暗い場所にいた。
鈍い音。
鋭い声。
とても暗い男の声だ。
「さて、君が記念すべき第一号だ。名誉と思ってくれ」
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自分にとってばかばかしいと思えることも、
他人からみたらそうでないこともある。
ずっと続く道を歩いていると、時折立ち止まり、
そんなことを考えてみたくなる。
そしてなににともなくつぶやいてみたくなる。
「ねえ、なんでやったんだ?」
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僕はとある病院の前に立っていた。大きな病院だ。
中には年老いた人間や、怪我をしている子供たち。
病弱で外の世界にあこがれている大人たち。
そういった人間が普通に病と闘っていた。
それはもしかしたら普通じゃないのかもしれないが、
やはり普遍的でどこの街でも見かけるものだった。
医療は病を人から引き離すために存在する。が、
その呪縛から人が一生逃れることは不可能なのが事実。
無常、である。
中に入れば、薬品の匂い、走り回る看護婦。
いたって普通の病院だ。僕はため息をつくとカウンターにむかって歩く。
「ミシェル・オーガリーはいますか?」
「病室はどこかわかります?」
「いえ、三月二十五日にここに入院したと聞いたので」
「はい、では少々お待ちください」
ちょうど後ろを子供が歩いていく。それを見送って振り返る。
受付の女性がこちらを呼ぶまで時間はそれほどかからなかったと思う。
「お待たせしました。607号室になります」
「ありがとう」
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目的の病室。607の数字を確認すると、僕は扉をノックした。
リノリウムの床を踏みしめる。
病院の廊下は白い色に包まれていて、こちらの心を洗うようだった。
「こんにちは。ミス」
「ごきげんよう。オグ」
扉を開けるとミシェル・オーガリーが立っていた。
少しむくんだやつれ顔に笑みを浮かべてそこにいる。
相手の顔をまじまじとみつめ、それから尋ねる。
「寝てなかったのですか」
「眠くなかったから」
「あさっては四月ですね」
「そうよ」
「もう夏です」
「そうね」
彼女は決して苛立ちを顔に出さない。
かといって機嫌がいいわけでもないことを僕はしっている。
「いい加減このキーワードはやめませんか?」
「どうして?」
「病院のヒトもいい加減疲れてると思うのですけど」
「そうかしら」
「もっとマシなのを考えましょう」
オグがそういうと、ミシェル・オーガリーはすこし哀しそうに眉をひそめた。
そして窓に向かうと小さくつぶやく。
「晴れてるわね」
「しばらくは天気がいいそうですよ」
「.........鍵は、みつかるかしら」
「場所はわかりました。今日とりにいってきます。ただ、すこし警備が厳重ですが」
「君なら入れるわ」
「ええ。もちろん」
「.........気をつけてね」
「はい。ありがとうございます」
空を見つめると、彼女は息をついた。
「もう、なんだか疲れたわ」
そう僕に告げると、ミシェル・オーガリーは歩いていった。
彼女がこちらから離れていくに連れて足が消えていく。
続いてスカートが、上半身が、腕が。
最後に流れるような彼女のブロンドの髪が消えると、
ミシェル・オーガリーは僕の眼前から完全にいなくなった。
さっきまで彼女がいたその場所をみつめながら、
僕は小さく息をついた。
世界なんてこんなものだ。
どうしようもないこともあるんだ。
そう自分に言い聞かせながら踵を返して部屋を出ると、
僕は静かにやさしく、扉を閉めた。