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「姉さんは、なにしてるの?」
 二人で川辺の公園でハンバーガーをかじっていると、唐突にジンが聞いてきた。
「なにって?」
「その......仕事とか。いろいろ」
 川辺の公園はかなり広く、フットボールのコートを二つ並べた程度の広さだった。公園の端をぐるりと取り囲むように木々が植えられていて、隣を通る運河から道にかけて芝生と草花がきちんと道を作っていた。それを見下ろせる坂のところにあるベンチに二人は腰掛けていた。
 すぐ後ろが車をとめることができていたため、ちょうどいいといえばちょうどよかった。
 ティックはジンの問いを頭の中で繰り返し、答えをさがしたがちょうどいい答えを見つけられなかった。
「うーん。いろんなことを研究したり、開発したりしてるよ。結構忙しいひとだよ」
「そっかあ」
 ジンが、いままで黙り込んでいた分だけ一気に疑問が押し寄せているようだった。ティックと打ち解けるうちに、いままで心の奥でくすぶっていた疑問が、吹き出してきたようだった。
「ティックは姉さんのなんなの?」
「私は」
 自分のことを話そうとして、ティックは口ごもった。
「なんなんだろうね。友達? 家族? しっくりこないや」
「そうなの?」
「うん。わかってるのは、私が物心ついたときにはもうアルフィのそばにいたってことぐらいかな。あのひとが最初は全部を教えてくれたんだ」
 そこまで話して、ふう、と息をつく。いつも問われるとなんて説明していいものか迷ってしまう。これは仕方ない事なのだろうがなかなか慣れてない。
 オレンジジュースを飲みながらティックは運河の上を走っていく船をみやった。それは遠い景色のように見える。
「僕ははじめ、家族はいないものだと思ってた」
 唐突にジンが話し始めた。
「僕の家族とか、母さんとか姉さんは全員ある日消えていったものだと思ってた。気づいたら僕のところにくるのは食事を運ぶ機械とか、それだけになって」
「うん」
 鳥が鳴いている。その声を遮るようにジンはつづけた。
「でも僕は母さんも父さんも姉さんも好きだった。大好きだったんだよ。遠くに行かないで、近くにいてほしかったんだ。でも、母さんが死んで、ある日を境に姉さんと父さんはどっかの街にいっちゃったんだ」
 おそらく自分たちを発明したときだ、とティックは思った。
 アルフィからなんどか聞いている。作ったときに、遠くにつれてこられてしまった、と。
「その日から僕はなんだか一人になって。わからないよね。どうしたらこんなことになるんだろう。前は一人になりたいっておもった事もあったけど、みんないなくなって、辛くって」
「寂しい?」
 ティックは彼の顔を覗き込むようにして訊ねた。ジンがうなずく。その目は悲しげだ。
「わかんない。でもみんな生きているなら、会いたい。会って、最近はこうだよ、とかああだよ、とかいうのをお話したい。っておもう。僕は友達がいないから」
「いるよ。私が」
 そういって彼の頭をなでてやる。いま離れたら駄目だ。
「そばには私がいるよ。家族には、会えるよ。大丈夫」
「うん」
 ジンがそう頷いた。彼の頭を抱いてやりながらティックは彼からいま離れるわけにはいかないと思った。
 いままで『普通』という言葉が彼を支配し、誰もいない『普通』が彼を取り巻いていた。そこに自分がはいってきたことで、彼は誰かがいる『普通』への回帰を強めようとしている。
 ここでいなくなるのはフェアじゃない。おそらくここでティックがでていったら、彼は死んでしまうかもしれないと思えるほどだった。その感情をゼロにするのは難しいかもしれないが、抑えてやることはできるだろう。
 離れるときはまだだ。少なくても今じゃない。そう思って、ティックは青い空を見上げた。
 飛行機が一機、一筋の雲を作っていった。

 ++++

 帰路につくと、落ち着いてきたのかジンが口を開いた。
「さっきのひとは、なんだったの?」
「どのひと?」
「その、僕らを尾行してたひと」
 イヴのことだろう。と思った。言うべきかどうか迷ったが、ティックは頭を振った。
「昔の仕事仲間さ。今は敵同士だけど」
「敵って?」
「あー、その、まあ、いろいろあってね」
 ずきずきと痛む左肩に注意しながらハンドルをきる。くねくねとした山道を走るのはどこか辛いものがあった。
 ジンが両手を膝の上で組み合わせながら外を眺めている。
「やっぱり、たたかったりするの?」
「さあ。あのひとが動くことで私たちが危険な目になるんだったら、闘うと思う」
 そこまで話してから、彼が黙り込んでいる事に気づいた。自分の中にはいってしまっていて気遣いを忘れてしまっていたミスだった。
「ジン」
「ん」
 彼が小さくつぶやく。彼の過去になにがあったのかまでにティックはしらない。
「大丈夫だよ」
 そういって、最後のカーブを曲がるとシュルート邸の大きな門が目前に現れる。ふう、と息をつくとティックはそこに向かって車を走らせた。ジンはその間、何も言わなかった。
 門が目前で開き、二人が乗った車を迎え入れた。

 彼が部屋にもどり荷物を片付けている間に、ティックはアルフィに連絡をいれようとジャケットの内側を漁った。その中は左肩の出血で黒くなっていた。
 ジャケットの中のモバイルが壊れていないか不安だったが、早めの止血はそれなりの効果があった。外側のボタンは赤黒いものがこびりついてはいたが使用不可能というほどではない。
 履歴からアルフィを探し出し、連絡をいれる。
「もしもし。アルフィ?」
『やあ、ティック。おつかれさま。いまどこにいる?』
 ぼんやりとした口調で返してくる。いつものアルフィ。
「私邸にいる。ジンと買い物いってきたとこ」
『君たちなかよくなったんだね。それはいいこと。で、どうしたのいきなり?』
「敵のエージェントがきたよ。ここからでていけって」
 事実を述べる。アルフィは驚くでもなく淡々とした口調で返してきた。
『そう』
「そっちは?」
『こないだ三人。レックスが撃退してくれたよ。でもまいったね。私邸の場所は公開していないのに、どうしてわかっちゃったんだろ』
 そういって彼女は深々と電話の向こうで息をついた。ティックがわかるくらいに。
「そんなのしらないよ。アルフィ」
『うん?』
 窓の外に目をやる。
「私は、彼を守ろうと思う」
 窓の外の花畑で、たくさんの赤いポピーが揺れている。
 それを見つめながらティックはつづけた。
「今日、ジンとお話してきたんだけど、彼、傷ついてるよ。一人にしない方がいいと思う」
『それが結論?』
「うん」
 アルフィの問いにティックは素っ気ない返事を返した。だが、アルフィの言い方はどこか素っ気ない。
『ごめんね。やっぱり歳が離れすぎてるからかな。わたしあまり子供の気持ちがわからなくて』
「だろうね」
『うん。それで君が納得するならそれでもよいと思う。何も言わないしティックに振る仕事がほかにあるわけじゃないからね。ただ、危険なのは困るな』
 そこまでを一気にしゃべると再び嘆息した。
『そいつら、そこにくるかな』
「可能性は高いよ」
『別の隠れがを用意させるね。ジンと一緒に移動して』
「うん」
『盗聴されているかもしれないから、またあとでね』
「うん。それじゃ」
『じゃ』
 そこまで話すとモバイルを耳から離しスイッチをきった。まだ血がこびりついているそれをデスクの上におき、シャツを脱いだ。
 血まみれのそれをジャケットの上に置くと、ティックは救急箱を取り出して処置を始めた。
 消毒し血液を拭き取る作業だが、つづけているうちになんだか無性に悲しくなった。
 泣きそうだったが、涙は出なかった。

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