「やっほーテリー!」
その女は手を挙げると、テリーにむかって手を振って見せた。
ジースターはぷいとテリーのほうに向き直りながら、グラスを傾けた。
「よお。元気か」
テリーは半分にやつきながら、その女に手招きした。
それからカウンターに突っ伏すようなカタチでグラスに口をつけているジースターに耳打ちする。傍からみてジースターの格好はかなり行儀が悪い。
「あいつコールガールだよ。相手してもらえば?」
「・・・・・・・・」
返事はしなかった。
よくみればジースターの頬が赤らんでいたことに気付いたかもしれないが。
そんな気持ちを知って知らずか、その女はジースターの座っている所にやってくると―――――恐らくテリーがいたからだろうが―――――ずいっとジースターの隣に座りこんだ。カウンターの席はそれなりに間は空いているが、あまりよろしくない位置だ。
「・・・・・・・・う」
やたら強い香水の香りに頭を痛ませながら、ジースターは二杯目の酒を飲み干した。とはいっても他にやることもなく、もくもくとチェリーパイを食べる。
「おい、ジースターどうしたんだ? 顔が赤いぞ」
「やかましい」
くいっとその女のほうを視線だけで見ると、赤いドレスが目に入った。彼女は悠々と煙草に火をつけていた。顔は化粧をしているだろうが、それでも随分童顔の女だ。外見だけなら十代に見られてもおかしくないだろう。
こちらの視線に気付いたのか、彼女は不思議そうに首を傾げてきた。
「なにか?」
「いや、なんでもねー」
「こんな近くにいたことないからだろうなあ」
二人のやりとりをおもしろがるようにテリーは頭を抱えると、リリーに手を振った。
「ほらほら、自己紹介は?」
グラスを磨きながら笑う。その女はにこりと微笑みながら、ジースターに手を伸ばしてきた。
「あたしはリリー・シュタインっていうの。よろしくね」
「・・・・・・・ジースターだ」
とりあえず申し訳程度に手を握ると、リリーは不思議そうな表情を浮かべた。それを無視するように前に向き直ると、ジースターはテリーがだしたかわりのグラスに口をつける。
「飲みすぎはいけないぜ? ちっとは抑えろよ」
「抑えてるさ。別にいいじゃんか」
「へー。常連さんなのぉ?」
リリーが隣から顔を出してくる。テリーは彼女にも飲み物を出しながら、笑いながら言った。
「そうさ。いつもきてる飲んだくれ」
「うるせ。飲んだくれてねえ」
適当に反論しながら、ジースターはチェリーパイを食べ終わる。とはいってもサイズは小さかったので、十分ひとりで食べられる量だったが。
「仕事はどうだい?」
「ん、まあまあかなぁ」
テリーがリリーに聞く。彼女はにこにこしながら答えてきた。
「もー、最近は変な趣味のやつらしかいなくってね。なんかあきてきたとこ」
ジースターはふと気になったので、リリーの方を見て聞いた。
「大丈夫なのかよ?」
「ん? なにが?」
リリーはジースターに対してあまり警戒もせず、訊きかえした。
「そんなカッコしてて、そーゆーへんなヤツとかに襲われねーのか? 街やばいだろ?」
そういってグラスに口をつけるジースターを面白そうに見ながら、リリーはくすくすと笑った。
「あたし襲われるのが仕事だもん」
「ぶ」
口の中に含んでいた酒を思い切り吐き出しそうになった。
げほげほとむせているジースターを見ながら、リリーとテリーが笑い声を上げる。
「相変わらずおかたいやつ」
テリーはそう言うと、ジースターに顎をしゃくってみせた。リリーが頷いて、ジースターの背中を叩いてやる。
「だからね、あたし娼婦なんだってば。言ってる意味わかる?」
「・・・・・・・・・・・」
なんとか持ち直しながら、ジースターは半眼でリリーを見た。
「そういうことかい」
「そういうことー。いろんな人にあって、その人の夜のお相手するのが仕事なの」
「あたりだがそういう説明をよくもまあ恥ずかしげもなくいえるな」
ぼんやりとテリーが言う。リリーはあまりそういうことに対して抵抗がないらしい。
考えてみれば娼婦とはそういうものなのだろう。ジースターはよく知らないが。
ジースターは頭に巻いていたバンダナを外して腕にまくと、あくびをして呟くように言った。
「あーあー、あんまし関わりたくない世界だわ」
「どうして?」
「なんだかそっちの世界にいっちまったら戻ってこれなくなりそうだ」
呆れた表情で、酒を一口飲んだ。
「お前根性ないからなー。貢ぎまくることになりそうだ」
「うるせ」
「うわー、なんだかそれってすごい偏見よう。心外」
リリーが息をつきながら言ってくる。それからテリーに向き直ると、思いついたように指をたてて言った。
「ねえねえ、ドナルド公爵って知ってる?」
「知ってるよ。あの変態貴族」
「そう。あたしね、こないだあの人にお呼ばれしちゃったの。すごいと思わない?」
じーっとテリーが半眼をリリーに向けた。
「あまり誇れないぞそれ。お前いろいろやられただろ?」
「お金のためだもん。夢のためにお金集めるってステキなことじゃない?」
「どうだかね。方法ってのがあるだろ。そういうことして金あつめて嬉しい?」
ジースターがぼんやり呟いた。
リリーは一瞬非難するような視線を向けてきたが、すぐに笑うと、ジースターの背中をばんばんと叩いた。
その馴れ馴れしい態度にジースターは彼女に半眼を向けた。実際嫌だったわけでもないことは否定できない。
「なんだよ」
彼女は笑顔をこちらに向けながら、言ってきた。
「今晩どう? ここの二階借りてもいいでしょ?」
最後はテリーにむかって聞いたものらしい。
テリーは不思議そうな顔をして、頷いた。
「そりゃべつに構わないけど。ジースターはいいのかよ?」
テリーの言葉にジースターはよろよろと身体を起こした。
「カンベンしてくれ・・・・・・・変な病気にはなりたくないよ」
「あたしまだ病気じゃないよう」
リリーが心外といったふうに声をあげる。
「まあまあ、二人とも。そういうことにはちゃんと気をつけとけよ。ささ、ジースター、これは俺からのおごりだ。のめのめ」
「ん」
グラスを受け取り、口につける。
すると、リリーはジースターの腕を掴みながら、ぐいっと詰め寄ってきた。
柔らかい感触が伝わってきて、思わず身体を引いてしまう。
「ひょっとしてタイプじゃない?」
「タイプはないよ」
そんなことを呟きながらぼんやりとしていると、突然目の前がぐらぐらしてきた。
「おろ?」
「あれ?」
ジースターとリリーが不思議そうな表情を浮かべるなか、テリーだけがにやついている。
次の瞬間、ジースターの身体が、がくんと力が抜けると、カウンターに突っ伏すように眠ってしまった。
「あれ? テリーなんかした?」
「別に。ほら、金は俺がだしといてやるから、さっさとそいつを二階につれてけ。んであとは好きにしていいぞ。ほいほい」
妙に焦っている様子のテリーに、リリーは戸惑っているようだ。
「これって逆強姦っぽいんだけど・・・・・・・」
「いいから早く!」
テリーの押しに負けてか、彼女は眠ってしまったジースターを引っ張りながら、二階にあがっていった。
「アブねえ・・・・・・・」
すると、いきなり酒場のドアが開き、二人の男が入ってきた。
なんだか妙に荒れた格好の、三十前ぐらいの男だった。
「オイ! ここに女が来なかったか?」
写真をかかげながら、テリーの方にやってくる。
「いらっしゃい。どなたですか?」
「リリー・シュタインっていう、あばずれだ。こねかったのか?」
そこには先ほどと同じ格好をしたリリーの姿が映っていた。
だがテリーは営業スマイルを浮かべながら、こう言った。
「いえ、そのような人物はみておりませんが? 見間違いではないですか?」
++++
これが二人の出会い。
++++
「やばいって」
「なにがぁ?」
意地わるそうに微笑んで見せるリリーが隣にいた。
ジースターはまだテリーに飲まされた薬がぬけきってないのか、寝ぼけ眼で彼女を見つめた。ジースターの服のボタンをリリィが外していく。
ことは早く進んでいくが、あまり違和感がない。
「やばくないのかもしれないけど、なんとなくそんな気がして」
「嫌いじゃないでしょ?」
「そりゃあねえ」
「やったことないのぉ?」
「そういうのは・・・・・・・・認めたくない」
「じゃあ、いいじゃん」
リリーは誘うような笑顔を浮かべると、肩紐を取り、ドレスを脱ぎ捨ててジースターの上に覆いかぶさり、唇を重ねた。
ジースターは突然のことに反応できず、リリーのさせるままにしておいた。彼女の背中に手を回し、その肌に指を滑らせていく。
しばらくしてから離すと、彼女はにっこり笑って見せてきた。
「ね?」
「ああ」
適当にぼやきながら、彼女を見つめている自分がいた。
リリーは確かに綺麗だけど―――――
まぬけなことに、その後の記憶はジースターにはない。