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 キリィ・M・イレヴンスは街のとある酒場のカウンターにいた。とくに客入りもなく、カウンター席は彼女一人しかいない。それもそのはず、今の時刻は午前十一時。こんな時間から酒をあおる人間などいようはずもない。
 ちょうど一仕事終え、ひと酒のつもりで入るような酒場はここぐらいしかない。24時間営業の酒場だから特に気にならないとはいえ、強いのも考えた方がいいかもしれない。
 イヴは目の前に置かれたグラスを無造作に掴むと一気にあおった。かなりきつい酒だがあまり気にならない。嫌な事も忘れさせてくれるこの一瞬がイヴは好きだった。
 煙草はやらないが酒は好きだった。そもそも自分たちの脳にこれがなにか影響を及ぼすのかといえばそれもまた微妙なところではあるが、この「酔う」という感覚はなにに変えようも無い。
「またずいぶんといいご身分だな。お嬢さん」
 と、となりに一人の男が座り込んできた。知らない男だったら無視するところだったが、どうやらそういうわけではないらしい。
 隣に座り込んだ浅黒い肌の男を横目で見ながら、
「なんだい。仕事の時間は終わったよ」
 ぶしつけな口調でそういうと、イヴはグラスを置いた。すでにその中身は半分ほど減っている。波打つグラスの中を見つめながら大きく嘆息した。
「いまやっと一事件おえたとこなんだ。またここで変な依頼すんのはやめておくれよ」
「ああ、俺の考えていることはわかってるんだね。まさにいま依頼をしにこんなど田舎までやってきたっつうのに」
「帰れ」
「や、この適任者は君しかいなくてね。君にとりあえずお願いできないかなとおもって」
「絶対?」
「ああ。金と人をつかっていいから僕の話を聞いてくれないかな?」
 そういって男は人懐っこい笑みを浮かべてこちらを見つめてきた。その笑顔を横目でみやりながらイヴは唇を尖らせた。
 男の名前はリコ・バルクレッド。南方の国の血を引いているため肌が浅黒く、染めているのかどうかわからない金色の髪の毛がさらさらと揺れた。
「ミーティック・ライゼンを知ってるね? あの娘がこの街に来ている」
「なんだって」
 リコの言葉にイヴは静かに反応した。
「あれがきてんの?」
「その娘が邪魔なんだ。始末をお願いしたいんだけど」
「なんでいまさらでてくるのかな。もう三年前で終わったもんだと思ったのに」
 そうつぶやくとのこった酒をすべて口に含んだ。それを嚥下してから大きく嘆息する。イヴの青白い肌が酒の酔いとは別の赤みを帯びたのにリコは気づかなかった。
「あいつ一体なにやってんだろ」
 つづけたイヴのつぶやきを無視して、彼はつづけてきた。
「君と彼女の関係はよく知らないけど、とりあえず段階をふんでやってほしい。いきなり強襲は法に触れるからやめておいてくれると助かるな。報酬は前払いで君の口座に振り込んでおくよ。ほかに聞きたい事は?」
「あいつはどこにいるの?」
「この街の外れにある高台の屋敷にいるらしいね。後で地図を送っとくよ。期限は......そうだな。一週間以内におねがい」
「はやいのね」
「僕の法的手続きがさ来週でね。それまでにアルフィ・シュルートを説得しなきゃいけない。そのためにはあの弟シュルートの身体が必要なのさ。というわけで、よろしく。必要なものはある?」
 しばらく考えこんだあと、イヴは三杯目のジンをバーテンに注文するとリコのほうを向き直って、
「G薬品を三つ」
 と言った。
「あれをつかって何をするんだ」
「あたしの勝手でしょ。それをくれればやるよ。あと報酬をね。よろしく」
 イヴは悪巧みを思いついた子供のような笑みを浮かべると、天井で回転するファンを見つめた。
 数年前の出来事を反芻していると、やがて飲み物が運ばれてきた。イヴはそれを一気にあおると、残った虚無を床に吐き出した。 

 ++++

 ティックが車庫をあけると、そこには車が三台置いてあった。
 どれも清掃の機械が定期的にメンテナンスしているらしく、普通に使える状態だ。出かける分にはそれほど問題はないだろう。その中の右端にとめてあった青いスポーツカーを選ぶとそのドアに手をかけた。車の表面は傷一つなく、滑らかだった。
 壁にかかっていた鍵を手に取りその中の一台のドアをあける。中も外観同様綺麗にクリーニングされていて埃一つみつからない。怪訝に思いながらその事に乗り込んでみる。
 ふさふさしたキーホルダーがついている鍵を差し込み、エンジンをかける。
 エンジン音はそれほどうるさくない事を確認してほっと息をつく。これならすぐ出かけることができそうだ。
 体重をシートに預けて一息つく。
 と。
「車でいくの?」
 車庫の入り口にジンがいた。ティックは軽く頷くと、
「車じゃないと下までいくのに疲れちゃうよ。大丈夫? 歩いていきたい?」
 と言った。彼は車の隣まできて助手席のドアをあけると、戸惑った顔で、
「......どのくらいあるの?」
「数キロはあるんじゃないかな。でも、車の中からでも景色は見えるよ」
「うん。じゃあ車でいく」
 笑ってみせると、助手席に向かって顎をしゃくってみせた。
「乗って。運転は私がするから」
 そういってティックは自分の方のドアを閉めた。ジンが隣に乗り込むのをみて安堵する。
「スピードはださないつもりだけど、一応ベルトしめてね」
「うん」
 彼が返事くるのを受けてふっと笑ってみせた。手元のモバイルは十一時を少しすぎさしている。
 鞄を後部座席においてからティックは車を発進させた。

 二人はしばらく山道をドライブした。
 ジンが窓から見える景色をじっとみつめているのを一瞬横目でみて、ティックはほっとした。彼が外に 出たがらないのではないかと不安になっていたからだったが、そういうわけでもないらしい。アルフィの言葉では自閉症ということだったが、そういうわけでもなさそうだ。
 ハンドルに手をかけ前を見つめながらティックは口をひらいた。
「どこいきたい? どこにでもいけるよ」
 青いスポーツカーはくねる山道を走っていった。シュルート邸はそれほど込み入った場所にあるわけでもないが、小山の上にあるので下におりていこうと思うとそれなりに長い道を通る事になる。
 ふとジンが学校通うときはどうしているのだろうかと疑問がわいたが、口には出さなかった。
 その彼はしばらく考え込んでから、
「どこだろう。お金はあるの?」
「ん、途中でおろすよ。アルフィから借りてる口座があるからね」
「カードで買い物すればよくない?」
 そう言ってくる彼に対してティックは笑いながら答えた。
「現金のほうが使った額が目に見えるから良いんだ。私はそのほうが好きかな」
「ふうん。で、どこいくの?」
「そうだなぁ。下の雑貨屋さんとかがたくさんはいっている通りにいこうか。みてるだけでも楽しいよ」
 そういって山道を抜けると二人の車は市街地に入っていった。
 住宅区を走り、途中のキャッシュディスペンサーに立ち寄った。
「ジン、お金、おろしてきてもらえるかな」
「僕が?」
「うん」
 そうティックが笑顔で頷くと彼は戸惑いの表情をみせた。
「おろしかたがわからないから」
「簡単だよ。案内にそってやればいい。カードをいれて、四桁の暗証番号を打ち込んで、金額をいれる。それだけさ。ほら。ついていってあげようか?」
「番号は?」
「君の誕生日」
 そういって促すとしぶしぶ彼は車をおりた。それからその四角いボックスにしばらくはいり、おろした紙幣を封筒に入れながらもどってくる。
「緊張した」
「そりゃね。いくらおろしたの?」
「十ドルを五十枚。これだけあれば足りる?」
「十分だよ。財布にしまっておいてね」
「ティックは?」
「私は自分でもってるお金があるから大丈夫。あ、カードは返してもらえるとうれしいな。それ、アルフィからの預かりものだから」
 そういってアルフィから借りたカードを受け取ると、ティックはジンがシートベルトを再び閉めたのを確認してから車を発進させた。街の中心部、商店街にむかって。

 その後ろをつけるように一台の車が走りだした事は、二人とも気づかなかった。
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