくは専用の機械が屋敷中を走り回っているのだろう。どちらにしてもあまり嬉しい状況ではない。この家は。
しばらくしてからティックは上にあがるわけでもなく、アルフィから指示された自室にむかった。
慣れてくれたとしても、そうでないとしても、あまり良い状態ではなさそうだ。
「まあ、しかたないか」
とりあえずいるだけでも護衛の任務は果たすことになる。
危険は無くてもまず慣れることが大切だ。
そう自分に言い聞かせ、二階への階段をあがった。
++++
それから数日が経ったが、ジンとすれ違っても彼は特に何もいわなかった。
ティックから話しかけても、すぐに顔をそらしてしまう。
なにか話すきっかけがあればと思うが、彼がなにか話しているのをみた事が無い。電話すらしていない。
しばらく観察していると、彼の一日は非常に単調だ。
起きて、部屋で本を読んだり、コンピュータをいじる。時間がくると機械が彼の家に食事を運び、その後昼過ぎに外にでて庭の手入れをする。部屋に戻り、夜まで本を読んだりぼーっとする。夜の食事をとり、寝る。
その繰り返し。学校に行こうともしない。身の回りの世話は殆ど機械が行っていた。シュルート家の科学力の産物たち。
ティックは怪訝におもい、ある日アルフィに電話した。
「おかしいよ。アルフィ。彼、一言もしゃべってくれないんだ」
「そう」
「しゃべるしゃべらないの以前に、彼は口がきけないんじゃないかな?」
そういうと庭で花をさわっている彼を見下ろす。こちらに監視されていることを意識しているのだろうか。
それともあれが普段の姿なのだろうか。
「あの子は神経症かもしんないけど失語症じゃないわ」
「それをいうなら失声症じゃん。そっかあ。にしては口きかなすぎじゃないかなと思うんだけどさ」
窓から視線をそらし、部屋にかけてある絵に目をやった。白い壁があまりに殺風景だったのでここにきてからティックが取り付けた物だ。それを見つめながらぼんやりと考える。
だが、アルフィから返ってきた答えはあまりに簡素なものだった。
「でも、わたしは仲良くなれとはいってないし」
「そうだけど」
そうだ。自分はボディガードにきたのだった。本来の目的を思い出して少し気落ちする。
深く呼吸すると、吐き出すと同時につぶやくように言った。多分アルフィにも気づかれただろう。
「そうだったね」
「本来の目的を忘れちゃだめだよティック。そこにいることに意味はあるけど、何のためにそこにいるのかは覚えといてね。多分、大丈夫だと思うけど」
「うん」
作り主の言葉に頷くとティックは再び外をみた。どちらにしてもあまり良い状況ではない。アルフィからすれば良い状況かもしれないが、自分としては楽しい状況ではない。どうせここにいるなら楽しく過ごしたかった。向こうの街にいるときのように。
少なくても、危険が迫らないうちは楽しくあってほしい。
「誰もこないけどね」
「それが一番だよ。今のうちはね。とりあえずよろしく頼むね」
そういって彼女は電話を切った。ティックもモバイルの通話ボタンをきると再び外に目をやった。手を泥だらけにしたジンが屋敷に戻ってくるところだった。こちらに気づいているのかいないのか、視線を向けてくることもない。
ビジネスライクという言葉はティックが一番嫌いな言葉だった。特にこういった場面では。
他の仲間たちはできるのかもしれないが、自分はなじめないのだ。それはこうしてできた性格上仕方ないものなのかもしれないが。
「よぉし」
モバイルを放り投げると大きく意気込んで、ティックは部屋をでた。


