Openning 3



 アパート爆破のおよそ一ヶ月前。八月下旬。

 モスクワのとある裏通りにある特殊任務センター特殊作戦局十三課分署には光は滅多に入ってこない。周囲が大きなビルに囲まれているという立地条件もさることながら、全ての窓にブラインドが常におろされているからでもある。
 だから会議のときはテーブルの上の電気のみをつけた状態で行う事が多かった。電気代の節約にはなるだろうが、あまり目にはよくないだろうとアレシェンカはいつも思う。が、それを指摘することはない。
 参加しているのは自分と局長であるニコライと後方支援担当のエドゥ、医療担当のエレナだった。十三課はこの四人だけではないがその他の課員はすべて出払っている。もっとも分署に常駐しているのはこの二人くらいで、エドゥや残りの課員は普段地方に飛んでいることが多い。
 アレシェンカは紅茶を口を含んだ。エレナの説明は続くが自分にはあまり意味のないようなことばかりだった。もしかすると聞いておかなければならないのかもしれない。だがいずれ忘れることだと思うとそれほど真面目に聞く気にもならない。
 全ての説明を終えた後彼女は紙の上を指差しながら呟くように言った。
「ひとりだけ、いたわ」
「ひとり?」
 エドゥが聞き返す。そこにアレシェンカはぼそりと口を挟んだ。
「ねえ、あたし聞いてて大丈夫なんですか?」
「どうせ忘れるんだろ」
 隣に座っているニコライからそれだけをぼそりと告げられる。
「一人、っていうと?」
「フランカ・スクーレンスカヤ。他の四人は今のところ変化は無いわね」
「その四人は悪い影響が出てくるのかな。これから」
「恐らく」
 エドゥの指摘に彼女は頷く。赤毛がさらりと揺れた。
「影響って......どんな影響なんですか?」
 アレシェンカが再び口を挟むと、ニコライがこちらをじろりと睨んできた。
「おいアリィ、お前黙ってろよ」
「......すいません」
 うつむいて膝の上に視線を落とす。するととなりからエレナがフォローするように
「局長。別にいいじゃないの」
「現場にでるこいつがなにか覚えてると困るんだよ」
「俺はそうはおもいませんけど」
 エドゥが笑いながら言ってくる。ニコライが半眼をむけると彼は肩をすくめて黙り込んだ。
 二人の様子に嘆息しながら、エレナは紙を机の上に半ば放り投げるようにして置くと椅子をひいて腰掛けた。
「それじゃあ、被験体が見つかった以上この実験は完了てところね。局長、影響がでない四人はどうなるのかしら?」
「さあな。今のところはきまってねえかな」
「消すんですか?」
 ニコライの反応に思わず尋ねてしまう。だが彼は今度は黙ってろとは言ってこなかった。
「それは連中が判断するだろ。俺たちの仕事は五人の状態が変化するところまでみることだ」
「じゃあ、スクーレンスカヤの身体にはなにか変化があったんですか?」
 エドゥが口を挟んでくる。その問いにニコライは答えず、エレナが紙をめくって
「ええ」
「どんな?」
「うーん。まあ、なんていうのかな。学校の成績が良くなったっていうのか」
 すこしぼやかすような言い方をするエレナの答えにアレシェンカは思わず呟いた。 
「なんていい加減な」
「数字的な根拠が欲しいな」
 口元に手をあてながらニコライが言ってくる。頭をふってエレナが説明してくる。
「それが難しいのよねえ。身体に順応しているのよ。彼女に対してだけ。他は反応無しなの」
「質問に答えてないですよね。他はどうなるんですか?」
「上が決めるさ。俺に聞くな」
 やむを得ないというようにニコライはそういうと煙草を灰皿に押し付けて消した。
 
 
 




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