最近ロンドンで奇妙な事件が多発していた。
イーストエンドのホワイト・チャベルロード付近で、次々と娼婦が惨殺されていくのだ。
最初の事件は8月31日だった。
一人目はメアリー・アン・二コルズという売春婦で、
バブ「フライパン」を出た後、殺害された。陰部から腹にかけて切り裂かれ、喉も切り裂かれていた。
二人目はアーニー・チャップマンという女で、9月8日だった。
ハンバリー・ストリート29番地で発見されていた。
後ろから喉を切られ、首は胴から離れそうになっていた。
下腹はぱっくりと開いており、内臓は切断されて肩のあたりに投げすてられていた。大量の出血が辺りに撒き散らされていた。
子宮と膀胱は犯人によって持ち去られていた。
三人目はエリザベス・ギュスターフスドッターという女で9月30日のことだった。
バーナー・ストリートで横たわっているのを発見された。喉を切り裂かれて殺害されていた。
四人目がキャサリン・エドウズという女で同日9月30日、マイター・スクエアの角で壁に寄りかかっているところを発見された。
下腹から首元にかけてタテに大きく切り裂かれ、内臓が引きずり出されていた。また鼻と右の耳朶が切り取られていた。左の腎臓と子宮は犯人に持ち去られていた。
なにが目的で持ち去ったのは分からない。
大量の血しぶきが壁に散っていたが、暗闇だったので長時間気づかれることがなかった。
どれもこれも残忍な手口で、殺されていた。
警察は捜査に乗り出したが、なにせ犯人の残していく証拠が少ないのと、手がかりが非常に希薄なことで、犯人として浮かぶ数百人の中からしぼりだすことができずにいた。
犯人は外科技術をもっているだとか、犯人は売春婦に恨みがあるとか、いろいろな線がでてきたがどれもこれもはっきりとした証拠には結びつかず、そんななかでいろんな人間が疑われたりした。
そんななか、王宮に一通の手紙が届く。
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ちょうど、自分の手下の話を手伝ってから数ヶ月がすぎた。
クラレンスはときどき街におりては、本をあつめたり骨董品を買ったりしていた。そんななかで、金をだせば雇えるのがそこらのチンピラどもなのだが、先日、娼館の主人と関わってからはろくな目にあってない気がする。
リリーとかいった娼婦を連れ戻すのを手伝わされたのに嫌気がさして、あれ以来あまり外には出歩くことはなくなった。
王宮の安全なところで適当なものを物色してはいじりながら生活している。
「クラレンス。あなた最近街に出歩いているそうじゃない?」
クラレンスが自室で街から買ってきた新聞を読んでいると、祖母が入ってきた。やたら長くて大きなドレスを着ている。クラレンスは眉をひそめながら、一応返事をした。
何度見てもあの格好は不快なものだ。
「そうだけど?」
「なんだか最近物騒みたいよ。なんだか・・・・・・【切り裂きジャック】? 手紙とか届いてきたんだけど」
そういって祖母はなにやら封筒をぴらぴらとさせてみせる。
祖母はイギリス女王を名乗ってはいるが、こうしてみると普通の人間だ。たとえ公の場では高貴そうな雰囲気を纏ってはいるが、所詮は人間だ。
「手紙?」
「そうなのよ。なんだか脅しみたいで・・・・・ああ、恐ろしい。あなたも気をつけなさいね。殺されてからじゃ遅いんだから・・・・・」
祖母は本気で怖がっているようだ。
どうせたいしたことじゃない。
クラレンスも、犯人の目星はついている。
ただ、見せないだけだ。
「わかったよ。気をつけるよ」
「ホントね? じゃあ、とりあえず他の皆にも言っておくから、あまり外出はしないようにしてね―――――」
彼女はそういうと、ドレスを引きずりながらドアから出て行った。
クラレンスは頭を抱えてため息をつく。
どうやら、まずい方向にいってしまったようだ。
ここで祖母に円卓会議など開かれたら、関係者から自分を指名されてしまうことになる。
民衆のいうことをお偉いさんがどこまで信じるかはわからないが、犯人のなかに自分を入れられてしまうことだけはなんとか防がなければ。
濡れ衣をかぶるなどまっぴらごめんだ。
「くそ・・・・・・・」
クラレンスは毒づくと、新聞を放り出して身支度を始めた。
どうやら【実験】する対象をすこし誤ったようだ。
++++
ドアをノックする。
「ジースターぁ・・・・・・・いないの?」
リリーはあれから殆ど毎日、ジースターの家に通ってきていた。
仕事が終わった後、殆どここにきていたのだ。
いま新聞で騒がれている【切り裂きジャック】のこともあるので、仕事は大抵早く終わるようになった。
しかもなにやら新聞は毎日のようにこの事件を取り挙げている。
狙いは売春婦に限り、しかも殺され方が残忍な手口ということで、発行部数を増やすためにかなりセンセーショナルに扱っているようだ。
・・・・・・・・いまいましい。
よく酒場などにいくと、そういう話題で盛り上がっているところすら見える。
むしろ彼らは楽しんでいる風さえうかがえる。
リリーのような売春婦サイドとしてはとてもいただけるものではない。毎日命の危険に怯えながら過ごしてるのにどうして笑えようか。
自分だって標的になりかねない。娼婦とはいえ、娼館に勤めているわけではなく、そこらの通りで男を拾って金を稼いでいる下っ端の娼婦にとっては危険きまわりない事件だ。
自分のことだから、ジースターならなんとかしてくれそうな気がして毎日通ってきているのだが、彼は仕事は忙しいのか、どうも最近は家にいない。
しかたなくノブをまわして、中にはいる。
そしてこれもいつもどおり、鍵は開いている。
いつもこういうことを繰り返していた。
ジースターは自分を救ってくれた。
最後に優しくしてくれたのは、彼だった。
「よいしょっと・・・・・・・」
そのまま入り、部屋の中を見回す。
二部屋しかない狭いアパートの一室。
リリーは前に一緒に寝た部屋のほうに行った。
そういえば、ここだったっけ。
リストカットしたときに、ジースターが止めてくれたこと。
あのときはすべてが消えていくような気持ちになって、ナイフを手に本当に死にたいと思ってしまった。
そこでなんで彼が止めてくれたのかは分からない。
綺麗になっているジースターの部屋があった。
毎日リリーがここにきて、掃除していくからなのだが、この分だと彼は帰ってきているのかすら疑わしい。
大抵モノの位置ぐらいはかわっていてくれてもおかしくないはずだが。
だが、今日は違った。
ベッドの上の毛布が乱れ、真っ赤に染まっていたのだ。
「え・・・・・・・」
リリーは一瞬言葉を失った。
なんでそこが真っ赤なのか。
どうみても、血液の赤以外に考えられない色だった。
恐る恐る近づいてみると、そこになにか小さな紙袋のようなものが放りだされていた。そこから赤い液体が漏れて、ベッドのシーツを赤に染めている。
「なにこれ・・・・・・・・」
思わずあたりを見回してしまう。
まさか・・・・・・・
そのときだった。
がっ!
「痛!」
リリーの背中に痛みが走った。
そして後ろから背中に衝撃が走り、ベッドに顔から突っ込んでしまう。
はっとして後ろを振り向く。
だが、次の瞬間口を抑えられ、リリーはそのまま押さえつけられた。
小さくうめくが、そいつはあまり手加減してくれない。
そのままベッドに押し倒される。背中にあの紙袋があたり、リリーの体重でその中のものが生々しい音をたてて潰れた。
何が入っていたのかわからないが、そのとき飛び散ったもので後ろの首筋が赤いもので染められた。
かなり気持ちが悪い。
倒れた瞬間、リリーはその手の指のすきまから確かに見た。
相手の顔。
それは自分に最後に優しくしてくれた、あの男だった。
「ジースター・・・・・・・・」
相手の表情は無表情で、何を考えているかわからない。。
だが、その顔は、確かにあの男なのだった。
リリーは悲しくなり、小さく呟いた。
「・・・・・・・・・・・・辛いよ・・・・・・・・・・・」
その声は届いた様子がない。
手は移動すると、硬くこちらの首を締め付けている。
そして彼はこちらを冷たい目で見つめるだけだった。
リリーは小さく呻き声をあげた。