Episode 6:娼婦



 その日、ジースターは仕事があったため、出かけなければならなかった。
 リリーに聞くと、だいぶ元気がでてきたらしいので、なんとかやっていけるかも、とだけ言われた。
 彼女はあれから少し元気にはなったが、顔には疲労の色が濃い。一体なにがあったのか、ジースターはいぶかしんだ。
「ホントに大丈夫?」
「だいじょーぶだって」
 手をひらひらさせながら彼女は言ってくる。
「あたしは、一回やったらしばらくやらないから。ほらほら」
「・・・・・・・・・」
「うん」
「絶対か?」
「・・・・・・・・・・多分」
 しばらく彼女を見つめた後、ジースターはしどろもどろになりながら口を開いた。
「そ、その、お前さ、ダメなら・・・・・・。俺休むよ。死なれるのは・・・・・・嫌だしさ」
「いいからいきなよ。大丈夫だっていってるじゃない。仕事大切でしょ」
 彼女は何度も自分がもうやらないことを強調していたが、ジースターはそれが怪しいように感じた。大丈夫じゃないヤツほど、大丈夫という。
 心配だったため、ジースターはリリーに、家にいてもいいよとだけ言い残し、仕事にでかけた。
 

 仕事中でも、彼女のことが気になっていた。
 また、自殺しようとしていないだろうか。
 手首を切りつけたりしていないだろうか。
 ぼんやりと仕事していたため、仲間から怒鳴られることもあった。
 ジースターは仕事に専念することができず、妙に作業の段取りが遅い。いつもならやらかさないのになと思いながら、ぼんやりと続ける。
 その日はぎりぎりまで働いてから早く帰り、酒場にもよらず家に直行した。
 珍しい日だった。

 いつからだったっけか。
 こんなことになったのは。

 ++++

 リリーはお金が必要だった。
 その理由を理解してなかったのはジースターの唯一のミスだったかもしれない。 

 ++++





 仕事を終えたジースターが家につくと、そこには奇妙な光景が広がっていた。
 アパートの入り口で、何人かの男が倒れていたのだ。その中には娼婦らしき女性の姿もある。
 背中を冷たい何かが走るのがわかったが、ジースターは急いでその男たちの脇を通り過ぎ、自分の部屋に向かった。
 
 
 急いで階段を駆け上がり、自分の部屋へと向かう。
 なんだかいつも歩きなれた道が妙にながく感じられたがどうでもいい。
 走りぬけて、ちょうど自分の部屋の扉へつづく廊下にでたとき、そこの扉が中途半端に開いているをみた。
 どうやら、あたってしまったようだ。
 ジースターは歯軋りすると、ダッシュで部屋へ入る。
 息を切らしながら、中に一歩を踏み出した。
 リリーは?


 部屋の中は暗く、よく見えなかった。
 ただ、見えたのは薄暗い中で、人間が倒れていることだった。
 ジースターの背中を戦慄がはしった。
 倒れているのではない。
 一人の人間の上にもう一人の人間が覆い被さっていた。
 倒れているのではないのだ。
 下は女で、上は男だ。
 こういう場所で暗闇のなかで男と女が重なり合ってやることといったら一つしかない。そして自分の部屋にいる女といったら――――――――
 ジースターの背中を悪寒が走った。
 男はかなりの体躯の持ち主だったが、ジースターは床に落ちていたナイフを躊躇なく拾い上げると、息を整えてそれにむかって突進した。
「なにやってんだてめえッ!!」
 男はそれに夢中だったのか、はたして鈍いだけか、こちらにやっと気付いたようだった。はっと驚いたような表情を浮かべる。
 ジースターは男の背中に切りつける。
 血がとびちる。が、傷はあさい。
「ぐ!」
 男が声をあげて女から離れる。
 目をやると、やはり下敷きになっていたのはリリーだった。
 驚いたような、そして助けを求めるような顔でこちらを見つめていた。
 ジースターはそちらには構わず男のあばらに蹴りを入れた。
 それから連続してその男の身体をけりつける。
 そして顔面を踏みつけると、リリーを抱き上げて後ろにさがる。
「大丈夫か?」
「うん・・・・・・・・・ありがと」
 リリーは虫が鳴くようなか細い声でそう言ってきた。彼女が着ているドレスははだけていて、肩が剥き出しになっている。
 ジースターは男を睨むと、リリーに手をかして立ち上がらせた。
「なにがあったんだ?」
「さっき、あれが入ってきて、襲われて・・・・・・・・」
 彼女は男を指さしてから、ぱたりと腕をおとした。
 悲しげに目を伏せて、虫の泣くような声でいってきた。
「あとは、想像して」
「はいはい」
 それはとりあえず気にしなかった。
 リリーはもともと娼婦だし、自分もその客だったときもあったわけだから、そういうことに気を使っていては彼女とは付き合えないだろう。
 その辺は納得してしまえばたいしたことはない。
 ジースターは適当に頷くと、男の方に近寄った。
 かなりの大男で、身体も太い。こんなのにのしかかられて、リリーは苦しくなかったのだろうか?
 とりあえずこいつを外にほうりださなければ話にならない。
 リリーから数歩離れた。

 そのとき。


 どがっ!


 ジースターにはそう聞こえた。
 音とともに後頭部に鈍痛が走り、前方に投げ出される。
 そしてそこにあった家具やら本やら、いろいろな雑貨の山に頭からぶつかり、音をたててジースター身体の上にそれら落ちてくる。
 どでかい音をたてて、埋まるのが分かったが、なにぶん後頭部にきた衝撃でうまく身体をうごかせない。
「・・・・・・・・・こいつとかかわったことを後悔するんだな? ジェイスさん?」
 振り向くと、ジースターの身長より頭一つぶんぐらいでかい大男が、リリーを後ろから片腕で締め上げていた。空いているほうの手に長大な棒状のものを持っている。
 リリーが暴れようとしていたが、後ろから背中を殴られ、黙りこむ。声すらでないようだ。
 大男は続いて、ジースターに言ってきた。
「ほうほう、お前さんが色男さんか。リリーの新しいヤツってわけか?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 沈黙している。なにせジースターは意識すら明瞭ではない。
 リリーは自分の身体に回された男の腕を振り払おうとしたが、ふたたび襲ってきた一撃で沈黙する。
「いった・・・・・・・」
「オメーよお、こいつ何人目だ? オレたちから逃げ出して、一体何人の男くわえこんだんだ?」
「・・・・・・・・・ええと」
 リリーは一瞬本気で考えそうになったが、すぐに首をふると男を睨みつけた。それから再びばたばたと暴れ始める。
「どうだっていいでしょそんなこと! はなしてよ! あんたには関係ないでしょ!」
 ぐいぐいと腕を引き離そうとするが、いかんせんリリーの力では男の腕に敵うはずもない。
 その声を聞いて、ジースターはむくりと身体を起こした。
 血がながれる頭を押さえつけながら、ふう、と息をつく。
「なんなんだよ一体・・・・・・」
「いや、俺たちのことさ。お前にゃ関係ねえ」
「・・・・・・・うぐぐ」
 相変わらずリリーが暴れようとしているが、今度は彼女の眉間に拳がヒットし、沈黙する。
 気をうしなってだらりとなる彼女を男は肩に担いだ。
 ジースターはナイフを拾い上げると、そのままたちあがろうとして、男の傍に再び誰かが入ってきたことをみとめた。
 がしゃ、がしゃと床にあるものを踏みつけながら、その人影は中に入ってきた。
「汚い部屋だねえ・・・・・労働階級の人間ってみんなこうなのかな?」
「限らないとは思うけどなー。あんた誰だ」
 ジースターはほとんど睨みつけるような目でその人間を見た。
 それは金髪碧眼の美青年で、どこか高そうな服を着ている。一目見るとどこかのジョンブルだろうが、ジースターにはあまりよくわからない。
 なんだかめんどくさくなってきた。どうしてオレはこんなことに巻き込まれているんだ?
 確か、リリーとであって、彼女と一緒に夜を過ごして、それから付き合うことになって、それから・・・・・・・・
 その青年はにやりと笑うと、言ってきた。
「フランク、行っていいよ。君の役目はおわったから」
「へいさ」
 フランクと呼ばれた男はそのままリリーを担いで歩いていこうとした。
 こちらに踵をかえして、そのままドアをでようとする。

 【あの女は娼婦だぜ】

 誰かのそんな声が聞こえたが、ジースターは気付いたらナイフを振りかぶってフランクめがけて走りだしていた。
 ふと心の中を疑問がよぎる。

 なんでオレはこんなにあいつのために必死になってるんだ?

 それこそフランクに突進して、ナイフを振り下ろすまで数秒もなかったはずだが、ジースターにはそれを考えるだけの時間があったような気がした。
 声もださず、無音状態だった。
 フランクが頬を引きつらせる。
 だが、次の瞬間となりにいた貴族の青年が腕をコチラの胸に伸ばしてきたかと思うと、ジースターの身体はいきなりおかしな方向へ吹き飛ばされた。
「がっ!」
 そのときの痛みは、たとえることができないものだった。
 胸のあたりを鋭い針で刺されたような―――――それこそ、数ミリの細い針で一点をものすごい速度でつかれたような、そんな感じだった。

 なにかが崩れた。
 そして、いかなる力が働いたのか、ジースターの身体が壁に叩きつけられる。起き上がろうとして、身体から一気に力が抜けていく。
「僕はクラレンス。まあ、顔くらいは新聞で見たことがあるだろ?」
 その男、クラレンスはひとなつっこそうな笑みを浮かべると、ジースターを馬鹿にするように行ってきた。
「彼女のことに関しては、そのうち僕の仲間がつたえにくると思うよ。まずは借金とか、そういうの、返してもらわないと。仕事さぼったらいけないんだ」
「・・・・・・・リリーはものじゃない」
 ジースターは小さく呟くと、クラレンスを睨んだ。
「あいつは人間なんだ。誰かが傍にいて聞いてやらないと、死んじまう」
「だろうね。せいぜい後数年ぐらいで死ぬんじゃない? 娼婦なんていきものは雑巾とおなじだからねえ」
 殆ど彼女を馬鹿にするような科白を聞いて、ジースターの目がぎろりとクラレンスをにらみつけた。
 怒りが湧き上がってくる。
 フランクがこちらをみてニヤリと笑みを浮かべ、踵をかえしてドアから出て行った。続いてクラレンスが扉をでていく。
 そしてリリーをはじめに襲った男がその後をつけるように、てこてこと出て行った。その背中を刺してやろうとも思ったが、やめた。

 ここまでされて、なにもできなかった。
 なんだかすごく悔しくてジースターはナイフを床に叩きつけた。
「クソッ・・・・・!」


 どこからわいてくるのかわからない怒りは、そのまま呪詛となった。


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