その男の腕が伸びてくると、自分の肩を掴んだ。
爪が肌に食い込む。
かすかな痛みを感じながら、そのまま押し倒される。
相手が若い人間ならまだしも、歳とった人間だから多少の抵抗がある。
首筋や胸のあたりに口付けされる。
舌が自分の身体を這いずり回り、跡を残していく。
抱きすくめられると、そのまま今度は口にキスされた。
無理やり舌が入ってくる。
這い上がってくるぞくりとくるものを感じながら、必死で耐える。
ジースターのところで過ごしてからというもの、この仕事に自分が向いていないことが分かってきたような気がする。
なんだか、拒絶反応をおこすようになってきたのだ。
いままで男と寝ることにあまり不思議な気持ちを抱くことはなかったのが、もう金のためとか、生活のためとかそういうことは関係がなしに、こういう仕事をもうやりたくなくなってきているのだった。
ぼんやりと。
そんなことを考えながら天井をみつめていると、意外とことは早く済んだようだった。
適当にあしらって、ベッドを抜け出す。
もう、嫌だ。
そう叫びたかった。
とりあえず服を見繕って、ふらふらとその部屋を出る。
襲ってくる猛烈な吐き気に耐えながら、必死で彼女は歩いていった。
「うぐ・・・・・・・・」
以前はこんなことなかったのにな。
そんなことを考えながら。
宿の水道で口をゆすいでから、部屋へ戻る。
顔は半分青ざめていた。
だが、客のまえでそういう表情はしないでおく。
金づるには違いないから。
とりあえず帰りの馬車を降りて、その男と別れる。
それまでにいろいろやられたことについてはあまり言わない。
誰にも言うことはない。
なんだか気分が悪いのだ。
酒も飲んだし、煙草も吸っているが、なぜか今日にかぎって悪酔いしている。
「げほっ! げほっ! うえ・・・・・・・・」
近くの角に胃の中のものをもどしてしまう。
どしゃ、と音がして喉を駆け上がったそれが地面に散らかる。
それはどぶに流れていくが、地面にのこされた跡からぷうん、と変な匂いが立ち上ってきた。
それを見つめながらぼんやりと思う。
なんだかんだいって、やっぱり自分にこの仕事は向いていない。
大抵昼間になってからこの仕事は終わる。
昼間は家に帰って寝ることになっているのだ。夜の時間帯にほぼ集中する仕事だから、あまり気にもめることもない。
歩きながら息をつく。
「はーあ・・・・・・・・・」
とりあえずもらったチップだけでも、かなりの額になる。
これをそのまま貯金することができるとどんなに楽になるものか。
いずれ借金の肩がわりに自分を買っている娼婦宿の主人の手に回り、その接待料となる。一番下っ端のリリーは、彼女の顔自体みたことがないが。
もっともこんな仕事で偉くなっても嬉しくもなんともないが。
フランクがリリーと主人との提携をやっているらしいが、いったいいくらが正しく報告されているのやら。横領しているぶんもあるだろう。
こんな苦労もしてないだろうに。
ポケットに手をいれながら、ぼんやりと思う。
まだまだ先だが、近づきつつある。
彼女の夢だった。
娼婦とは全く関係のない、自分の夢。
外国に、いくこと。
外の世界を見ること。
++++
リリーは歩いていく。
ジースターと別れて一ヶ月以上になるが、あいつは元気にしているだろうか。
ふと、思う。
別れたわけではない。
自分が娼館に金を納めていなかったのが原因だ。いろいろあったが、今まで貯めてたぶんが一気に消えた。
それから、ようやく縛りつけがとけたのだ。
ジースターはどうなっただろう?。
関わった人間として排除されたのか。殺されたのか。
こっちの世界では裏ではなにをやっているか知れたことではないから、彼がどんな目にあったのか、想像もつかない。正直。
そして、ホントの話。
娼婦が人を好きになるということはあまり好ましいものではない。
かけおちでもすれば連れ戻されて、男は殺される。
自分は所詮売り物なのだ。
妊娠でもすれば、流すことになる。
病気が染れば、回りからそれは自分のせいになる。。
あきらかに邪険とされる立場であった。
その立場に嫌になったといえば、まさにその通り。
しかし辞めるためにはそれなりの金が必要になる。
生かさず殺さずで運営されている娼館だから、こないだみたいに滞納でもしないかぎり、貯蓄など生まれるはずかない。リリーだって、生活するのがやっとなのだ。
はやく辞めたい。
彼のためにも。
夢のためにも。
病気になれば、いつかは死ぬ。
ボロボロになって、いつかは死ぬ。そして、使いものにならなければ殺される。
正直いただけなかったので、そうなることだけは気を付けていた。
少なくても周りに悟られないように、気をつけなければならない。
だから、自分が人を好きになっても、大丈夫なように。
彼のところにいこう。
彼のところにいって、もういちど話を聞いてもらおう。
どうにかなるわけではないが、楽になるかもしれないし。
リリーは自宅への道をそれると、ジースターの家へ向かった。