コールガールを愛してしまったら、人はどうすればいいのだろう。
++++
二人が出会ってしばらく過ぎた。
季節は夏だ。ロンドンはそれなりに暑い。
ジースターは忙しかったが、リリーと会う日は決めていた。
そして、ジースターと会ううちに、彼女にも変化がおきていた。
ある日、酒場。
「ねえねえジースター、あたし今夜あんたのとこ行ってもいい?」
「どうかな」
「いいじゃんいいじゃんー。もう恋人だよー?」
「さあな」
「ちょっとまたないか。君たち」
横からテリーがつっこみをいれた。
ジースターとリリーが同時にそちらを向く。
「あのな、お前らなにこないだ一晩過ごしたくらいで恋人とか言ってんだ。リリーも! あんまり人を馬鹿にしないほうが」
「あんなに人に優しくされたの初めてだったから」
「あれで優しくっていうのはどうだかと思うんだが」
ジースターが半眼でぼやく。
こちらに視線を向けながら、リリーが言ってきた。
「お願いだってば」
「俺は別にかまわないけど・・・・・・・」
テリーはため息をつくと、言い聞かせるようにいった。
「まあ、とりあえず・・・・・・・・・仲良くな。最近娼婦狙いの人殺しが増えてるらしいから、あんまスラムとかはいんなよ」
「あたし娼婦あんまりやってないよ。最近」
リリーがテリーから渡された飲み物をストローですすりながら言った。
「へえ」
「恋人できたら辞めるってね。決めてたんだ」
「やめる金があったら、だろ」
テリ―がぼやきながらとなりにいるジースターを見る。
ジースターは照れくさいような、微妙な表情をしていた。
とんとん、とテーブルを叩くと、懐中時計をとりだして言った。
金をテリーに渡しながら、
「そろそろ帰らなきゃ。テリー、おいよ」
「そんな時間か。休んでるか? 最近」
「それなりにな。もしかしたら休暇をとれるくらい偉くなれるかもだって」
軽口をたたきながら、カウンターを立つ。リリーも立ち上がってジースターの腕を取る。
「あたしもいく」
「オレんちだぞ?」
「うん」
あっさり頷いたリリーを見て、テリーが後ろで小さくため息をついた。
++++
下の街はやはり、汚い。
とれるものが、とれなくなる。
だが実験にはちょうどいい場所ではあった。
「クラレンス公」
「なんだい?」
後ろについていたヤクザの格好をした部下にきく。
クラレンスは一応ヴィクトリア女王の孫にあたる。
女王が随分長生きなので、もう立派な青年になっているが。
こうして街をあるくのが彼は好きだった。
いろいろ勉強になるから、もあるが、他に実験台を探すというのもある。
「そろそろ戻られたほうがよろしいかと。御付きの者達が騒ぎます」
「そうだね。今何時だい?」
「七時を過ぎます。そろそろ暗くなるころかと」
「ふむ、僥倖だね・・・・・・・じゃあ、戻ろうか。あんまり遅いと母さんがうるさいしね」
クラレンスは歩いてた通りを逆に踵をかえすと、王宮にむかって歩き始めた。それなりに遠くまできた。戻る頃には日は暮れているだろう。
「『実験体』は見つかったので?」
「見つからないや。また明日さ」
実験。
クラレンスの目的はそれに相応しい媒体を見つけることだった。
しばらく歩いていく。
と。
「おや・・・・・・・」
向かい側の酒場から、一組の男女が出てきた。
クラレンスは思わず心のなかで舌なめずりした。
みっけ。
「おい、ハク」
「は、なんでしょう」
ハクと呼ばれた男がクラレンスを見て、頭を下げる。
「あいつらを尾行して、調べておいて」
「獲物でございますか」
「ああ。頼むぞ」
ハクは頷くと、その場から消えた。
男女とは通りですれ違ったが、二人はこちらが王家の一族だとは気付かなかったらしい、すぐに通り過ぎていった。
通りすぎる瞬間、クラレンスは女の方の背中に手を伸ばして、そっと処置をほどこした。
女はそのあとすこしよろめいたが、男が支えたため、すぐにもちなおす。
二人は何にも気付かぬまま、そのまま歩いていった。
クラレンスは思わず小さな笑みを浮かべていた。
彼の手には、親指の大きさほどの立方体が握られていたが、すぐに消えてなくなった。
++++
ジースターの家のあるぼろいアパートにつく。
ため息をついて、思わずジースターは呟いた。
「女を入れるところじゃねえな・・・・・・・」
ぼんやりと呟くと、うしろでどさ、と音がする。
振り向くと、リリーが胸を抑えて、苦しそうに喘いでいた。
舗装された道路に手をついて、空いている手で必死に自分の胸を抑えている。
「どうしたんだ? 大丈夫か」
「・・・・・・・・わかんない」
リリーは先ほどの明るい声とはうってかわって、かなり沈んだような、暗い声で言った。
そう、その声は暗かった。
体調でも悪いのか、どうも違うような気がする。
ジースターは彼女を支えると、自分の部屋を指差した。
「寝床かすよ。ゆっくりしてきな」
「・・・・・・・・いいの?」
「理由もなく襲ったりしねえから」
冗談めいてそう言うと、リリーはかなり弱々しい笑みを浮かべて見せてきた。
「ありがと。襲ってもいいよ?」
青白い顔でリリーがいう。それに無理に笑って返す。
酒場からここまでたいして距離は開いていない。
彼女がなぜここで衰弱したのか、ジースターはいぶかしんだが、夜になると危険なので、そのままアパートのなかに入っていった。
扉が閉まったとき、ちょうど夕日が沈んだ。
ロンドンの街に、闇が訪れる。