Episode 16:最後の殺人



 死のうかとおもったことはあるかね?

 ジースターは路地裏に倒れこみながらぼんやりと考えた。
 銃弾は腹に仕込んでおいた鉄板でなんとかやり過ごせたが、衝撃までは防ぐことが出来なかった。
 スラム街を歩いていると時々暴漢に襲われる。
 以前襲われたとき以来から腹に仕込んでいた防御用の鉄板だった。
「う・・・・・・げほっ! げほっ・・・・・・・」
 口からなにやら赤い液体が飛び出してくる。
 なにかにつけてそれは身体から飛び出てくる。
 どうしようもないことはわかってはいたが。

 ・・・・・・・・戻ってきたのは自分。
 いまココにいる自分。

 トリップ状態から目覚めると、ジースターはなにかものすごい疲労に襲われる。なにをしていたかも忘れてしまう。
 だが、それではなかった。
 自分の中になにかが潜んでいる。


「ジースター!」
 声がする。
「ジースター! しっかり」
 足音が近づいてきて、自分を抱き上げる。
 ふと、なにか懐かしい匂いがした。
 なんだか、昔に置いてきたような、そんな感じの――――

「・・・・・・ぃぃ・・・・・・」
 なんとか声を絞り出す。
 先ほどの衝撃と今までたまりにたまった疲労で、とてもじゃないがこれ以上身体を動かす気にはなれなかった。
 腕も上がらない。
 限界なのだ。
 その女――――――金髪碧眼の赤いドレスを着た娼婦、リリーは必死になってこちらの身体をゆすってきた。
 それから首をふって無事であること伝えると、リリーは腕をコチラの背中にまわして引き寄せてきた。
 柔らかい感触とともに彼女のつけている香水の匂いがはなについた。
 なんだか、かぎなれた匂いのせいか、すでにきついとか辛いとか、それ以前に安心させてくれる。

 自分を失っている。
 ジースターは確信した。


 と。

 影が伸びている。
 月光がちょうど斜めに降りてきて、すべての地面に青白い光を降ろしている。
 そこに人影が現れる。
 いきなりだったので、ジースターはそれがなにか、よくわからなかった。
 しかもそいつは黒い服装を着ていたので、よく判別がつかない。
 ヒトと気付くまでにも時間がかかった。
 声をかけられて、初めて気付く。
「よお、仲がいいな」
 すっと、リリーの後ろにそいつは立った。
 地面から浮き上がってくるような感じにでてきたそいつは、黒いコートをきて黒いバンダナを締めていた。
 そして自分と同じ顔をしていた。
 
 思わず目を見開く。
 リリーはこちらの身体を抱きしめている。
 あたりが無音状態のように静かで、そいつはこちらに近寄ってきた。
「ほー、よくお前オレに会えたな。望んでたのか? それともどうなるか知ってみたかったのか?」
「いや・・・・・・・ちがうと思う・・・・・しかし、なんなんだ」
 ぼんやりとそいつを眺めながら、ジースターは言った。
 どうなってんだ? これは?
「お前はなんだ、オレの分身か?」
「あえていうなら精神の分身つったところか」
 ぼんやりとそいつは言った。その手には鋭いナイフが握られている。
「まあ、お前の刺の部分があつまってできたのがオレさ。口も悪いだろ」
「そりゃあ・・・・・」
 リリーは自分たちの会話に気付いてないのか、なにも言わない。
 ぶつぶつとなにかを呟いているようだが、ジースターの耳には聞こえない。
 ただ、目の前の男の言葉だけが聞こえてくる。
 相手はなにやら陰険な笑みを浮かべながら、聞いてきた。
「じゃあ、どうなんだ? お前は殺したかったのか?」
「いや」
 ジースターはあっさり首を振った。それから男を見つめながら言う。
「お前だろ。なんででてきたんだよ。いまさらになって」
「あのクラレンスとかいうやつのおかげさ。あいつはヒトの心のリミッターを外せるらしい」
 また不可思議なことを言ってきた。リミッター?
 ジースターは眉を怪訝そうにひそめながら言った。
「なんだよそれ」
「まあ、なんつうか、誰だってあるだろ。やってみたかったけど、いろいろな抑制があってできないこととか、決心がうまくつかないこととか、本当はやりたいのにできないでいることとかさ。そういう心のなかで妨げになっているものを、クラレンスは外せるんだよ。ま、お前の場合は――――――」
 そういってそいつは手の中のナイフを回してみせる。
「攻撃衝動だったか。どっかでストレスでもたまってたのさ。なにかにあたりたい気持ちを必死で抑えていただろう?」
「・・・・・・・・・」
 ジースターは納得してしまいそうになるのを耐えた。というより、すでに頭では認めていた。
 なにしろ正解しかヤツはいわない。
 そのまま陰の男は続けてくる。
「リリーの場合は自殺したいっつう気持ちだったんだろ。そういう生活から足を洗いたいんだが、どうしようもできねーで悩んでたんだよ。だから結論は自殺だったんだけどそれもできなくて、最後に優しくしてもらったお前と一緒にいることで、精神を安定させようとしたんだよ。知ってるか?」
「・・・・・・・・・・・まあ、うすうすとな」
 だが陰の男はジースターのその答えすら鼻で笑ってきた。
「は! そんなことだったらこういうことにはなりゃあしねえんだ。その辺オレに感謝してもらわにゃいかんわな。リリーを買ってた奴らをオレが殺してやった。リリーを締め付けていたヤツラを殺してやった。どうだ?」
「そんなのは理由になんねーよ。ヒトを殺していいことなんかねえんだから。すくなくても、オレに残るのはなにひとつないじゃないか。リリーだって・・・・・」
 とにかく言い返したかった衝動からか、そいつにむかって吐き捨てるようにそう言うと、陰の男はふんと鼻をならした。
「だからって、お前にできることはないんだよ。オレがいなくなれば、リリーはお前を必要じゃなくなる。どうせそいつが必要としてるのは、毎日一緒にいてくれるだけのやろうなんだからさ。んなのはどこにでもいるだろうが。だとすれば、ジースター、お前がリリーにできることは最初から決まってたのさ」
 リリーの背中に手を回し、引き寄せる。
 ぬくもりが伝わってくる。
 嘘でもまやかしでもないこのぬくもり。
 ジースターはその男からリリーを庇うように、後ろにさがった。
 だが、そいつはその分前進してくる。
「・・・・・・・・そいつを、殺してやるんだよ。お前の手でな。いや、お前の攻撃衝動を集めた、オレがな」
「・・・・・・・めろ・・・・・・・」
 ぼそりと呟いた。
 だが、ジースターは手を伸ばせない。
 そいつは意地悪そうに笑みを浮かべるとわざとらしく訊き返してきた。
「なんだって?」
「やめろ・・・・・・・・」
 もういちど続ける。
 だが、その陰の男の手はすでにリリーの背中に触れている。
 ナイフがそこにあてがわれる。
「中にこいつをうめこんでひねれば終わりだぜ?」
 ジースターは息を呑んだ。
 思い切り手を伸ばしてその腕を掴む。
 そして―――――――――――


 翻すように、その腕の向きを逆にし――――――――


「!」
 陰の男が始めて焦ったような表情を浮かべた。


 そして、彼の胸に突き刺した。


 ・・・・・・・・・・・・これが【切り裂きジャック】の最後の殺人となった。


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