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 ある日、いつも通り機械がやってこないことに、ジンは違和感を覚えた。
「いつもくるはずなのに」
 小さくつぶやくと、読んでいた本を放り投げた。それは一メートル先のテーブルの上に鈍い音をたて、そのまま埃をたてて床に転がった。
 今まで口に出さなかったが、家の中に年上とはいえ若い女性がいるというのは緊張する。いままでそういうこと考えた事はなかったわけではないが、まともに話すことなど殆どなかった。同い年の子と話したことは殆どないし、年上となればなおさらだ。
 なにより何を話せばいいのかわからない。
 彼女はしばらくこの屋敷にいるのだろうが、それ以前にいまさらあの女性を向けてきた姉の真意がいまいちつかめない。そもそも幼少時代からめったに話す事の無かった弟に対して。
 機械のメンテナンスすら自動的になっている今は、別に今すぐ自分にかまわなければならない理由はない。それほど。
 だが食事がこないのは困る。ジンは立ち上がると様子を見にでかけようとした。
 と。
 ドアが突然ノックされる。
「はいるよ」
 彼女だ。
「げ」
 ジンは小さくつぶやくと、部屋の中に急いで戻った。そのままベッドの下に隠れ込む。
 こちらが隠れ込むと同時に扉が開き、食事をもった彼女が入ってきた。
 名前はティックといったか。そのまま部屋に入ってくる。
「なんだ、しゃべれたんじゃん。てっきり口きけないものだと思ったよ」
 機械がやってくれることなのに。どうして今更。
 心の中でいつも持ってきていたあの呪う。
「まあ、無理しなくていいよ。あの機械とまっていたから私が作ってもってきたよ。メンテナンスされてなかったみたいだからあとで直しておくね」
 そういって部屋の中に入ってくる。ジンの机の上に食事を置くとベッドの下を覗き込んできた。
 ばれていたことに驚くと同時に目があう。なぜか体をひいてしまう。
 だが彼女はにっと笑うと、こちらの手元に便せんをおいた。
「無理はしなくていいのさ。一番安全なのは、ベッドの下だもんね」
 それだけ言い残すと体を起こして部屋からでていく。静かに扉が閉められる。こちらを驚かさないようにしているのだろう、心遣いがこちらにも伝わってきてどこかしんみりした。
 ジンはベッドの下から抜け出すと、彼女がもってきてくれた食事をみつめた。
 手作りなんて何年ぶりだろう。
 嬉しさがこみあげる。当たり前の事が、なぜかひどくありがたく思えた。

 ++++

 けっして破壊したわけではないのだけど。
 ティックはそう思うと、目の前に転がった機械を見つめた。
 機械工学のデータはティックの脳の中にインプットされているので、特別直すのが難しいわけではない。
 だが。
「なんだろう。これ......」
 その機械がジンの部屋に運ぶ料理に含んでいたのは、なにやら妙な液体だった。
 わずかな量で、カプセルには小さく「無味無臭」とだけ書いてあり、その横に「G」とだけ表記されていた。破壊しなければ気づけなかったろう。
 中に入っているものを解析する力はないが、あからさますぎるその物体をみて軽く苛立った。誰にというわけでもなく、どこにというわけでもなく。
 ティックはそれをポケットにしまうと、その機械を修理するのをやめた。それを横に押しやり床に座り込んだまま息をついた。
 この機械はこの怪しげな薬を作って作るように以前からプログラミングされているのだろう。それをジンに運ばせていたのだからどんな結果になるかは想像もつかない。
 あとでアルフィにきいてみよう。
 そう心にきめると、ティック別な機械が運んできた大量の食材を見つめた。普通の、新鮮な食材だというのは一目で分かる。ティックの目からみてもそれはわかった。だが。
 野菜や肉等の中に、小さなカプセルがひとつ、おいてある。
 それも掴んでポケットにしまった。
 
 手紙は読んでくれただろうか。
 ティックが書いたのは簡単な手紙だ。ほんの数行。
 自分の事を少しと、今の状況。
 あと彼と仲良くしたいこと。
 素直にかけば、きっとわかってくれるはずだ。
 そう信じて自分の食事の準備にかかった。


 ++++


 そうしてティックが食事を持っていくようになってから、数日が経った。
「嫌われてるのかと思ったよ」
 ティックはそういうと、ベッドに座り込んでいるジンのそばにトレーを置いた。
「もっと早く話かけてくれればよかったのに」
「女の人と話すのなれてないから」
 両手を腹部で組合わせ、彼は目を伏せて小声でつぶやく。なかなか目をあわせてくれない。
 どうもこちらにたいする苦手意識は変わらないらしい。だがそれがティック自身にたいするものではなく、もっと別なところにあることに安堵した。
 軽く息をつく。彼の歳であれば克服もできるはずだ。アルフィをみてきた経験からいえばおそらくそれは間違いない。だがはたして彼女と同じようにいくかどうか。
「でかけようか」
 疑問系ではなく、かといって命令するわけでもなく。
 そんな口調で言うと、ジンが目をまるくした。
「え」
「この街さ、結構かわいいお店あるんだよねぇ」
 何にともなくつぶやいてみせる。彼の反応を軽く伺いながら。
「え?」
「外いこうよ。気分転換にはなるよ。あたりまえだけど」
 女の子----自分をはたしてそう呼んでいいのかどうかは謎なところだ。もちろんアルフィの服をかりて街を歩いていれば誰かに声をかけられることなどもあるが、そこまでティックは自分を女性として自覚したことはなかった。
 だが目の前のこの少年は、ティックのことを女性だと思っている。そのために話すのをためらっている。
 そこから前にいくためにはそれを意識した話し方をしてあげなければならない。が。
 ティックはそれを知らなかった。が、意識する必要もないと思っていた。
「準備しといて。十一時にここでるよ」
「う、うん」
 彼がうなずくのをみて安堵する。自分は拒否されていない。彼が抵抗しているのは女性に対する感情だ。十三歳。まだまだ子供だが大きく成長する過渡期でもある。
 こちらでどうにか出来る問題ではない。が、手助けしてやることはできる。
 ティックはそう結論づけると、ドアを開いた。
「じゃ、また」
 そういい残して部屋をでる。腕時計を見ると時間は八時。あと三時間ある。
 気が変わらない事を祈りながら、ティックは廊下を歩き始めた。
 
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