秋花爛漫 "Autumn Supernatural"



++ 希望を言うだけなら ++

 その魔法使いは目の前の試験管から視線をそらすと薄暗い天井を見やった。
「桜がみたいなあ」
 黒いローブがずるりと音をたてる。もう三日研究に没頭している彼女の服は床の埃がついていてあちこち薄汚い。部屋も掃除をしばらくしていないので床にうっすら埃がつもっている。必要な書物を手近にまとめているのもあって机の周囲はひどい有様だ。
「その心は?」
 後ろから声が聞こえてくる。魔法使いは手元の書物を眼前に持ってくるとその声に答えるように言葉を紡いだ。
「東洋の書物を読んだのだがね、桜って木があるらしいんだ。それはこう、なんていうんだ、綺麗な薄いピンク色をしていて、なんていうんだ、それで病気が治った人がいるらしい」
「それはないよ。リリィ」
 そういって後ろからぬっと出てきたのは巨大な黒い犬だった。魔法使いは本来黒猫を使役するものだがリリィとよばれたその魔法使いは"常識"が嫌いなはぐれ魔法使いだった。
 若返りの術を手に入れた彼女はやっと修行を終えて、いざ自由の身になったところだった。それでも日々勉強であることに変わりはない。とりあえず自身の従者として道端で拾った黒犬に術をかけ、彼の知識を人間並みに増幅させるだけはしたが、さあ次、いざ永遠の命となると何をするべきか悩んでしまう。
 そこで普段読みもしない東洋の本である。現れたその花、その木、その景色にリリィは心奪われた。
 だが色々問題もある。
「それっていつならみれんの?」
「むしろ東洋とかいってるけどどこだよそれって感じ?」
 隣にやってきた黒犬ーーークーペのほうをみながらリリィはへらっと笑ってみせた。どうしようもない。
「ここに載ってるのはじゃ......ジャパン? JAPANって国だね」
「ニッポンでしょ」
 クーペの突っ込みがはいるがリリィはそれにはとりあわず書物を彼にも見えるように机の上に置いた。
「行きたいな」
「瞬間移動の魔法ってあったっけ?」
「あーあー、あれだけはあたし無理なんだ」
「箒で行く気? 地球の裏側まで? 馬鹿じゃないの? 凍死するほど寒いよ」
 皮肉っぽくいう彼にたいしてリリィは舌を出してみせた。
「あーあー、馬鹿ですよーだ」
「八十八歳にもなって」
「死ねワン公!」
 リリィが投げた本をよけるとクーペは息をついた。
「誰かわかるひといればいいんだけどねえ。桜かあ。僕もみたことないな」

 と。

 ちりーん。

 玄関の呼び鈴の音が部屋に鳴り響いた。
「おっと、お客さんだ」
 そういってリリィは立ち上がった。
 その姿をみながらクーペは小さく呟く。
「せめて見た目ぐらいなんとかしなさいよ......」



 ++ 違いをのべよ ++

 リリィの屋敷は山奥にある。見た目はそれこそ幽霊屋敷という言葉が似合う建物だ。
 壁は薄汚れたレンガだが窓はしまっており、訪れるひとなどいないだろうな場所ではあるが、たまに立ち寄る客がいる。
 迷った登山客などがそうだ。
 リリィがでるとそこにいたのは若い男だった。この国ではみない顔をしている。
「こんばんは......」
 呼び鈴があるとはいえこの家に人が住んでいるとは思わなかったのだろう。その口からでてきたのはおどおどしているとはいえきちんとした英語だった。言葉はできるらしい。
「すいません。道に迷ってしまいまして。よろしければ一晩泊めてもらえませんでしょうか?」
 リリィがその男の肩越しに空を見上げるとすでに夜深かった。
「ええ、いいですよ」
 あっさり答える。どうせ断る理由も無い。こちらが魔女であることは知る由もないだろうが、襲われたところで普通の人間などどうにでもできる。後ろからクーペがやってきて扉を閉める。
 帽子をとるとその男は安心したように息をついた。
「ああ、よかった。慣れない樹海にはいってしまって。僕は登山家のゴロー・タチバナといいます。日本からきました」
「ニッポン?」
 クーペが後ろで呟く。そちらをゴローが振り向くが当然誰もいないので不思議そうに首をひねる。
「声が?」
「気にしないでくださいな。お茶をだしましょ」
 そういってゴローを促すと、リリィは彼に気づかれないようにクーペを睨みつけた。
 
 彼を座らせて紅茶を出すと、彼はそれを一口飲んで驚いたような顔をした。
「珍しい味ですね。初めてです」
「紅茶には詳しいんですか?」
「ええ、学生のときこっちに留学してて、それで。ホームステイ先が紅茶のお店だったので」
 だから英語堪能なのか、とリリィは思いながらあたりを見回した。変なものが転がっていないかどうか確かめると、先ほど放り投げた本が転がっていた。
 ゴローがそれをみて尋ねてくる。
「桜ですか」
「ええ、たまたまこないだ本屋で買ったら、ええ」
 ごまかすこともないことなんだけどなあ、と思いながらそんなことをいってみせる。すると彼はにっと笑って、
「今は秋ですよ。桜は春に咲くものなんです」
「日本は秋なんですか?」
「ええ。十月ですね。紅葉が奇麗ですよ」
「紅葉?」
「なんていうのかな......赤とかオレンジとかの葉っぱがあたり一面に広がるんです。ただ、すこし山を登らないといけませんが......それでもすごく奇麗です」
 ずず、と紅茶を啜りながら彼は言ってくる。
 リリィは顔をしかめた。葉が綺麗であるとはとても思えない。
「葉っぱですかあ?」

 ++ やっぱり桜がみたい ++

 屋敷はいくらでも部屋は余っていたので、適当な部屋をゴローに間貸しするとクーペと共に研究室に戻った。
「いま桜みれないんだってさー。残念」
「再現してやる......」
「え?」
 リリィがつぶやいたその言葉にクーペが尋ね返す。

 数時間後
 研究室にピンク色の花びらがまき散らされる。
 埃だらけの研究室に淡い色の花が咲いたがどれもこれもリリィを満足させる出来にはいたらなかった。
「こんなんで病気がなおるもんか! あああああああ!」
 椅子が後ろに倒れてそのまま床に背中から倒れ込む。空気が割れるような音とともに花びらがあたりに舞い散る。  
 徹夜して結局リリィができたのは部屋を埋め尽くす中途半端なピンク色の何の花かわからないような花びら、そして疲労だけだった。
「徒労に終わ」
「馬鹿犬」
  クーペの科白を遮ってリリィが平坦なトーンで言い返す。
「酷いなあ」
 彼はそういうと目の前に広がった花びらを見つめた。
 そもそも桜というものがなんなのかわかっていないでこんな作業をやっているからいけない。知らない人間へ変化できないように知らないものを作成することができるはずはない。それは当たり前。
「ゴローに聞いてみたら?」
「その発想は無かったね」
「あのひと、今桜が咲いてないとは言ってなかったよ」
「そうね」
 天井を見つめながらリリィは呟いた。あの日本人は気さくな人間だったのでもしかしたら教えてくれるかもしれない。

 翌朝ゴローに尋ねてみるとそれはないですよとあっさり首を振られた。
 やはり今は咲いていないという。もし見たかったら春までまってはどうかということだった。
 そのかわり、と続けるとゴローは言った。
「日本に来るならとても綺麗な紅葉が見れますけれども」
 とてもただの葉っぱ等見る気になれなかったが、秋特有のそれはとても綺麗に映るらしい。
 本当だろうか。
 帰り道の案内をすると彼は礼をいって帰っていった。
 玄関でリリィはしばらく考えていると、後ろからクーペがやってきて声をかけてきた。
「なに考えているのさ」
「紅葉だって」
「日本に行くつもり?」
「パスポートもってないもの」
 そういうとクーペはややあきれた様に、
「魔女のくせにパスポートとか」
「んあー、飛んでいくの面倒なんだけどなあ」
 リリィは大きくあくびをした。
 それでもかまわないかもしれない。

 ++ その地で見たもの ++

 次の日。
 クーペのもとにリリィはいくと、彼の横腹を蹴飛ばした。
「いくよ」
「......どこに?」
「日本に」
「寒いつったばかりじゃん」
「まあ百聞は一見にしかずってね」
 そういうと手元にもった箒をぐるりとまわしてみせた。そして叫んでみせた。
「リリィは防御の呪文をおぼえた!」
「つまり?」
「寒さガードしながらいくわけ」
「無理無理無理絶対無理海の上絶対寒い」
「いいから」
 嫌がるクーペを強制連行するとリリィは箒にまたがった。
「よし、いくよ!」
 高度をあげる。と、同時に気温も下がるので防御の呪文を唱えて身体を守る。
 前に乗ったクーペが息をつく。
「本気?」
「本気本気。いくよー」
 そういうとリリィは黒帽子を片手で押さえ、片手で箒を掴んだ。
 スピードをあげて海の上へ飛び出す。

 数時間をかけて大きな海をわたりきった二人は着いた陸地を見渡した。
 そして二人は思わず声を合わせて感嘆の声をあげた。
「うわあ」
 そこには赤、黄色、オレンジが混じり合った風景が広がっていた。
 なんというのだろうか。
 あれほど臨んでいた桜のピンク色とはまた違う景色がそこにあった。
 山々が綺麗な螺旋を描くと同時に、その三色がそれらの表面を覆っている。
 空は青空。下はオレンジ。
 ぴったりと分けられたその光景は壮大の一言に尽きた。
「本には書いてなかった」
 クーペが下を見ながら言ってくる。リリィはそれに対して笑いかけながら
「一見にしかずだよ。それにこれなら小さな病気とか悩みとかふっとんじゃいそう」
「確かにね」
「桜なんかにこだわる必要なかったね」
 そして山のいっぺんを指差し、
「お弁当にしよ」
 リリィは眺めの良さそうな山を無作為に選び、そこに向かって降りていった。

 サンドイッチをかじりながら改めて眼下の景色を眺める。
「すごいわ」
「これがゴローの言ってた紅葉ってヤツかな」
「多分」
「オレンジとか黄色もあるけど」
「それもあわせてるんだよ。きっと」
 そういうとリリィは空を見た。
「今日は来てよかったわ」
「確かに」
 あれほど反対していたクーペが小さく頷いた。あたりを見回して。
「綺麗だね」
「うん」
 オレンジ色と黄色の葉っぱが風に吹かれて二人の足下にはらりと落ちた。
 そこにいる黒い二人は周囲の景色には酷く不釣り合いだったが、その自覚は彼らにはない。
 ただ美しい光景を目の前にして、ただそこに魔女と黒犬はゆるやかな風に吹かれる心地よさに身を任せた。
 それだけで確かに悩みや病気は去ってしまいそうだった。


【オンライン文化祭2009 -- 秋】参加作品。

"Autumn Supernatural" closed.


おまけ:あとがきのようなもの


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