Episode 17:お別れ



 クラレンスはすでに赤い火に包まれている酒場をあとにし、彼らを追って裏路地に回りこんでみた。

 いける場所の裏路地といえば、大体予想がつく。
 クラレンスがしばらく歩いていくと、そこに二人はいた。
 リリーが気を失ったジースターを抱きしめている。

 彼らはなにも言わずに、ただ、抱きしめている。
 気持ちは、わかっているつもり。


 クラレンスは近くの壁に寄りかかりながら、彼らをみた。
 その目に映るのは、哀愁と羨望だった。


 しばらくしてから、リリーがこちらにむかってきた。
 重いであろうジースターの身体を背負って、言ってくる。
「・・・・・・・ありがとう」
「いや、僕は責任とっただけさね」
 首を振って、言う。
 慎重に言葉を選び、つづける。白んできた空を眺めながら、
「本当のジャックに勝つためには、君ら二人の力なんだよ。僕がどうこうできる問題じゃない。それに、今回は僕に落ち度があったからね」
「なにが?」
「気付かないならいいけどね・・・・・・・まあ、二人でゆっくり話し合ってみるといいよ。わからないことはたくさんあるだろうし。これから時間もできるだろうし」
 ため息をつく。
 世の中には知らないほうが幸せなこともあるものだ。
 クラレンスは壁から背中を外すと、リリーに黒いコートとブーツをわたした。それからジースターを指さして伝える。
「そいつの着ているもの取替えなよ。そのままじゃいかにもって感じだから」
 踵を返し、裏路地をさらに奥に行く。リリーに向かって、ついてくるようしめした。
「彼も連れてきて。そこに馬車を待たせてあるんだ。ちょっとロンドンから離れてもらわなきゃ」
「?」
 クラレンスはりリーの怪訝そうな顔をみて、にやりと笑って見せた。
「君らには、この国をでてもらう」
 その言葉にリリーは驚いたように目を見開いた。
 クラレンスの顔は真面目だ。
 しばらく時間がかかった。
「・・・・・・・・・・わかったわよ。出ればいいのね」
 無理やりといった感じで納得したリリーはジースターを抱えたまま、歩いていく。
 空が白んできた。

 朝が近い。

 ++++


「客船・・・・・・・・・?」
 リリーが目を見開いて、出航準備をしているその大きな客船を見た。
 見るのは初めてだったのか、驚いているのやら、困惑しているのやら。
「いや、貿易船でもある。北欧のほうに向かうヤツだね。今の時間が一番人が少ない」
 それをみてクラレンスは苦笑しながら彼女の手をとって、そこに切符を二枚押し付けるようにして握らせた。
「え・・・・・・・?」
 彼女はさらに怪訝そうに眉をひそめた。
 もはや猜疑心たっぷりの視線だった。
 疑われるのは当然だろう。彼らにとって都合がよすぎるのも分かっている。
 だが、一番手っ取り早い方法でもあった。
 クラレンスは首を振ると、安心させるように笑った。
「大丈夫だよ。本物さ」
「でもこれ・・・・・・・もしかして・・・・・・・」
 頷いて、客船を指さす。
「そうだね、あれに乗るための切符さ。本当ならすごく高いんだぜ?」
 リリーは頭を振って、正気をとりもどした。
 それから訊く。
「本気なの? 逃がしてくれるの?」
「君らに落ち度はないんだから。正当な逃亡は認めるよ。すくなくても、僕は君らを悪いやつとは思わないし。いいやつと悪いやつの判断もできないような神はいないんだよ」
 そういうと、顎をしゃくってうながす。
 船の中に荷物が運ばれていく。この時間でも乗る人間は何人かいるようで、数人の人間たちが乗り込んでいく。
 リリーはさらに聞いてきた。
「あなた・・・・・・・疑われるよ? いいの?」
 その言葉に対して、クラレンスは軽く肩をすくめてみせた。
「そんときは王宮がなんとかするさ。僕を疑うってことは彼らもそれなりの度胸ってのを必要とするだろうしね。それよりいきなよ。出航まであと少ししかない」
「うん」

 リリーは頷くと、クラレンスに一度会釈してから、ジースターを背負ったまま中に入っていった。
 ジースターの服に血はもうついていないので、まわりから疑われることはない。ただ、訝しげな視線をむけられるだけだが。

 クラレンスはその背中を見送る。


 彼らが入っていって、数分後だった。
 夜明けを示す時間帯だ。
 その船は、出港した。


 蒸気船独特のエンジン音があがり、その船は港を離れ始める。


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